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第8話 「一人の話し相手」

 恋バナが大好きな女子三人組。

 今日も教室で恋の噂を語り合います。

 話題は学年一の美少女に告白した男子生徒についてのようです。


「知ってる? 高岡が涼香先輩に告ったらしいよ?」

「えー! でも、前に告白したんじゃないの?」

「フられたんじゃない? それでまた告白したとか!」

「佐藤君でもダメだったのに。あんなオタクが付き合えるわけないのにねー」

「未練タラタラだよねー」

「しっ! 聞こえちゃうよ」


 聞こえてますよ。

 たくっ、本人がいるところで噂話をするなっての。

 大体、前の噂は否定しただろ。なんで告白したことになってんだよ。しかもフられたことになってるし!


「あんた、涼香先輩に告白したんだって?」

「…………」


 また紅葉か。噂が好きな奴だ。昔はそんな印象なかったはずだがな。

 前と同じように、なんのことだ、と否定したかったが、残念ながら今回は事実。しかもフられた。


「紅葉には関係ないだろ」

「むっ! 関係あるわよ。幼馴染じゃないっ」

「それ、関係ないぞ」

「…………」


 急に黙ってどうした?


「……なんだよ」


 紅葉の頬は膨らみ、そして風船が割れたようにしぼんだ。

 それから、紅葉は細目になってニヤニヤと笑う。


「んふふっ、なーにー? もしかして、噂になったからもしや、って思ったのぉ? 浅はかだねぇ~」

「あ?」


 強引に踏み込んできた上に、けなされる。紅葉の物言いにさすがの俺もカチンときた。


「お前には関係ないって、言ってるだろっっ!」


 教室内がしんと静まり返る。その状況になってようやく、俺はやってしまったという思いに駆られた。


「な、によ…………」

「あ、いや…………」

「なんなのよ! オタク雅樹!」


 紅葉が教室から走って出て行く。

 俺は彼女の後ろ姿を見ることしか許されなかった。彼女の後を追えるのは俺ではない。俺にそんな資格はないのだ。


「…………だから、オタクじゃないって言ってるだろ……」


 小声で俺はそう言った。誰も聞いてない。誰も聞いてないけど、俺はそこだけは否定したかった。

 そして、それを言ってしまえば残る激しい後悔に襲われた。

 俺は何をやってるんだ? 女の子に八つ当たりなんかして、最低じゃないか。

 俺が悪いのはわかってる。だけど、紅葉も紅葉で踏み込んじゃいけないラインってのを少しは考えてほしいものだ。

 それに何で俺がこんな面倒なことになってるんだろう? 俺はアニメが好きなだけの普通の高校生なのに。


 紅葉と入れ違うように教室に入って来た雄介が「なんだぁ?」と声を漏らした。俺はそれに反応することが出来なかった。

 雄介は教室の雰囲気でなんとなく察したのか、特に追及してくることもなかった。


「飯、どうするよ?」

「ごめん…………そんな気分じゃないんだ」

「…………しゃーねぇなあ。今日は教室にすっか。アニメ、なんて気分じゃねぇだろうしな」


 雄介は俺の前の席にどっしりと座り、俺の席で弁当を置いた。雄介はコンビニ弁当や、おにぎり、パン、サンドウィッチなど、必ずコンビニで買ってきた物を食べている。手作りというのを俺は見たことがなかった。

 雄介は割り箸をパキンッと綺麗に割ってから、言った。


「何があったんだよ?」

「え?」

「お前、そんな先走るタイプじゃないだろ?」


 雄介は弁当をもりもりと食べながら、話を続けた。


「奥手っていうかよー……考えてから行動するはずだ」

「…………ああ」

「話せよ」

「…………」


 隠しても意味はない。話しても何も解決しないかもしれないが、少なくとも気持ちが軽くなるはずだ。

 だから、俺は全てを雄介に話した。

 涼香先輩に突然呼び出されてアニメを教えてほしいと言われたこと。実際にアニメを教えたけど、失敗したこと。そして、雄介が復帰して先輩に集合場所の変更を伝えようとして間違えて告白してしまったこと。洗いざらいだ。


「なるほどな」


 雄介は難しい顔をして下を見ていた。俺は天井を見ていた。

 やはり言うだけでも俺の心はスッキリした。何かからの解放感が俺の顔を上へ向かせたのかもしれない。

 雄介は言った。


「それは、誤解なんです、って言えばいいだろ?」

「そもそも避けられるんじゃないか?」

「いや、まだ大丈夫なはずだ」

「まだ?」

「もし避けられたなら、その時は……潔く諦めろ。それは本気で嫌われてるってことだ」

「あ、ああ……」


 今何か逸らされた?

