表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/22

第14話 「黒! とにかく黒!」

 白い部屋じゃない、鉄の色だ。


「ここは……」


 末期症状の感染者がいる隔離室、だな。向かいにそれらしき人がいる。

 ついに俺もここに入れられてしまったか。

 まぁ脱走なんてすれば、そうなるよな。


「なんだか……落ち着くな…………」


 俺がここを通るときは毎回うるさかったが、ずっとそうってわけでもないようだ。

 最初は嫌がったが、こうして俺も檻に入れられると、悪くはない。

 すごく静かな世界。

 しかし、そこは数秒後に破れてしまう。

 感染者達が奇声を上げ始めたのだ。


「メロウちゃん、バンザーイ! うおぉぉぉぉぉ! ハイ! ハイ!」

「ん?」

「やっと起きたわね。さ、精密検査するわよ」


 橘という女がカツンッとヒールを鳴らした。

 あの、感染者さんが何か騒いでますよ、いいんですか?


「精密検査?」

「ええ、あなたの将来が決まる、とっても重要な検査よ」

「ああ……」


 前に言っていたやつか。

 橘という女の手によって鍵が開けられる。

 取り巻きがいない。今は橘という女一人だ。脱走したばかりなのに不用心だな。

 逃げられても問題ないのか、もう逃げないと思っているのか。


「ぉぉぉぉぉおおおおおっっっ!」

「…………」


 うるせぇ……。


 隔離室から出て数分。

 検査室という札が掛けられている部屋に辿り着いた。ここか。

 橘という女がコンコンとノックする。

 返事はない。


「入るわよ」

 

 中に入ると、白衣の少女が一人いた。眼鏡をかけていて、髪はぼさぼさにしている。

 女の子ならそこら辺気にしろよ。


「準備は出来てる?」

「大丈夫」

「そっ、じゃあお願いするわね。私はここで見てるから」


 白衣の少女はコクンと頷くなり俺を見て言った。


「問診する」

「問……診?」


 白衣の少女はまるで医者であるかのように回転椅子に座り、右手を机に乗せ、左手に白紙のルーズリーフを挟んだクリップボードを持っていた。

 もしかして、本当に医者なのか?

 この若さで? 


「アニメは好き?」

「す、好きです」


 俺が答えると、白衣の少女は紙にさらさらと書いていく。


「アニメが見たくて仕方がないという衝動が起きたことは?」

「ない、ですね」


 そういえば健康診断のときのあれは…………なかったな。うん、そんなことはない。

 それより、なぜさっきからアニメに関する質問なんだ? 


「そうですか」

「…………」


 なんというか、感情のない子だな。

 俺はジッと観察する。


「…………」


 白衣の少女が紙に色々と書いている。質問を2つしただけなのにこれで何かわかるのか?

 スッと丸をしたと思えば、白衣の少女は顔を上げた。


「検査を始めるから座って」

「え?」

「座って」

「……はい」


 背もたれが倒された椅子に俺は座わる。歯医者で使うような椅子だ。


「これをかぶって」

「あ、はい」


 白衣の少女から渡されたのは頭部全体を覆うヘルメットだった。

 俺はそれを受け取り、かぶる。

 太いコードが四本、頭から伸びているヘルメット。めちゃくちゃ怪しい雰囲気を放っていたが、有無を言わせぬ圧力に抗う術はないのだ!


「ん!?」


 中は黒いだけ、と思いきや、なんとアニメが放送され始めた。

 しかも面白い!


「…………」


 ……って、俺はまた夢中になってる!?


「どう?」

「感染確認。でも、この脳波パターンは初めて見る。もしかしたら新型かもしれない」

「あら、それはすごい発見ね」

「…………照合してみないとわからないけど」


 ヘルメットを外され、血圧計が乗せられた移動台が寄せられる。

 そして、白衣の少女が言った。


「入れて」

「…………」


 ゴクリッと俺は唾を飲み込んだ。

 血圧計に俺の腕をズブズブと挿入する。計測が始まり、俺の腕がギュウギュウと圧迫されていく。

 くっ! なんて締め付けだ!


「…………」


 なぜか虚しさを感じたので、俺は橘という女に質問することにした。


「俺が感染してるウィルスはもしかしてヲタクウィルスって名前か?」

「ええ、当たりよ。でも、どうしてそれを?」


 夢で知った、なんて言ったらやばいだろうな。


「そんな話をしているのが聞こえただけだ」

「ふーん」

「…………」

「…………」


 一時の静寂が訪れる。

「いい機会だからヲタクウィルスについて教えとこうかしら」と橘という女は言った。

 機会なんていくらでもあっただろうが!


