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第18話 「学校へ戻ろう」

「これより、感染者総支配作戦の打ち合わせを始めるわ」

「なぁ、俺は学校に戻るって意気込んだところなんだが、それは今じゃなきゃダメか?」

「ダメに決まってるでしょ。あなた、学校行ってどうするつもりなの?」


 どうするって言われてもな。


「まぁ、適当に能力使ってれば何とかなるだろ?」

「何とかなるわけないでしょう! そもそも、自分の能力を把握しているの?」

「んー……ま、大体な」


 俺が目覚めた能力はヲタクウィルスを命令を送り、操る力だった。

 感染者達をどうにかするのが目的の俺には最適な能力だ。


「能力を貸してくれることに感謝しなきゃな」

「…………」


 俺が呟くと、橘がジロリと睨んでくる。

 何だ? 何かおかしいこと言ったか?


「あまり勘違いしない方がいいわよ。ヲタクウィルスはあなたの味方じゃない」

「味方じゃない?」

「あなたは気づいてないけど、適性者というのは常にヲタクウィルスから精神支配を受けているのよ。それを防いでいるのが、ヲタクウィルスに適性を持つあなたの思考回路なの」


 橘は勝手に俺のベッドに腰掛ける。


「侵食率が上がればそれだけウィルスはあなたの脳に絡みつき、より強い精神支配が働く」

 

 それ、人より耐性があるというだけで感染してるのと変わらないじゃないか。感染しないと聞いて安心してたのに。

 じゃあ、侵食率には限界があるってことか?

 オールに精神支配されないためにも、そのボーダーラインはハッキリさせなければならない。


「侵食率ってどこまで上がるんだ?」

「わからないわ。ただ、今まで人格を保っていられた最大の侵食率は199%よ」

「200%はダメなのか?」

「この世界に適性者は腐るほどいるわ。でも、侵食率200%で無事だった前例はない」

「全員人格を食われちまったってことか」

「ええ、だから無闇に侵食率を上げるのはやめてほしいの」


 そう言う橘の顔は少し悲しそうに見えた。

 俺には何か意見することなど出来ず、ただ頷いた。


「…………」

「私は準備をしているわ。着替えはそこにあるから、終わったら呼んでちょうだい」

「ん、わかった」


 タンスを開けると、学校の制服が確かにあった。

 それを取り出して裏地を見ると、俺の名前が記されていた。

 そういえば、健康診断から直接ここまで連れてこられたんだったな。

 親には説明してあるらしいから心配してないが、涼香先輩は俺のことを忘れたりしてないだろうか?

 再会して、忘れてた、なんて言われたら俺はどうなってしまうかわからんな。


「はぁ……」


 橘が部屋から出て行った後、俺はオールに訊ねる。


「なぁ、オール……侵食率が200%になるとどうなるんだ?」

「ふむ……特筆すべき点は新たな能力が得られることか」

「へぇ! どんな能力なんだ?」

「我が眷属をお前の感覚によって操作できる」

「は、はあ……」


 全然わかんねぇ。


「も、もっとわかりやすく……」

「自分で考えろ」

「そのぐらい教えてくれてもいいと思うんですがねぇ…………」

「…………」

 

 味方じゃない、か。本当だろうか?

 あまり心を許すのは危険かもしれないな。


 制服に着替えた俺はベルを押した。

 すると、スーツ姿の男が部屋に入って、「ご案内します」と言う。

「お願いします」と言って俺はその男が導くままに歩いた。


「…………」

 

 さて、この人は誰だろうか?

 橘は車で学校まで送ると言っていたから、まさか運転手とかか!?

 送迎車は何となく黒い車が想像させられる。

 まさかリムジンがあったりして!?


「来たわね」

 

 そんなことはなかった。

 白い普通車で中身も丸見えだ!

 これでいいはずなんだけど、何だかな。


「で、何か用か? お前はサポートに回るだけで学校に来ないんだろ?」

「見送りするだけよ。それとも私の制服姿でも見たいのかしら?」

「興味ねぇよ。それにお前が潜入するとしたら教師役だろうが!」

「あら、そっちを希望かしら?」

「本当に興味ないのでやめてください」

「残念ね…………」

「じゃあ、俺もう行くから」


 俺が車のドアを開けると、橘に肩を掴まれた。


「待ちなさい」

「やっぱり何かあんのかよ……」

「日暮紅葉は今日欠席になっていたわ」

「そっか……」


 心配事が一つ減ったな。


「涼香先輩は?」

「…………出席よ」


 ふむ、それは急がないとな。


「それと、連絡を取り合えるようにこれを持っていきなさい」

「俺のスマホじゃないか。ん、通話中? ああ、そういうことか」


 絶賛通話中のスマートフォンをポケットに突っ込んで、俺は車に乗り込んだ。


   *


 学校に到着したのは午後三時だった。

 学校が終わるのが大体四時なため、制限時間は一時間である。

 ちょっと難易度が高すぎやしませんかね?


