第2話 -少尉と試験機-
レイがデッキを出て、パイロット用の休息室に入ったときに声が聞こえた。
「やれやれ、緊急出撃のたびに艦内と時間が狂っちまう。
自動補正だから問題ないが、トルーパーでの準亜光速ドライブは戦闘以上に疲れるな・・・。
エネルギー粒子残量が気になって仕方がない」
101連隊第1大隊隊長カトル・ラムゼ大佐がいつものように愚痴をこぼした。
他に
101連隊第2大隊隊長クリスティン・イラーム大佐
101連隊第3大隊隊長ユアン・マッケイン大佐
101連隊自由戦闘部隊員ヒュローイ・モト少佐
101連隊自由戦闘部隊員キャロル・フィフスバール大佐
101連隊自由戦闘部隊員レギル・レギオン大尉
101連隊自由戦闘部隊員ブラン・ロロルド中尉
101連隊自由戦闘部隊員カリン・ジーン少尉
が、皆机に脚を放り出してカロリーカクテルを片手に座っていた。
レイが入ってくるとジーン少尉は敬礼もせずに、
「ギャロップ中佐。
聞いてた通りのイカれた操縦だったわね。単騎であの砲火の中をくぐっていくなんて正気?」
と微笑んだ。その目には一種の憧憬が見られたがすぐに消えた。
「101連隊では少将以外は無礼講なんでな、連隊内で階級は関係ないと思ってくれるか。
特に各大隊長と自由戦闘部隊の20機のパイロットは一律で上佐扱いって事になっている。
皆シルバークロス勲章以上の持ち主だよ。
そこのジーン少尉は2等兵からの叩き上げで、101連隊に入れるために階級をすっ飛ばして将校にされたようなもんだよ。シミュレーションで出したスコアはまだ誰にも抜かれてないわね。
レギオン大尉もロロルド中尉も元々伍長で・・・とまぁそういうことで敬礼も自慢話も無しってことになってるの。
少将が決めたことだし、私達大隊長も納得してるってこと」
マッケイン大佐がレイに説明した。
「了解した。
イカれた操縦はセイレーンのおかげだな、噂には聞いてたがあれでパワードトルーパーと言えるか?
駆逐艦の先にトルーパーが埋まってるようなもんだぜ。
さすが101専用のXXパックと言いたいが、ありゃエースクラスでも扱える代物じゃないね。
バケモノだよ」
「パワーは巡洋艦。攻撃力は戦艦。機動力はFF。防御力と運動能力は・・・腕次第ってとこね。
初搭乗の慣らし運転であの戦果とは末恐ろしいわよ、まったく。」
とイラーム大佐に言われ、
「第1第2大隊は敵トルーパー殲滅だったからだろ?
あんたらの隊が来てからは象の群れを襲うライオンの集団だったじゃねぇか。
結局艦隊到着前にほとんど殲滅しちまったし。」
とレイは答えた。
「あんたが母艦の脚を折ってくれてたからねぇ。
ところであんた、地球の生き物を見たことがあるのかい?」
イラーム大佐は不思議そうにレイに尋ねた。
「父親が生物学者でね、よく寝る前に録画キューブを見せてくれたんだ。
今は月と地球を行ったり来たりして環境の改善と生物再生をやってるよ。
人類が地球に縛られてた頃、1500年前の世界に戻すんだとさ・・・」
◆
現在の太陽系は研究者やその関係者、武装中立自衛軍2個守備艦隊2万隻に管理及び守備され、両共和国軍にとっては禁地となっている。
事実上の中立地帯であり、太陽を中心とした半径10光年での戦闘は政治的軍事的というよりも、
畏敬の念を持って人類全員の聖地として遺伝子に刻まれたかのように禁止されている。
◆
「それより、少将が連隊長っておかしくないか?ラクシオン守備隊の提督は少将だったぜ?5000隻の小さい艦隊だったけどなぁ。
俺は中佐で連隊長をやってたし俺の所属してたトルーパー守備旅団長は700機を指揮する大佐だ」
と、不思議そうにレイは皆に尋ね、それに応えたのはラムゼ大佐だった。
「少将の戦功では本当は大将になっていても不思議ではない。戦果を勝手に部下や上官に分けて報告してるそうだ。