「ヲタクウィルスの特徴は何と言っても、その種類の多さよ。A型からN3型まで発見されているの」

「そんなにあるのか」

「この中でも特に厄介なのがO型……ヲタクウィルスの中でも一際異彩を放つ存在よ」

「へぇ、そりゃあまた何で?」

「詳しく話すと長くなるから省くけど……このO型が他のウィルスを統率しているのよ。ヲタクウィルスはこれを中心として感染が拡大する。分散ではなく、集中的に感染し、拡大していくの。厄介極まりないわ」

「統率? 何でそんなことがわかるんだ?」

「それは…………機密事項よ」


 機密事項ねぇ。とにかく、そのO型ウィルスってのが親玉なんだな。こいつらはこれを探してるわけだ。


「でも、集中的に感染するならそこを調べればO型が見つかるってことだよな」

「そうね。でも、話はそんな簡単ではないわ」


 橘という女はよくわからない機器をどかして台座の上に座った。タイトスカートでスパッツに包まれた足を組む。


「…………」


 ふむ、黒か。この女だと全然興奮しないな。

 どうでもいいけど、そこ座っていいの?


「日本のオタク文化拡大でヲタクウィルスは絶好の潜伏先を手に入れた。それによって、我々は後手に回るしかなく、気づいたときには大規模なアウトブレイクになっている」


 そんなにやばいのか。それに何でオタク文化拡大で潜伏場所? 名前がヲタクだし、もしかして関係があるのか?


「なぁ、ヲタクウィルスってどんな病気なんだ?」

「…………症状の一つとして、あなたが見てきたように人格が崩壊していくわね」


 俺は自分の手に視線を落とした。人格が崩壊していき、最終的には俺が見てきた末期症状の感染者になるってことだ。


「怖くなったかしら?」

「いや、実感が湧かないんだ」


 ピピッと音が鳴った。血圧を測り終えたのだ。

 俺は血圧計から腕を抜き、手をプラプラと振る。


「俺の心が死ぬってどんな感じなんだろうな」

「…………」


 白衣の少女が椅子からベルトを伸ばして俺の体を固定する。

 そして、やたら機械的な腕輪が嵌められた。


「何だこれ?」

「ERMよ。これを体内に埋め込めば、あなたの侵食率を常にモニターできるわ」

「侵食率? よくわからんがそれがわかるのか」

「ただ、最初はちょっと痛いけど……我慢してね」

「は?」


 ERMからシュカンッと針が突き出た。俺の手首に向かって。


「あがあああああぁぁぁぁぁっっっっっ」


 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いいたいイタイイタイイタイイタイイタイ!


「ぁうっらうあぅぅぅぅぅ!」


 針が皮膚を突き破り、肉が抉られる。熱い。

 手首の中がぐちゃぐちゃとかき混ぜられる。実際は針が刺さってるだけなのだろうが、そんな感覚がある。

 ギチギチとベルトが音を出す。転げまわりたいが動けない。

 拘束はこのためかっ!


「ぐぅあああっ!」


 いやだ、もうたえられない。しにたい。

 はやく、おわれ、おわれ。

 イタイ。

 ころしてくれ、らくになりたい。


「接続完了」

「ぅ……あ…………」


 終わった。激痛は消えていき、俺は思考を取り戻していった。

 終わりを告げたのは健康診断の日に聞いた、あの女性の合成音声だった。

 まだ、痛みがジンジンと残っている。腕も動かせない。俺は疲れ果てて、椅子にもたれた。


「ぅぅ…………」

「はい、お疲れ様」


 橘という女は何事もなく、そう言った。

 この女を殴りたい、という衝動が湧き上がったが、全身に力が入らなかったし、そもそもベルトで固定されていた。

 

「情けないわねー、男の子でしょ? ちょっとは我慢しなさいよ」

「ちょっとって……レベルじゃ、ねーぞ!」

「……? おかしいわね、確かにさっきの反応は異常だったけど…………」


 白衣の少女が俺の手首から腕輪を外してそれを端末に繋げ、何かを調べた。


「設定は正しい」

「どういうことかしら?」

「彼の体が異常。ここまでの拒絶反応は通常のヲタクウィルスではありえない」

「そんな……では、まさか!」


 白衣の少女が首を横に振る。


「まだわからない」

「そうね……結果を急ぎましょう」


 何を言ってるのか全くわからん。俺が異常? 通常のヲタクウィルスじゃない?

 どうして、俺がこんな苦痛に耐えなければならないのか?


