第2話 「否オタクの日常」
授業が終わり、学校のチャイムが鳴った。
「…………」
俺は鞄を持って教室を出た。
「…………」
俺が校門坂を歩いていると、後ろにハァハァと息を切らす男がいた。
通報したくなった。雄介だ。
「お前、早すぎ」
「雄介が遅い。電車乗り遅れるぞ?」
学校が終わってから一番早い時間の電車はかなりシビアだ。ホームルームが長引くと乗り遅れることも多々ある。都会なら次の電車が数分で到着するが、田舎だとそうはいかない。
逃せば一時間後という鬼畜仕様だ。
携帯で確認すると時間がかなり迫っていた。だから走った。
改札口を通ると既に電車がそこにはあった。
焦る必要はない。駅の時計を見ても、後二分はあった。
冬だから汗はかいていなかったが、少しだけ疲れた。
電車に乗ると俺の体を揺らされた。心地良い揺れは独りなら一駅進むだけで寝てしまう。
運転手さんありがとう。でも、出来れば乗り過ごす前に起こしてくれると助かるね。
「今日って何かやってたっけ?」と雄介が訊ねた。
「んー……今日は見たいの何もやってないね。今期の良作は確か……火曜、金曜、日曜だったから」と俺は答えた。
「火曜もか?」
「うん?」
あれ、火曜あるよな? 事実、俺は明日見る予定だし……。
「あー……そっか、お前あれ見てたんだっけ」
「うっそだろ、お前! 見てないのか?」
「悪いけど、一話で切った」
「……そっか。まあ、合わないならしょうがないよな」
「すまん」
自分の価値観を押し付けない。それが俺達のルールだった。
「ご乗車ありがとうございます。次は~」
「んっ、もう着いたか」
俺は雄介より一つ前の駅だった。アナウンスを聞き流して、荷物と一緒に席を立った。停車後の慣性に備えて、俺はつり革を強く握る。
「また明日な」
「うん、じゃあな」
俺は雄介といつものように別れの挨拶をして電車を降りた。
春の風が吹いた。ヒラヒラと舞う葉っぱの軌道はコイルのような形をしていた。
「真っ直ぐ帰るか……」
俺はポツリと独り言を呟いて、改札口を通り過ぎた。
家に帰っても誰もいなかった。
俺はそのまま二階にある自室に向かった。
しんと静まり返った自室は寂寥としていた。
電気ストーブを点けるとその雰囲気は幾分かマシになった。
鞄を置いてから一階に降りると、いつもの動きに移った。
用を足し、手を綺麗にし、お供となるお菓子を二階まで運んだ。
俺はブルーレイレコーダーを起動した。セリアのかわいさをもう一度堪能するためである。
え? お前はリアルタイム派だろって?
確かにアニメを見るならリアルタイムの方がいいが、リアルタイムは一回だけしかない。
良作は何度も見たくなるから録画もするのが常識だ。
俺はお菓子を食べながら、アニメを見た。あっという間の30分だった。さらに10分ほど面白いシーンを見直してから、俺はレコーダーの電源を切った。
お菓子で手がベトベト。俺は手を洗うために洗面所に向かう。
「…………」
ジャーッという水道の音が俺の気分をどん底まで沈めた。水は冷たかった。
ふいに、涼香先輩の顔が浮かんだ。その顔はまるで遠くから見ているかのようにぼやけていた。
そういえば、ちゃんと顔を見たことはなかったな。
俺はキュッと蛇口を閉めて、二階に戻った。
「…………」
最近俺は、FPSに嵌っている。兵士達が銃で撃ち合う戦争ゲームだ。
玄人に比べればまだまだだけど、それなりにスコアを稼げるようにはなっていた。
俺は今日も愛銃のAK‐47をぶっ放す。
調子が良く、俺の活躍でゲームに勝てた。気分がいい。
俺は次のマッチングまでコントローラーを床に置いた。
オタク、か。
「…………」
アニメは好きだよ。それは認める。
でも、それだけでオタク認定はないんじゃないかな?
俺は真面目にそう考えている。
最近アニメオタクが事件を起こすことが多い。
そのせいか、昔と比べてオタク嫌いの人が増えたような気がする。いや、気のせいじゃないだろう。その根拠が俺にはあった。
だから、今では教室で堂々とアニメの話をするのは控えてる。隠してはいないから、色んなところでアニメが見え隠れしているが。
「…………」
どうして、俺はオタクじゃないのに、彼女の一人も出来ないんだ。何で俺はこんなにもモテないんだ。
アニメと同じように新しい部活を設立してみたことがあるが、何も起こらなかった。
何でだよ。
今年のクリスマスも雄介とアニメ鑑賞会か?
俺の頭の中で「涼香先輩ってオタク嫌いみたいよ?」という紅葉の言葉が甦った。
「先輩ってアニメとか嫌いなのかな?」
そんな独り言が零れた。一度口に出してしまえば、沈黙はビリビリに破かれた。
俺はオタクじゃない。それだけは言える。
でも、もしオタクが嫌いならそもそもアニメが嫌いな可能性は高い。
ならアニメを見てる俺は?
「やっぱりダメ……なんだろうな」
アニメ好きを隠し通す自信はなかった。
周りでも知ってる人は知ってるからな。
「はぁ……」
俺はため息を吐きながらゲームコントローラーを握った。
ゲームで今日一番のスコアを叩き出したところで母親が帰ってきた。
俺はゲームの電源を切って一階に降りた。母親の手伝いをするためだ。
夕飯の準備が終わると同時に父親が帰ってくる。いつもの夜だった。
俺は家族と楽しく会話をした。
テレビでは芸人が漫才をしていた。
テレビは会話の潤滑油だと俺はいつも思う。テレビがないと、無言になったとき重苦しい雰囲気になってしまう。
テレビはとても偉大だった。
お風呂に入ったあと、俺は一時間ばかりゲームをした。
もう少しやりたい衝動に駆られたが、昨日はアニメのリアルタイム視聴でかなり睡眠時間を削ったし、明日もアニメで削ることになる。
さすがにきつい。ということで、俺は布団の中に入った。
普段はもう少し遅く寝てるせいか、あまり眠くなかった。
なので、俺は布団の中で眠くなるまで小説を読むことにした。ただ、眠くなっても俺は電気を消さなかった。
今日は特別寒く、布団から出たくなかったのだ。そして、俺はそのまま意識を落としてしまった。
*
午前三時、俺はガバリッと体を起こした。
「はっ、はっ、はぁはぁ……はぁ…………」
俺は夢を見た。
内容は覚えてない。
とても怖い夢だった気がする。
「…………」
部屋が明るい。睡眠が浅くなったから悪い夢を見るんだ。
今度からはきちんと電気を消そう。
俺はそう誓い、今度こそ電気を消して眠った。