「この教室も久しぶりだな」


 俺は自分の席に座ってから、教室を見回した。

 クラスメートの内、9割が感染者だった。

 侵食率100%になった今、はっきりとわかる。

 自分以外の侵食率は把握できないため、どれだけ症状の進行度はわからないが、感染の有無はパッと見で判別がつくようだ。


 俺が戻ってきたのに誰も気にしない。ずっとアニメの話をしている。これが感染者か。

 三年の教室がこうなっていたのだとしたら、涼香先輩が参るのもわかるな。


「さて…………やりますか」


 俺は感染者の背中にそっと触れる。

 感染者達は見向きもしない。

 アニメの話をしていた二人。その片割れがパタリと机に倒れる。

 話し相手がいなくなって驚いたもう一方の感染者も支配して、終わり。

 支配次第はすぐに終わる。

 俺はそれからものの数分で教室を制圧した。

 しかし、時間制限は一時間。

 人は教室を行き来するし、漏れが出てくることを考えるとどうやっても間に合わない。


「埒が明かないよな」

「一か所に集めるというのはどうだ?」


 俺の独り言にオールが答える。

 これからは迂闊に独り言を漏らせないな。


「集める? 理性がないのにどうやって誘導すんだよ」

「支配のような強い命令は近づけなければ受け付けんが、集合程度なら可能だ」


 支配下に置いてなくても命令聞いてくれるのかよ。優しいな。

 とにかく、そうとわかれば、どこか広いところに感染者を集めて、一気に支配したいところだ。

 教室の窓から校庭が見える。

 全校生徒が集まれる場所として、他に体育館があるが、距離的にはこちら方が近い。


「うん、あそこでいいか」


 時間はない。俺はすぐに校庭まで移動し、念じる。

 ここまで来い、と。

 その瞬間、全教室で動きがあり、昇降口から怒涛の如く感染者が出てくる。


「うわぁ……ぞろぞろと……」


 感染者達は俺を中心として集まると、自分勝手にアニメの話をし始めた。


「集まれとしか言ってないからなぁ……」


 もう一度能力を使えば黙らせることも出来るが、能力を使うのも疲れる。

 特に範囲を広げるイメージは疲れる。

 その点、支配は触れるだけで終わる。楽でいい。

 後は時間との勝負だ。


   *


 一人、一人と支配する作業が続く。

 チラリと時計を見ると、時間は既に三時半を回っていた。


「ダメだな……やっぱり時間が足りない」

「ならば、侵食率を上げるといい」

「侵食率を上げる?」

「侵食率を上げるということは私とより強く結びつくということだ。それすなわち、私の能力をさらに引き出すことが出来るということだ」

「なるほど……」


 つまりはこういうことだ。

 能力の行使には範囲が限定されており、範囲を狭めれば狭めるほど、命令の強制力が高まり、範囲を広げれば広げるほど、命令の強制力は落ちる。

 極論を言えば、全世界にこの範囲を広げることは出来るが、誰も命令を聞いてくれないし、触れるぐらい近ければ、支配という究極の命令を強制することが出来る。

 そして、侵食率上昇によって強制力を強化出来る。

 

 俺はニヤリと笑って、冗談っぽく言った。


「えらく教えてくれるな」

「なに、機嫌が良いだけさ」

「ふーん…………」


 大丈夫かな? 乗っ取られたりしない?


「まぁ、いいや。とりあえず侵食率を130%まで上げよう」


 侵食率は自分で制御できるようだ。

 ボーダーラインを超えさえしなければ安全ということだ。


「…………」


 侵食率130%になり、強制力向上。触れなくても支配可能。

 これによって、一人一人支配してきた感染者をまとめて支配できた。

 ざっと10人ぐらいだろうか。


「こりゃあいい! 作業が捗るぞ」

「どうだ? 私の能力は?」

「ああ、最高だよ!」

「もっと上げるといい。お前はさらなる力を得られるぞ」

「…………」


 感覚的にわかる。今は俺の体だ。

 侵食率が上がると共に自分じゃない部分が目立ってくる。

 これが全体的に満たされれば俺は支配されてしまう。

 気を付けないとな。


「…………侵食率150%!」


   *


「橘さん、これを見てください」

「どうしたのよ?」


 優雅に紅茶を嗜んでいた橘は軽い怒りを口に含みながら、ERM端末を操作していたオペレーターに聞いた。


「侵食率が徐々に上がってるんです」

「何ですって?」


 紅茶を脇に置いて、画面を覗き込む。そこには160という数字が表示されていた。

 危険域とまでは言わないが、初めてでここまで急上昇させているのは見たことがない。

 歯止めが利かなくなっては困る。

 

「雅樹君? 聞こえてる?」

「はいはい、聞こえてるよ。どうかしたか?」

「侵食率が上がってるわ」

「わかってるが?」

「どういうこと? わかってるなら下げなさい」

「どうしてだ? 今のところ何も問題はない」

「あなたはつい昨日ウィルスと同化したばかりなのよ? いいから下げなさい」

「俺はお前の部下じゃない。指図は受けない。要は…………200%に達しなければいいんだろう?」


 橘の背筋が凍った。

 この考えは同じだ。侵食率200%まで上昇してしまった人と。


「それ以上侵食率を上げるのは危険だわ! ヲタクウィルスに思考を染められるわよ!?」 

「大丈夫だ。自分の体のことはよくわかっている」

「っ! 侵食率170%到達!」


 オペレーターが切迫した声で侵食率の上昇を告げる。


「まだ上げるの!?」

「まだだ。まだいける」


 どこからその自信は来るのだろうか。


「適性値は……大丈夫なのよね?」

「確認します」


 適性者の人格崩壊は侵食率に対して適性値が足りないことに起因している。

 雅樹の適性値が正常値ならば、この侵食率でも難なく精神支配を防げる。


「適性比率……グリーンです」

「そう…………」


 精神支配はない。

 イエローですらないということは、まだまだ安全圏である。

 侵食率を上げても、それは本人が制御できる範囲であり、一切問題ない。

 しかし、橘は言い知れぬ不安に捉われている。


「侵食率180%…………雅樹君、あなたはどこまで行くつもりなの?」


 画面上では侵食率が止まることなく上がり続けていた。

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