「どういう……こと、だよ……!?」

「あら?」

「何で……何で俺がこんな目にあうんだよ……俺が何か悪いことしたのか? ウィルスに感染してたってだけでここまでするのかよ!」

「感染が拡大すれば、世界が滅ぶ。これでいいかしら?」

「世界が、滅ぶ? なぁ、納得する説明をしてくれよ」

「いつかね」

「あんた、説明下手なんじゃねぇか?」

「かもね」

「……っ! さっきから!」


 橘という女が顔を近づけてくる。


「大人しく結果を待ちなさい。もしかしたら待遇も良くなるかもしれないわよ」

「何だと?」


 橘という女はフッと笑って後ろを向けた。綺麗な黒髪がサラリと揺れる。


「おい! どこ行くんだ!」

「私はあなたと違って忙しいの。あんまり手間をかけさせないでちょうだい」

「なっ、待……て…………」


 俺はそこで力尽きた。


   *


 黒いドロドロした液体に俺は包まれてた。

 黒ばっかだな。そろそろ白も出してくれ。

 はっ! つまり、白いドロドロした液体……。


「やっぱ黒でいいです」

「お前は何を言っている」


 突然声をかけられても驚きはしない。そういうものなんだと受け入れてしまっている。


「お前は確か……」

「私を覚えている、か。どうやら順調に進んでいるようだな」

「お前までそういうことを言うのはやめてくれ」

「ああ、すまなかったな」


 黒い液体は実に心地良かった。解放感で満ち足りている。これはお風呂を越えた、至福の時間だ。

 一瞬の快楽が永遠に続き、後悔が存在しない。


「……お前のせいで酷い目に遭ったぞ」

「よく考えろ。それは本当に私のせいか?」


 俺はよく考えてみた。でも、考えようとしても頭が回らない。考えれば考えるほど頭の中に黒い液体が入ってくる。

 黒い液体が入れば入るほど俺は重みを増す。

 ああ、幸福だ。


「お前は約束を交わした。しかし、その約束は違えられた。そうだな?」

「そ……う、だ」

「ならば抗議せよ……お前にはその権利がある」

「そうだ、俺にはその権利が……ある!」

「起きろ。お前にはやることがある」

「許さない……絶対」


 俺はそうして沈んでいく。


   *


 ガチャリッと鍵が開いた。その音で目が覚める。白い部屋、何でまたここに?

 橘という女を中心とした複数人が俺の部屋に入ってくる。


「…………何しに来た?」

「精密検査の結果が出ました」

「ほー、それは良かったな。さっさと出てけ」

「あなたのヲタクウィルスはO型と判明しました」


 O型。それは確かヲタクウィルスの中で親玉のような存在だったはずだ。そうか、俺の中にそんな奴が。

 俺の中にいるのがそんな凄い奴だとわかった途端に態度を変えたというわけか。なんて女だ!


「O型ね。それは危険だ。なら、俺を処分するってのか?」

「いいえ、そんなことは致しません。あなたにはヲタクウィルスの適性があります。我々はあなたに協力してほしいのです」

「はあ?」


 俺は本を女に投げつける。もうここより劣悪な環境になったっていい。こいつらだけは許さない。

 こうでもしないと頭がおかしくなっちまう。


「お前達は俺に何をしたか覚えているか?」

「大変申し訳ございません」

「謝るな!」


 俺は別の本を投げた。さっきは体に当たったが、今度は外れた。


「ここまでしておいて謝るんじゃねぇよっ!」

「…………」

「お前らは……何なんだよ…………」 

「我々はレジスタンスです。この世界を統治する者。ヲタクウィルスは世界を滅ぼすのです。現状、我々はああせざるを得なかった。あなたに働いた無礼をお許しください」


 レジスタンス? 聞いたことがないな。だが、こいつは自分達のことを国の中枢と呼んでいた。俺が知っている政府はただのお飾りで、こいつらが本当の政府というわけか。

 こいつが言うように世界を守るためには俺を隔離しなければいけなかったのだろう。思い返してみれば、橘という女から悪意は感じなかった。


「ははっ」


 だからといって、許せることでもないだろう。


「もう出てけよ…………」

「…………あなたの学校は感染者で溢れています」


 へぇ、涼香先輩の周りが妙にオタクが多いのはそういうことだったのか。どうでもいいことを知ってしまったな。


「このままではあなたの学校は全員……」

「どうでもいい」


 橘という女は目を大きく開いて肩を揺らした。初めて感情を見せたような気がする。だが、それすらもどうでもよくなってしまった。


「どうでもいい?」

「ああ、どうでもいいね」


 キモオタのくせに涼香先輩に告白したって? 誰が告白したっていいだろう。どうして告白することも許されないんだ。


「あんな連中……」


 俺がここに連れてかれたとき、あいつらは何て言った? 病気がうつる? 気持ち悪い? ふざけるなよ!


「いなくなっちまえよ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