それもこれも101連隊の隊長で居たいからということらしいが、本人は昇進に興味は無いとの事だとも聞いている。
艦隊の提督や司令部に興味がないんだろ。我々大隊長も皆大佐だ。
装備を見たと思うが、101連隊は駆逐艦100隻以上に引けをとらない戦力なんでな。」
するとマッケイン大佐も
「一度だけ臨時で機動艦隊司令になった時が有ったらしいねぇ、確か提督と艦長が同時に負傷して旗艦の上級参謀だった少将・・・当時は大佐だったらしいけど、見事な撤退戦を演じて全滅必至の負け戦を損耗率25%で乗り切ったらしいよ。
パイロットとしても用兵家としても傑物だよ、あの人は。
その上歴史有る101連隊の中でも間違いなくトップパイロットだと言われてるのさ」
と続けた。
負けじとイラーム大佐が
「今回あんたが後釜に座る前に居たディモン上佐は新設される第467機動艦隊の全トルーパー司令として准将に昇格後着任するらしいよ。
本人は嫌がってたけど、オーウェン少将の推薦なんで断り切れなかったみたいだね。」
と溜息混じりに言う。
それを見て「やっぱり惚れてたか?イラーム?」とラムゼ大佐がからかった。
瞬間。
「違うわよ!故郷が偶然一緒だったってだけっていつも言ってるでしょ!」
と鋭くイラーム大佐が返した。
「まぁそういうわけだ。
俺達もいつ異動命令が出るかわからんが、よろしく頼むぞ、ギャロップ中佐」
ラムゼ大佐が話を締めた。
◆
一方、オーウェン少将は提督であるツハイ・スクオーラ上級大将への報告に向かっていた。
巨大な船体の中でも101連隊の専用格納庫は他の格納庫と比較してブリッジまでの距離は短距離と言って良いほど近いのだが、それでも10分は掛かる距離がある。
彼は一度直通の3次元移動BOXの設置を頼んだのだが、今のところ実現成されていない。
しばらく歩き、エレベーターでブリッジまで登るしか無いのであった。
オーウェン少将がメインブリッジに辿り着くと、スクオーラ提督とキタムラ艦長以外が一斉に少将に敬礼をした。
「またですか。
ブリッジ要員には私に敬礼無用と伝えて下さいと何度も申し上げていますのでお願い致します。
あと、今回の戦闘データをまとめましたので。いつも通りの処理で頼みます」
とデータキューブをスクオーラ提督に手渡した。
「トルーパー23機か、で、敵母艦と重巡3隻、巡洋艦4隻撃沈は誰に振り分けるんだね?」
提督がため息をつきつつ言葉を漏らしたが、オーウェンは
「あれはほぼ例の新入りの手柄です。
脚を折られた船なんてものはただの標的ですので。レイ・ギャロップ中佐に」
「彼か。小規模な惑星要塞の守備隊だったらしいが、かなりの逸材のようだな。
真っ先に母艦のジャンプブースターを破壊するとは戦術眼に長けているようだ。
あの時点で勝敗は決まったようなものだからな」
「しかし、我が艦隊の座標が知られてしまったようだ。フィールドジャンプで一旦この宙域から離れることにする。
ADAM21の第4惑星宙域に行くとしよう。
あのあたりで第229機動艦隊1万隻が第9基幹艦隊5万隻と合流することになっている。
我が艦隊も予定より早く合流し、敵要塞を目指そうと考えている。
1000km級なら敵要塞の戦力は2個守備艦隊2万隻程度だろう。
数の上では圧倒的有利だが、敵要塞が控えているので激戦となるだろうからな。今は休んでおけ」
提督の言葉をオーウェン少将は部隊へ持ち帰ることにした。
◆
「・・・というわけで1週間程度お前たちの出番は無いだろう、合流までの間は隊の規律を乱さない範囲で自由行動してよし」
専用の広いブリーフィングルームで101連隊のパイロットにそう伝えて少将は自分の部屋へと戻っていった。
◆
