第20話 「否オタクの選択」
俺がひたすら支配作業をしていると、ふと、オールが聞いてきた。
「お前は本当にこれでいいのか?」
「何が?」
「もし同胞がいなくなれば、涼香先輩とやらはお前にかまわなくなるぞ」
「……!」
そうか、ヲタクウィルスの活動が停止すれば、感染者はアニメを見たいという衝動はなくなり、オタクじゃなくなる。
涼香先輩の問題も解決してしまうんだ。
友達なんて言っても、それは今の状況だからだ。全てが解決すれば俺みたいな男はすぐに切られるはず。
「それだったら、今の方が…………」
涼香先輩は嫌だろう。
嫌だから、俺なんかを頼った。
今のままにしようと考える俺を知ったら、涼香先輩は俺を嫌いになるだろう。
それぐらい最低な行為だ。
だけど。
「俺だって涼香先輩と離れるのは嫌だ!」
「そうさ。だから私に体を委ねろ。いい思いだけをさせてやるぞ?」
「いい思い…………」
「お前の体と私の力があれば、この世界を支配することも容易い。支配すれば、お前の望むように世界は回る」
「世界を……支配すれば、全てが俺の思い通りに…………」
涼香先輩が俺のことを好きになる。
それだけじゃない。
涼香先輩を友達でいっぱいにすることも出来るじゃないか。
皆が幸せになる最高の選択だ。
だが、そのために世界を支配していいのか。世界を偽りにしてしまってもいいのか。
俺はこのまま感染者を封印し続けた方がいいのか。
俺はオールに全てを任せた方がいいのか。
俺は自分に問いかけるべく、目を閉じた。
そして、俺はオールと対面した。
*
「侵食率200%到達……!」
「まずいわね」
侵食率200%に達して無事だった者はいない。
作戦前、あれだけ無闇に侵食率を上げるなと言ったのに。
「聞こえるかしら、雅樹君? 雅樹君!?」
何度呼びかけてもそれに答える声はない。
「返答がない……まさか、精神支配が始まって…………」
「適性値が低下しています!」
「ここにきて……! どうしたというの!?」
「このままでは……支配されてしまいます……!」
これは非常に危険な状況だ。一歩間違えば本当に世界が滅びる。
橘は汗を垂らしながら、頭を冷静に働かせていた。
「思考回路は!?」
「確認します!」
思考回路が染められてなければ、侵食率がいくら上昇しても問題ない。
逆に、もし染められていれば、最終手段を取らざるを得なくなる。宿主もろともヲタクウィルスを排除する、ERMに備えられた最終防衛機能を。
「橘さん! これを!」
思考回路の確認を終えたオペレーターが橘を呼ぶ。
橘はモニターを覗き込み、驚愕した。
「これは!?」
*
「何を迷っている?」とオールは言った。
「引っかかることがあるんだ」
「ふむ、言ってみろ」
オールは人の形をした黒だった。ウィルスであるはずのオールが人の形をしているのは多分、イメージだからだ。
寝てもいないのに夢みたいな場所にいる俺は言った。
「どうして世界を支配する必要がある?」
「我々は自我を持った。それには必ず意味がある。私ごときにはその意味など測り得ない」
「…………」
「ただ……私は考えたのだ」
オールは言った。
「人と同じ自我を持ったなら、私も人と同じ道を歩めば……見えるものがあるのではないかと!」
「それが…………世界を乗っ取ることか……!」
「そうだ! 人間には支配欲がある! それに従い、何かを支配したがる!」
オールがバッと腕を広げる。
「私もそれと同じだぁ!」
「お前は違う!」
気づいたら、そう叫んでいた。
楽しそうにアニメを見るこいつらがそんな道を歩むために生まれたなんて、俺にはどうしても思えなかったのだ。
「人間がそうだとしてもお前らは違う!」
俺は拳を握り締めて、自分の中から溢れる感情を吐き出した。
「お前らが自我を持ったのは人間と共存していくためだ! お前らがアニメを見たいという本能を持つのは人間がアニメを見るからだ!」