 まぁ、何にせよ雄介の言うことは間違っていない。

 涼香先輩と関係を修繕したいならまず、誤解です、と言いに行かなくちゃいけないんだ。

 全てはそこから。そこからなんだ。


「よし! やってやる!」

「おう、その意気だ」 


 やる気が出てくると腹の減り具合も本気を出す。

 俺は急いで購買でパンを買い、腹を満たした。


   *


 あれから二日後の朝。

 俺は言えずにいた。

 そもそも、こんな状態でどうやって涼香先輩に言えばいいんだ?

 せめて、あのアニメ講座が継続してればな。


「……って! 俺はそうなるように先輩に言おうとしてるんだから! そんなのありえないだろ。そのために、誤解だって……先輩のことは好きじゃないって宣言しなくちゃいけないんだから…………」


 本当は涼香先輩のことが好きなのに。こんな気持ちであの言葉を撤回するってことは涼香先輩を騙すってことだ。本当に、これでいいのか?

 こんなに悩むくらいならいっそ諦めてしまった方が、なんて考えてしまう。


「…………」


 誰かに相談したくとも、雄介はまた休みだった。せっかく復帰したばかりなのに、あいつ大丈夫なのか?

 どっちみち、雄介に相談することは出来ないか。これは俺一人で決めなくちゃいけないことだしな。

 そのためには、気持ちを整理したい。

 だから、俺は体育館裏へと足を進めたんだ。


「…………」


 体育館の入り口。その横に屋外トイレが設置されてて、その間を抜けると体育館裏へと繋がる。

 何度も来てるのに、今日の体育館裏はどこか雰囲気が違って見えた。

 ここは海が近いから風が強く、肌寒い流れが俺の心を通った。

 体の芯から冷えて、俺はやっぱりダメなんじゃないかと思い始めていた。こんな所に来るんじゃなかった。

 俺は期待していたのに。


「…………」


 まだ、体育館裏じゃない。諦めるなら、そこでするんだ。


 俺はザッと土を踏みしめて歩いた。

 涼香先輩が石階段の上で佇んでいた。

 その神秘的な光景を前に、俺は声をかけられずにいた。

 やがて、涼香先輩がフッとこっちを向いた。


「あれ? 君は……」

「先輩……?」

「…………」

「…………」


 ど、どどどどどうして涼香先輩がここにいるんだ!?

 すごいシリアスな空気で諦めようと考えてたのに!


 とにかく、せっかくの機会だ。誤解を解こう。

 全てはそこから、だ。


「その、告白のこと! なんですけど……」


 心の準備とか出来てない。どうも尻すぼみになってしまう。だけど、怖気ついてはいられない! 男を見せるんだ!

 誤解なんです、そう言おうとしたときだ。俺は涼香先輩に先を越された。


「…………誤解……なん、だよね?」

「どうしてそれを?」

「君の友達が昨日ここに来てね……説明してくれたんだ」


 友達? 俺にそんな奴いたか?

 いや、冗談はやめよう。雄介のことだ。

 朝は一緒に来たし、放課後も一緒だった。なら、昼か。

 涼香先輩は昨日の昼ここに来たんだ。そして、今日も来た。


「先輩は……」


 何で、俺は告白したのに、涼香先輩は変わらず来てくれたんだ。


「先輩はどうして……」


 告白されてフッた相手なんて気まずくてすぐには会いたくないはずだ。


「どうしてここに……来たんですか?」


 涼香先輩は微笑んで、俺の問いに答えた。


「君が来るかもしれないと思ったからだよ」

「あんな…………あんなことがあったのに来るわけがないでしょう!」

「…………」


 俺が声を荒げても、涼香先輩はあくまで涼しい顔をして俺に言った。


「でも、結局君は来たでしょ? ならこれで正しいんだよ」

「っっ! そりゃあ! 俺は……来ました、けど…………」


 俺は何も言えなくなった。結果として俺は来たんだ。一般的には来ないのが普通でも俺は来た。そして、涼香先輩はそこで待っていて、俺は今、涼香先輩と一緒にいる。

「たとえ」と涼香先輩は言う。


「たとえ、だよ? これが正しくなかったとしても私はここに来たかった……来ないと、苦しいの」

「く、苦しい? どういう意味です?」

「…………」


 涼香先輩は何が言いたいんだ? 何が苦しいって言うんだ。

 アニメを見て女の子の気持ちなんて手に取るようにわかると思っていた。

 なのに、全然見えない。涼香先輩の気持ちがわからない。

 俺はどうすれば正解なんだ?