ADAM星系とは、人類が1000年以上前に発見した初めての地球型惑星ADAM1を中心にテラフォーミングされた星系群である。
人類発祥の地である太陽系からおよそ1500光年銀河の中心に向かって行った先の、最初の宇宙移民の故郷であり、また、現在銀河系に散らばる居住可能惑星へと出発した地でもあった。
500光年の範囲内にADAM1からADAM30まであり、総計で250億人が居住している。
◆
その頃、第9基幹艦隊の旗艦キマイラ級超々大型戦略戦闘母艦グリフォンはADAM21の第4惑星の衛星宙域に配下の鑑と共に惑星に影を落としていた。
1桁ナンバーである基幹艦隊の旗艦は、その艦隊規模同様に凄まじく巨大である。
オーディン級を遥かに凌ぎ、全長30kmの巨体に搭載されるパワードトルーパーは5000機にのぼる。
また、度重なる改修によって最新鋭母艦と遜色のない装備や機能も持っている。
艦隊を構成する艦艇も大型母艦や通常母艦、超重戦艦や重戦艦を筆頭として新鋭艦が揃っており、1個艦隊で惑星要塞を沈めることも可能である。
しかし、今回の作戦は奪還作戦であり、
惑星要塞を沈めることが目的ではなくその宙域の星系を取り戻すための戦闘という理由から、
敵を孤立させるために比較的近い場所に展開する第87打撃艦隊と第229機動艦隊との連合艦隊を形成しての包囲陣を敷く作戦となっていた。
◆
艦隊がジャンプ航法と亜光速航法を繰り返し、ADAM21に向かっている最中にレイは少将に呼び出された。
連隊各員は新入りということでレイに対する扱いを変えることは無かったが、カードゲームや食事のたびにラクシオン要塞でのことで質問攻めにされるので、正直なところ安堵の方が大きかったが、緊張感を備えて少将の専用ルームに入った。
「自由行動と言いながら呼び出してすまんな。
実のところ急な話の上に中佐にしか出来ない相談なので来てもらった。まぁ座れ」
「失礼します」
とだけ述べ、少佐の机の前に腰掛けた。
「実はな、パワードトルーパーのことで相談なんだが・・・」
「はい」
「FS18ハルピュイアが正式に試験を終えて採用されることになった」
「18?17は欠番ですか?
まぁ軍が決める事なので私には関係ありませんが、私に相談とは?」
FS16セイレーンの後継として正式配備の前に各艦隊で実際に搭乗していた者達に配布されるということで、101連隊には大量の予備機を含めまず10機届くとのことだ。
「第9基幹艦隊の提督ロバート・バートン元帥からスクオーラ提督に連絡が来たらしい。
今回の攻撃時に使用できるかどうかを確かめたいそうだ。
騎乗経験のある者全てにまず預けたいとの事で、中佐を指名してきた。」
「自分以外にも各艦隊で試験運用されていた事は承知していましたが、
我が連隊の装備での運用はなされていないのではないでしょうか?
通常のAXX装備と101連隊のAXX装備では全てにおいて桁が違いすぎると考えるのですが?」
「うむ。 そこで、だ。
中佐の機体のセイレーンをハルピュイアに取り替えて運用実験を行いたいのだが、正直な感想を聞かせてもらえるか?」
「回路接続に関しては規格が同じなので動作は問題無いでしょう。
むしろ即応性や機動性は向上すると考えられます、しかしセイレーン用の固定装置を若干改造する必要が生じるのではないでしょうか。
専用の部材があれば可能ですが、ハルピュイア用のAパックやGパックを流用したとして強度的に不安は残ります
なにしろ連隊用のパックは我が目を疑った程の大きさがありますので」
「・・・では、第9基幹艦隊と合流後にテスト、可能であればそのまま実戦配備ということだな。
不具合が生じた場合は取り止めてセイレーンでの出撃とする」
◆
1日もしない間にその噂は連隊内に広がっていた。
もはや機密では無いので問題ないのだが、誰が漏らしたのだろうか?