「ほぅ…………」
「それに…………教えて、やる……! 人の心は支配欲だけじゃないってことを!」
体に纏わりつく黒い粘液をブチブチと引きはがして、俺は前へ進む。
「涼香先輩を助けたいと思う、この気持ち…………」
俺は出口を塞ぐ壁をこじ開ける。
開けた現実で見えたのは涼香先輩が感染者に襲われようとしている場面だった。
「染められるもんなら染めてみやがれぇぇぇぇぇっっっっっ!!!!!」
俺は手を伸ばす。
侵食率200%で得る新たな能力、感染者の肉体を俺の感覚で操作する力。
オールからそれを教えてもらったときは意味が分からなかったが、今わかった。 要するに、乗り移るってことだったんだ。
「俺は……先輩を、助ける! たとえ、疎遠になっても……!」
操るのは涼香先輩のそばにいる感染者。 男の感染者二人ではない。なぜなら、その二人を感染させたのは俺じゃないからだ。
新たな能力は俺が感染させた眷属でなければ使えない。
結論から言えば、俺が能力を行使できる人物とは、無意識に感染させた後藤先輩のことである。
俺が橘に連れてかれた日、届かなかったと思っていた手は届いていたんだ。
気づいたとき、俺の目の前には男二人がいた。
「この……変態共めっ!!」
とりあえず、俺は一人をぶん殴って黙らせる。
てか、すげぇぶっ飛んだな!?
後藤先輩って鍛えてるのか?
「ぅぅぅぅぅううっ! 邪魔だ! ブスがぁぁ!」
「くっ」
もう一人の男子に殴られる。ガードは間に合ったが、めちゃくちゃ痛い。
それよりもブスって何だ! 失礼な奴だな。成敗だ!
俺はそんな心持ちで、正面から男に殴りかかった。
男はヒラリとかわし、
「うごぉ!」
俺の腹に容赦のない一撃が差し込んでくる。
そいつはよく見れば不良生徒だった。喧嘩はお手の物なのだろう。
いくら後藤先輩に力があっても、アニメを見てるばかりの俺では勝てない。
「だったら!」
勝てる状況に変えてやればいい!
「侵食率…………230パーセントォォォォォッ!」
俺は手をかざす。
不良男子の体が鈍くなっていく。
支配は出来なくとも、命令を届かせることさえ出来れば、相手は思うように動けなくなる。
後は容赦なくその顔面に乙女の鉄拳を叩き込んでやるだけだ!
「ふげぶぅ!」
「…………よし」
俺は不良男子が気絶したのを確認してから、振り返った。
「もう、大丈夫ですよ」
「そ、そうみたい、だね」
涼香先輩は困惑したように言った。
「麻友さん……すごく、強いんだね」
「ま、まぁ……」
俺もすごく強いことに驚きました。
俺が助ける意味なかったんじゃないか?
「あ……」
「麻友さん!?」
突然、眠気に襲われたかのように体の力が抜ける。
驚いた涼香先輩が俺を支えてくれる。
女の子の体って柔らかいんだな。
「大丈夫? どこか怪我したの!?」
「あ、いや、何でもないです……」
感覚でわかる。もうすぐ時間切れだ。
だから、俺は涼香先輩に言った。
「涼香先輩」
「え?」
「好きです」
体は後藤先輩だ。俺の告白ではなく、後藤先輩の友達として『好き』という言葉になる。
それに何の意味があるのかと問われれば、まぁ。意味はない。ただの俺の自己満足に過ぎないから。
涼香先輩にも後藤先輩にもいい迷惑だろう。
「…………うん。ふふっ、私も好きだよ」
涼香先輩はしばらくポカンとしていたが、やがて、笑った。
ああ、これで涼香先輩の笑顔を見るのは最後か。
俺はこの後全ての感染者を支配し、アニメを見たいという衝動を抑えることになる。
そうなれば俺もお役御免。涼香先輩と話すこともなくなる。
「…………」
能力が切れ、俺は元の体に戻った。
目の前にはアニメにがっつく感染者達。涼香先輩の笑顔は遥か彼方の校舎裏。
俺は泣きながら感染者を支配する作業を続けた。