「……私ね、一昨日は来なかったんだ。昨日も今日も来たけど一昨日は来なかった」


 涼香先輩は突然、話し始める。何が苦しいのか、その答えにはなっていない。しかし、俺が口を挟める空気ではなかった。今はただ黙って涼香先輩の話を聞くんだ。


「君が言ったように私も最初は体育館裏に行きたくなくてね、教室で食べてたの」


 一昨日と言えば、俺が涼香先輩に告白した日の翌日であり、俺が雄介に相談した日だ。

 その日ばかりは涼香先輩も行く気が起きなかったようだ。だが、昨日は来た。つまり、何か気持ちに変化があったんだ。それが苦しい、ということに繋がる。

 そこまでわかっても俺は涼香先輩を理解することは出来なかった。結局何が苦しいかまでは辿り着かない。

「でもね」と涼香先輩は悲しそうに言った。


「女の子達はアニメの話。私は話しかけることも出来なくて、一人で食べてた。男の子達もね、話しかけてくれたの。私が可哀想だったのかもしれないね」

「…………」


 それは多分、涼香先輩が可愛いから話しかけたんだ。でも、涼香先輩のことを知らない男が涼香先輩に合わせることなんて出来やしない。

 それが出来るのはきっと…………。


「でも、私は話を合わせられなくて、話していても気まずいだけで…………」

「…………」

「それで気づいたんだ」


 涼香先輩は立ち上がって、俺の手をぎゅっと握った。 


「君と話してて楽しかった。君が……私の話相手になってくれてたんだな、って」

「俺はそんな大層な……」


「ううん」と涼香先輩は首を振った。


「私がそう思ってるの。君が君のことをどう思ってても、私はそう思ってるの」

「先輩…………」

「だから、これはちゃんと言わないといけない思う」


 涼香先輩は握った手を目の高さまで上げる。


「お友達として、私の話し相手になってくれますか?」


 お友達として、か。本当は喜んじゃいけないんだろうけど、涼香先輩がそれで幸せなら、俺はそれでいい。涼香先輩の気持ちはまだわからないけど、これだけは絶対に正しい。

 だから、俺は涼香先輩に笑いかけて言った。


「はい、もちろんです」


 こうして、俺は涼香先輩の友達になったんだ。

 そして、俺は友達らしく、涼香先輩にアドバイスをした。


「先輩、実は俺見つけたんです」

「見つけたって何を?」

「先輩が話せそうな人ですよ。つまり、オタクじゃない人です!」


   *


 俺と涼香先輩は確実に成功するために作戦を練った。

 次の日、満を持してその時がやって来た。涼香先輩が話し相手を作る時だ。

 時刻は授業終わりの放課後。

 俺と涼香先輩は作戦決行前に廊下で最後の打ち合わせをしていた。


「3年F組の後藤麻友さん、だね」

「ええ、間違いありません。予習は済ませましたか?」

「うん、バッチリ!」


 俺は草加先輩から聞いた情報をまとめたメモを確認する。

 クソドラマが大好きな女の子。逆に面白いドラマは一切見ない。これでもか、というぐらい見ない。


「…………」


 これ、草加先輩の偏見入ってない?