通信士か整備兵か、まぁそれはどうでもいいが。
レイにとっての問題は彼だけがテストを行うことと、前にハルピュイアに騎乗していたと言うことだった。
当然のように操縦性やスペックについての質問がやたらと飛んで来る。
特に自由戦闘部隊の隊員は最初に自機が変更される可能性が高いため、より深い探りを入れてくるのでレイはその都度の対応に辟易していた。
その中で、ジーン少尉だけは気にしていないようで、艦内のバーで偶然同席した時にもハルピュイアのことには触れてこなかった。
「レイ中佐さぁ、あんた操縦と正反対の生真面目な性格なんだねぇ。
ウチの連隊のトルーパーなんて脱出ポッドくらいに思っとけばいいのにさ。そう思わない?」
とジーン少尉に言われた。
かなり酔っているようで、レイの斜め下からじーっとその赤い瞳で覗いてくる。
整った顔立ちで一般的には美女と呼ばれる部類に入るのだろう。しかし連隊内での実力はトップクラスである。
にも関わらず以前までは正当な評価をされていなかったのだから、やっと自分の居るべき場所を見つけたのだ。自機に愛着があるのだろう。
「ジーン少尉は新しい機体に興味が無いんだな」
「そんなことはないわよぉ。だけどね?私はセイレーンが好きなの。私の愛機なの。
ねぇ新型なんてそんなに変わりはないでしょ?」
「そうだな。
反応速度や装甲素材、単体での機動力や攻撃力は向上してるが、101連隊ではほとんど関係ないな」
ともあれ、第9基幹艦隊と合流すればまたテストパイロットにならざるをえない。
少将は明確に命令したわけではないが、実質的には命令であることに変わりはない。
「合流まで気が重いな」
とだけ呟きグラスの中の琥珀色の酒を飲み干した。
そして自室に戻ろうとしたのだが、
「あと3日有るんだから、もっと呑んできなよぉ~」
言葉と共に腕に抱きつかれる。“やれやれ、絡み酒か・・・”と思いつつ、
「じゃ、マスター同じものをダブルで」と、もうしばらく付き合うことにした。
腰の落ち着く場所がまだ定まっていないレイにとっては、ジーン少尉のこの行動は少々嬉しい発見だったからである。
次の日格納庫に行こうと部屋を出た時だった。
ジーン少尉が立っており、
「ギャロップ中佐。昨日は申し訳ありませんでした。つい飲み過ぎたようで」
「いやいや、楽しい時間だったよ。俺はまだ新入りなんで居場所が少ないんだ。
それにトップパイロットになるとストレスも溜まるだろう?
ラクシオンやその前の部隊での俺も戦果を期待されてたんで気持ちはよく分かるよ。
機体のところにに行って装備の再確認をしたいんだが、もしよければ同行してもらえないだろうか?時間があれば、でいいんだが」
「合流まではまだまだ時間があるので、私で良ければ案内しますよ?」
と微笑んで答えてくれた。
「一応AパックやGパックの種類は覚えたんだが、装備の使い方がまだわかりにくくてね。
実を言うとかなり困っている」
頭を掻きながら
「先輩に聞くのが一番だからな、ジーン少尉なら適任だろう?」
と素直に言葉を続けた。
◆
格納庫に着き、マニュアルを片手にしたレイをジーン少尉が引っ張っていく。
「まずはAパックとGパックの違いはわかるわよね?
