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第16話 「否オタクの親友 Bパート」

「なぁ、雄介はヲタクウィルスの侵食を抑える薬を飲んでたんだろ?」

「そうよ」

「じゃあさ、ヲタクウィルスのこと知ってたってことだよな?」

「…………」


 橘は難しい顔で言った。


「正直に言うと、そこら辺がわからないの。一応起きたときに説明はしたけど、何ていうか驚いたりしないのよね。普通は驚くものだわ」


 橘は一つため息を吐いて、続ける。


「感染したらオタクになるウィルスなんて」

 あれれ? 今聞き逃せない単語が聞こえたぞ?


「ちょ、ちょちょちょっと、待て!」

「何よ?」

「オタクになる? 何の話だ?」

「あら、話してなかったかしら?」

 

 聞いてねぇよ。


「ヲタクウィルスに感染すると人はアニメを見たいという衝動に駆られ、アニメオタクになってしまうのよ」

「何だって!? じゃあ感染してる俺も影響を……」

「いえ、あなたは適正があるから、影響は受けてないはずよ」


 即答かよ。

 

「どうして俺は適正なんてあるんだろう?」

「適性条件はオタクであること、となってるわね」

「ふーん……じゃあ、それ間違ってるな」

「間違ってる? どうしてそう言えるのかしら」

「だって俺はオタクじゃないからな」

「「「…………」」」


 その場にいる全員が黙った。橘もナースも雄介も、オールも何も喋らなくなった。

 全員を代表するかのように橘が言った。


「あなたもしかして……オタクだってこと自覚して、ないの!?」

「どこからどう見ても……」


 俺はプルプルと拳を震わせて叫んだ。


「俺はオタクじゃないだろ―――――!」


   *


 数日後。俺は変わらずにアニメを見ていたときだ。


「雅樹様!

「うおっ!?」


 ナースがバンッとドアを開けた。

 ノックをしないあたり、かなり焦っているようだ。


「何だ? アニメを見てるんだ。邪魔しないでくれ」

「あ……大変申し訳ございません。実は雄介様の侵食が進みまして……」

「なっ!?」


 俺はナースを押し退けて、部屋を飛び出る。


「雅樹様!?」


 何でだ?

 順調なはずだった。

 昨日聞いたときは98%になったばかりだったってのに。

 橘だって、この調子なら大丈夫だって言ってたんだ。

 それがどうして?


「はぁはぁ! 雄介!」


 俺が部屋に顔を出すと、橘が既にパイプ椅子に座ってふんぞり返っていた。

 何でこの人、こんな偉そうなの?

 まぁ実際この施設では偉いんだろうけど。


「侵食が早まったって?」

「ええ、そうよ……」


 雄介は以前見たときよりもひどく苦しそうだ。


「なぁ、思ったんだが、どうして雄介はこんなに苦しそうなんだ? ヲタクウィルスは人格を崩壊させるだけのはずだろ?」

「前に言ったわよね? この子は侵食を抑える薬を飲んでるって」

「ああ、それと脳を支配されるのを防ぐ働きもあるんだったか?」

「そうよ。そのおかげで彼はたとえ侵食率100%になろうが支配されない。けれど、薬には副作用があって、当然支配の力が強ければ強いほど、それも強くなる」

「だからか…………」


 俺は声を震わせて、橘に聞いた。


「もう、間に合わないのか?」

「無理ね。あなたの侵食率はまだ80%……ウィルスが完全に起きてないから侵食率を急上昇させるのも不可能だわ」


 どうして、そんな冷静に言えるんだ。人が死ぬと宣言しているのに。

 いや、わかってるさ。

 もともと、橘は雄介と関わりがなかったし、こういうことは慣れっこなのかもしれない。

 でも、心はそう簡単にコントロールできやしない。

 

「よぉ、雅樹。思ってたより元気そうだな」

「雄介? 起きてたのか?」

「ああ……」

「お前、何死のうとしてんだよ」

「こうなることは承知の上だったしな。未練もない」


 未練がない? そんなはずがないだろ。

 俺は気づいているんだよ。

 雄介が紅葉に話しかけるときの嬉しそうな顔と、弾んだ声。


「紅葉は…………いいのかよ?」


 雄介がずっと紅葉のことを好きだったってことを。


「…………それはお前が気にすることじゃない。それに……」


 雄介は目をつぶって安らかな顔をした。


「お前がいれば、俺はそれでいいんだ」

「それ、どういう意味だよ?」

「さぁな。知りたきゃアニメでも見てこい」

「見てきたさ。ただ、現実はアニメほど単純じゃないんだ。難しすぎるんだよ」

「はは、確かにそうかもな」


 雄介はか細い声で俺に言った。


「なぁ、約束してくれ」

「何をだ?」

「学校にいる連中を助けてやってほしいんだ」

「…………悪いけど」


 嫌なことはきっぱり言う。俺達の間にあるルールの一つだ。


「学校にいる連中なんてどうでもいいよ。俺をオタクなんて呼んで蔑む連中なんか……」

「じゃあ、紅葉とお前が大好きな涼香先輩。二人だけでいいさ」

「べ、別に大好きってわけじゃ…………」


 いや、ここで嘘を言ってもしょうがないよな。

 俺は涼香先輩のことが好きだ。

 だったら、助けるべきなんだ。


「…………俺が能力を引き出せたとして、二人を感染させない方法なんてあるのか?」

「二人は感染しないよ」

「は? 何でそんなことがわかるんだよ?」

「それは教えられない」


 教えられないときたか。それに、ヲタクウィルスが持つ能力のことまで知っていた。

 雄介は俺に隠しているんだ?


「でも、感染しないなら問題ないんじゃ?」

「いや、感染しないのはむしろ危険だ。完全に脳を支配された感染者は何をするかわからない」


 感染者に危害を加えられる可能性があるわけか。


「俺に二人を守る騎士になれって? 俺は非力だぞ?」

「大丈夫。どの能力でも使い方次第で二人を守れるはずだ」

「わかったよ。そこまで言うなら約束する。二人は絶対に守るよ」


 雄介はそれを聞くと安らかな笑みで天井を見た。

 俺はそこに違和感を感じていた。

 オタク、らしくないんだ。

 思えば、雄介にオタクらしい行動はなかった。俺とアニメの話をしている。それだけで、紅葉にアニメの話をしたこともない。

 そして、雄介はヲタクウィルスに同化したのではなく、感染したという事実。

 これによって、ある結論に至る。

 すなわち、


「なぁ、雄介……お前はオタクじゃないのか?」


 雄介がオタクではないということ。


「ああ、オタクじゃないよ」


 雄介はあっさりとそう言った。

 適正がない雄介は紛れもなくオタクではない。

 適正があったのは俺だけだ。

 俺だけが。


「俺だけが楽しんでたってことかよ……俺だけが!」

「いいや、俺はお前と話してて楽しかったよ。オタクじゃなくても楽しいものなんだよ、アニメってのはさ」

「本当……か?」

「お前だけじゃないんだ! 俺も……お前も!」


 雄介は起き上がった。そんなことを出来る体じゃないはずなのに。


「誰が……何と言おうと……!」


 雄介は俺の手首を強く掴んだ。本当に強い力だった。


「オタクじゃない!」

「っ! 雄介……!」


 雄介の力がだんだんと弱まっていき、やがて、パタリと落ちた。

 雄介は結局 俺に合わせてただけだ。それが何のためかはわからない。

 それでも雄介が親友であり、俺のことをきちんと見ていたことは確かだ。

 俺は涙でにじんだ視界の中で、雄介と初めて出会ったときのことを思い出した。

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