「では、教室で涼香先輩の成功を神に祈ってますよ。頑張ってください」

「ねえ、神にお祈りするのは教室じゃなくて私の近くでしてくれない?」

「えーと、先輩?」


 涼香先輩が俺の制服の裾をちょこんと掴んでいた。

 

「その、見守ってほしいの。ダメ……かな?」

「い、いえいえ! 光栄ですよ。涼香先輩の決定的瞬間に立ち会えるなんてっ!」

「ふふっ、そんな凄い物じゃないよ」

「涼香先輩が凄いと思ってなくても、俺は凄いと思ってるんです。先輩が言ったんですよ?」

「うん、そうだったね!」


 やっぱり涼香先輩の笑顔は最高だ。

 俺はそっと涼香先輩の背中を押す。さりげないボディタッチはかなり緊張したけど、涼香先輩に勇気を与えられたはずだ。


 涼香先輩は俺に押された勢いのまま後藤先輩の元まで走って、こけた。

 大丈夫、これは作戦通りだ。わざとらしくならないかが心配だったけど、さすがは涼香先輩だ。家でも練習してくれたんだろう。


「す、涼香さん!? 大丈夫?」

「う、うぅ、本当に転んじゃった」

「…………」


 今、本当に、って言った? き、気のせいだよな。


「怪我とかしてない?」

「大丈夫だよ。何ともないから」

「良かった。荷物拾うの手伝うね」

「あ、ありがとう……後藤さん」


 涼香先輩の鞄から派手に飛び出した荷物が床に散らばっている。後藤先輩はそれを懸命に拾っていた。

 後藤先輩の好意には罪悪感を覚えるが、これもわざとだ。鞄を開けっ放しにして転べば、当然荷物も散乱するからな。


「あれ? これってDVD?」

「う、うん……そうだよ」

「へー、涼香さんってこういうドラマも見るんだ」

「今日友達から借りたんだ」

「ふーん、友達から……」


 昨日用意した後藤先輩が好きなドラマのDVDを涼香先輩には持たせた。偶然を装ってそれを落とすことによって後藤先輩に興味を持たせる作戦だ。

 そして、この食いつき様は成功したということだ!


「いい趣味してるね。じゃあ、〈夕暮れの散歩〉は見たことあるかな?」

「あ……ごめん、それはまだ見てないんだ」

「そうなんだ。じゃあぜひ見てみて!」

「うん、じゃあ今日見てみる」

「あはは、別に今日見る必要はないよー」


 おや、ドラマの話はしないのか? これは想定外だな。内容について絶対語り合うことになると思っていたんだが。

 

「じゃあ、ごめんね。私は委員会の仕事があるから」

「あ! 私こそ、呼び止めてごめんね」

「大丈夫だよ。ねぇ、また話せるかな?」

「え?」

「涼香さんって近寄りがたい雰囲気があったけど……話してみるとやっぱり普通の女の子なんだなって思って。だから、また」

「う、うん! うん! また明日、お話しよ!」

「良かった、そう言ってもらえて嬉しい」


 涼香先輩と後藤先輩はギュッと握手を交わした。もしかしたら、後藤先輩も一人だったのかもしれない。

 想定外はあったが、本当に良かった。涼香先輩が話相手をようやく見つけられたんだ。

 相変わらず、オタクには話しかけられないようだけど、これも大きな一歩だ。


「…………」


 ん? 待てよ? 涼香先輩、俺には話しかけられるってことはやっぱり俺はオタクじゃない!?

 これはすごい! すごい証明だ! 後で紅葉に言ってやらないとっ!

 あいつはいつも俺のことをオタク呼ばわりするからな。

 そういえば、紅葉とはまだ喧嘩したままだったか。早く仲直りしないとな。


「涼香さん、じゃあね」

「うん、じゃあね」


 後藤先輩はパタパタと手を振って、帰った。

 俺は建物の陰から出て、涼香先輩の隣に並ぶ。

「そういえば」と俺は言った。


「前に言っていた美咲さんという人は話し相手にはならないんですか?」

「うーん、美咲もね。オタクになっちゃったんだ。でも、今まで友達だったから……それで君のことを聞いたんだよ」

「へぇ…………」

「……? 美咲がどうかしたの?」

「…………いえ、何でもありません。その人とともまた話せるように頑張りましょう」

「うん、そうだね!」


 さぁ、家に帰ろう。未視聴のアニメが溜まってる。


「……今夜は徹夜かな」と俺は自分にしか聞こえない声を出した。


   *


 屋上で一人の女の子が独り言を漏らしていた。


「く、ふふふっ! 馬鹿ね……そんな回りくどいことしなくても、あなたなら全てを解決できるのに」


 女の子はそっと目を閉じて、祈るように両手を絡み合わせる。


「もっとアニメを視聴なさい。あなたは…………」


「人類の犠牲者にならなければいけないのだから」


 そして、女の子は笑った。

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