ただし、連隊では作戦に応じてAパックが4種類、Gパックが3種類あるの。
中佐がこないだ使ったのはあのAパック。
局地戦闘用で、質量エネルギー弾頭が右側と上下、可動式粒子砲が左側に3門付いてるわ、レールガンもね。
ただ、防御機能が貧弱だから少し高機動型になってるわね。
で、高機動戦闘用。空間制圧用。広範囲攻撃用が他のAパック。
Gパックはこないだ第3大隊が使ってた広範囲防御用の他に突撃防御用。単独防御用があるってわけ。
ここまでは大丈夫だよね?」
「それはある程度理解した。しかし全部黒塗装だな、連隊マーク以外」
「私達がブラックナイツって呼ばれてるの、知ってるでしょ?」
ジーン少尉がイタズラっぽく笑った。
「他にも理由があってね?
“連隊の装備は大きいからレーダーにすぐ補足されちゃうんで、宙に溶けこむように”
ってことらしいんだけど、眉唾ものよね? けど、確かにそうも言われているわ」
で、何が知りたいの?」
「そうだな、各パックの使用用途と自分が使用する可能性の高さ・・・かな?」
「じゃあまず、自由戦闘部隊の装備率の高い順番からね。
1番はこないだ使った局地戦闘用パック、2番は高機動戦闘用パックね。
わかったと思うけど、自由戦闘部隊は編隊を組まない単独戦闘が多いのよ。
だから大隊が使ってるようなGパックはほとんど使わない。
空間制圧用パックも使うことは無いわね。
広範囲攻撃用パックはギャロップ中佐向きだと思うんだけど・・・。
艦隊や複数のパワードトルーパーの中に飛び込んで一気に叩き込むから、実弾系の補給が出来る時しか使うことは無いわね。
粒子砲やレーザー砲とか色々あるけど、エネルギー消費に耐えられるかは・・・。
私それで一回死にかけてるから」
ジーン少尉は自分の頭をコツンと叩き
「あの時は昇進したてでよくわかってなかったのよ。
ギャロップ中佐もエネルギーゲージはきちんと把握しといてね、報告書が大変なのよ?」
と、死にかけたというジーン少尉の言葉には何の恐怖も入り混じってはいなかった。
その時になって気づいたのだが、いつの間にかジーン少尉が両腕で自分の左腕を抱え込んでいた。
「あの・・・ジーン少尉?俺の腕・・・」
と言いかけた時に、はっとジーン少尉が離れた。
「ごめんなさい、昨日の件もあるけどギャロップ中佐が私の兄に似てるの。
私お兄ちゃん子で・・・つい・・・」
そう言われたが、特段悪い気はしてなかったので
「そんなに似てるのか?俺とジーン少尉の兄上が?」
「そうねー、背丈、顔立ち、話し方、無謀な操縦、全部似てるわ。ゴールドクロス勲章よ。」
嬉しそうにジーン少尉は答えた。
「兄上も軍人なのか?今はどこに?」と尋ねたときにジーン少尉の顔が一瞬曇ったのを見た。
「消息不明なの。
第2次獅子座方面戦役の時に、この艦が戦士の棺桶と呼ばれるようになった会戦ね。
兄は第6基幹艦隊所属の戦艦の艦長をやってて、撃沈は免れたらしいんだけど、4万隻以上を失ったし、大破も1万隻を越えて旗艦も被害を受けたから・・・。
近くの居住可能惑星に降りたのなら良いんだけど、多分ダメね。もう諦めてるの」
レイもその会戦を知っている。
ラクシオンに配置される前の話だが、両軍合わせて35万隻の大会戦であり、勝者の居ない戦闘と呼ばれている戦いだ。
艦艇やパワードトルーパーパイロットの死亡、行方不明を合わせると5千万人に上ると言われている。
戦略的価値の無い宙域にもかかわらず用兵の失敗により会戦が始まり、結局は消耗戦に陥った挙句に両軍撤退となった。
「悪いことを聞いたな、すまん」
「んーん、大丈夫よ。ギャロップ中佐が居るから」
ジーン少尉が口にしてはっとした表情になり、
「あの、そういう意味じゃなくて・・・気持ちは整理出来てるって意味かな?すみません」
少尉は頭を下げた。
「いや、俺の方こそまだ隊に馴染めていない中、ジーン少尉が居てくれて助かってる。
良ければこれからも色々と相談に乗ってもらえると嬉しいが、いいかな?」
本音を漏らした。
「ところで、俺の操縦は無謀なのか?
少将や他の自由戦闘部隊の連中も相当無茶な操縦をしてたと思うが」
レイはラクシオン守備隊やそれ以前と同じ方法で戦ってきていたため、それが普通だと考えていた。
「あの程度の艦数ならまず中心の鑑の動きを止めてしまえば、周囲は防御せざるをえなくなる。それを狙っただけだぜ?」
「それって連隊の中でも出来る人ほとんど居ないよ。だから無茶だって言ったんです」
ぷいっとそっぽを向かれたレイは
「なんか複雑な心境だけど、戦いの最中でも俺なりに考えて動いてるんで心配は無用ってことにしといてくれ」
ぽんとジーン少尉の肩を叩いた。
そして装備を指差しながらジーン少尉に細かな説明をされ、その日が終わった。
◆
もうすぐ合流だという時に基幹艦隊より輸送部隊が到着との一報がレイの耳に届いた。
どうやらハルピュイアが届いたらしい。
少将がレイの指摘点を考慮して事前のセットアップのために早目に送ってもらうよう手配していたらしいのだが、早く見たいと言うのが本音だろう。
案の定レイは少将に呼び出され「見たか?」とだけ尋ねられた。レイは「はい」とだけ答えると、「アーミーグリーンではないか!我が隊用に塗装のやり直しをせねばならん。
あと固定具だが、基幹艦隊の技術者が試作してくれたらしい。
今装備の改修を行っているので、高機動戦闘用パックで慣らしをやってみないか?」
「不安要素はできるだけ取り除いておきたいので是非お願いします」
到着デッキから運びだされたハルピュイアは10機。
先行量産型とのことで101連隊やそれ以外のパイロットたちも一目見ようと集まってきていた。
レイもその中に混じっていたのだが、色んな声が聞こえてきた。
「セイレーンと比べると華奢じゃないか?肩と胸部、脚部だけが大きいな」
「装甲部材も改善されていると聞いてるが、軽量かつ重装甲ってことか?」
「色が連隊に合わないな、塗り直しだなあれは」
「ツラはセイレーンのほうがゴツくていいぜ、ヤツはスマート過ぎる」
など、色んな意見を勝手に言っていた。
「中佐!」
聞き慣れた声が響いたのでレイが振り返ると、ジーン少尉がそこに居た。
「ジーン少尉か、どうした?」
と、レイが言い終わる前に、
「中佐がまずあの機体のテストをするって噂だけど、あの・・・FS18ハルピュイア大丈夫なの?華奢過ぎて加減速でベイルアウトしそうじゃない?」
「心配は無用、俺はアレのテストパイロットだったしな。
機体強度も機動性もセイレーンより上だと思うぜ?」
「最新型のテストパイロットをやってたの?ウチの連隊に配属されるわけだね」
ジーン少尉は少し驚き、笑顔を見せた。
「ってことで、あの色のまま固定具を試して、ベイルオフからベイルオンもやるつもりだ。
今回の戦闘に使用するなら必要なテストだからな。」とレイはさらっと言った。
◆
“基幹艦隊の技術者が突貫で作成したにしては完成度が高いな”と考えながら、レイはテストを繰り返していた。
ドローン数機を相手にAパックの装備を試験し、1つ終わるごとにリストにチェックを入れていく。
「親和性は高いな、それに重力緩和装置がセイレーンより強力なのか?体への負担が軽いのは助かる」
独り言を言いながら、次々と難題をクリアしていった。
「オーウェンよりギャロップ中佐へ。
快調にやってるようだが独り言よりレポートの提出を考えて操縦しろよ?」
と少将から無線で言われ
「イエッサー、残りは数項目なので帰還次第提出します。以上」
と返信し、全てのテスト項目をクリアした後、帰還した。
待ち構えていたように他の隊員が声をかけてくる。
「あのひねりターンからの粒子砲3方斉射ってどうやるんだ?」
「急加減速時の重力緩和はどうだった?」
「セイレーンと操縦方法はだいぶ違うのか?」等々に軽く答えて、
「残念ながら少将がレポートを待ってるんで、詳細はブリーフィングででも聞いてくれ。早く行かねぇとどやされるだろ?」と少将の部屋へ向かった。
「開けっ放しか・・・。
ギャロップ中佐です。レポートを提出に来ました。」
と述べて、録画キューブを見ている少将の机の向かいに立った。
少将はレイに気付いて、
「来たか。今機体からの映像を見てたところだ。中佐の言う通り、機動性は確かに向上しているな。
他には射撃管制システムか?3方向同時に撃ってたな?
で?レポートの中身はいいとして、中佐の感想を聞きたいのだが、いいかね?」
「そうですか・・・」
レポート作成のための試験だったのだが、仕方がないとレイは考えつつ、
「まず最終的な意見として、自由戦闘部隊は即導入すべきだと考えます。
方向転換時の加減速が確実に向上していますし、少将の言われた通り射撃管制は特に大幅な性能アップが実現されており、ターゲットをロックしたまま他のターゲットにも同時攻撃が可能となっていました。
自分がラクシオンで騎乗していた時もそうでしたが、101連隊の装備とは相性が良いでしょう。
気になっていた剛性もセイレーン以上でした。
逆に気になったのは、レスポンスが良すぎてセイレーンに慣れた隊員にとっては最初戸惑うかも知れないというところくらいです。
今回の作戦では私以外はハルピュイアを使用しないほうが良いかも知れません。
恐らく攻撃のタイミングがズレます」
「俺も乗ってみたいが、作戦上我が連隊は重要な位置を任されるだろうし、やめておくか。
中佐の機体のみセイレーンからハルピュイアに換装、センサー類を増やしてデータを収集する。
ということで良いな?中佐」
「それで良いかと思います」
少将の部屋からレイが自室に戻ろうと長い廊下を歩いている時に数人の隊員に囲まれ、また質問攻めにされたが、疲れていたため、
「すまん、少し休んでからで良いか?」
と断りを入れ、そのまま自室のベッドに横になった。
しばらくして部屋をノックする音が聞こえた。
「誰だ?」
「カリン・ジーン少尉です。入ってもよろしいでしょうか」
「ジーン少尉か、良いよ」
「佐官になると個室がもらえるんだよねぇ、いいよねー?私も早く昇進したいな」
と冗談か本音かわからないことを言いながら、ジーン少尉はベッドの端に座った。
「で?ハルピュイアの操作性か?」
「んーん、それをネタにして部屋に来たかっただけ」
と言って笑った。
「明日基幹艦隊と合流だよね?
機動艦隊の方はもう着いてるらしいから、作戦が近いって思うとなんだかそわそわしちゃって。
落ち着くために中佐の部屋に・・・ってね」
ジーン少尉は無邪気に言う。
「そうだな、俺も久しぶりの大規模戦闘だし落ち着かんよ。
しかしまぁ、今回は名将の誉れ高いロバート・バートン元帥の第9艦隊指揮だし、気が楽ではあるな」
少し顔をしかめながらだが、レイの考える時の癖であり、楽観はしていた。
あくまでもその時点では、如何にして自分の責務を全うするかのみを考えていた。
予想外の事態に巻き込まれるとは思っていなかったのだ。