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第11話 「絶望の世界にこんにちは」

 見た目は普通のトラックだった。俺はそれに乗せられ、運ばれた。

 中は薄暗く、微かな光が穴から入り込んでくるだけだった。

 左右の端に長椅子が取り付けられていて、俺は右側に座った。

 なんとなくそちらの方が明るい気がしたのだ。


「…………」


 時間の感覚が曖昧で、どれぐらい移動したのかわからない。

 車が止まる。

 信号で止まったという感じじゃない。バタンバタンという音も聞こえた。目的地に到着したんだ。


 扉が大きく開かれ、強烈な光が俺を襲う。

 俺は目をつぶって慣れるのを待った。だが、相手は待ってくれないようだ。

 俺は無理やり立たされ、外へ連れ出される。

 光に慣れた俺は目を開けて、橘という女に訊ねた。


「ここは?」

「病院よ。感染者を隔離するための特別な施設があるの」


 病院はとても大きく、ここからでは全容が把握しきれない。

 わかるのはこの病院がかなり古いということだけだ。

 目の前にあるのは、カビが生えて所々が緑色に変色したドア。

 見た感じ正規の出入り口ではない。


「ここ使われてるのか?」

「一応ね」


 その言い方に引っかかりを覚えるが、目の前に広がった光景で吹き飛んでしまった。

 橘という女がドアを開けると見えた病院の内部。そこは手が入っていない、不潔な場所だった。

 埃が目に見えるぐらい溜まり、臭いもお世辞にも良いとは言えない。

 無人のカウンターに蜘蛛の巣が張り巡らされ、そこでは大量の虫が捕らえられていた。その虫はまるで俺のようだった。

 どんなに歩いてもそれが改善される様子はなく、むしろひどくなる一方である。

 本当に病院か?


「いくら人が使わないからって通り道なんだから掃除ぐらいしなさいよ、全く……」

「…………」


 橘という女が出入り口から三番目のドアを開けようとする。

 その前に俺は訊ねた。


「この先は何があるんだ?」

「…………」


 橘という女はドアノブから手を離して、言った。


「トイレがあるだけよ」

「トイレ! ちょうどいいや。もう限界だったんだよ」

「部屋までもう少しよ。我慢できないの?」

「限界って意味わかってるか?」

「はぁ……仕方ないわね。ここで待ってるから行ってきなさい」


 俺は走った。確かに突き当たりにトイレがあるだけだった。

 トイレは左右に分かれていて、俺は当然、左にある男子トイレに入る。


「うげぇ……」


 やはり、中は汚い。我慢した方が良かったか? だが、距離によっては本当に限界だった。

 俺はささっと用を足し、手を洗う。手洗い場は蛇口が錆び付いていて、台も虫の死骸がうじゃうじゃとある。むしろ手が汚れるのではないかと思えるほどだ。


「うっ……!」


 強烈なアンモニア臭に俺は耐えきれず窓を開け放った。

 中の空気が外の空気と交換され、幾分かマシになる。といっても、外はあまりいい空気とは言えなかった。


「…………」


 そういえば、ここどこなんだ? 車線が何個もあるし、ビルもある。これが都会、なのかな。

 俺はしばらく外の風景を眺めてから、窓を閉じた。もちろん、この窓にはカビが生えていた。


「…………」


 俺がトイレから出ようとすると、橘という女が入り口に足を踏み入れていた。

 お前もトイレ行きたくなったのか? ここは男子トイレだぞ。


「遅かったわね」

「ああ、小さい方でな」

「意味がわからないわ」


 橘という女はそれ以上取り合わず、振り返って歩き始めてしまう。


「意味がわからない、ねぇ……俺もだよ。まるで意味がわからない、この状況がな」

「…………」


 足がピタリと止まる。

 そして、顔だけをこちらに向けた。


「あなたの望む説明をしてあげると、私は言ったわよね?」

「おや? 都合よく忘れてるもんだと思ってたが、存外、記憶力は良いんだな」

「ええ、良いわよ。エリートだもの」

「自分で言うかね、それを」

「…………」


 出入り口から三番目で、トイレから一番目のドアを橘という女は開ける。出入り口から見て左側にあるドアだった。

 そのドアを進むと、鉄格子に塞がれた牢屋のような物が両側にズラリと並んでいた。


「何だ、ここ? まるで牢獄じゃないか」

「間違ってないわ。犯罪が起こる前に感染者を捕らえるための場所だもの」

「……酷いものだな」

「あびゅびゃぼでふぉららららら!」

「うわっ!?」


 突然、檻の中にいた人が鉄格子に飛びついてガンガンと音を鳴らした。

 この人大丈夫なのか?

 それをきっかけとして、他の牢屋から奇声が上げられる。


「こ、この人達は?」

「末期症状患者よ」

「え!?」


 これが感染者の末路だって? 死ぬとかじゃない。死ぬまでこうなる。こんな人生はやりたくないぞ。


「末期症状と言ったけれど、死ぬわけではなく……崩壊する。人間として死ぬのよ。あなたもいずれこうなるわ」

「そんな……嘘だろ?」

「精密検査の結果によっては救いもあるけど……大抵はこうなってしまう」


 橘という女は牢屋の一つの前に立って、感染者をじっと見つめた。


「こうなった感染者は人に危害を加える。だから、我々はあなたのように感染の可能性がある人を拘束するのよ」

「感染の可能性? なら俺も感染してないなんてことも……」

「期待させて悪いけどね。あそこまで引っかかるとあなたは確実に感染してるわ」

「そう、か……」


 いよいよ絶望的だな。精密検査とやらに賭けてみるか。

 それにしてもだ。


「俺はこんなところで暮らさなきゃいけないのかよ!」

「安心して。あなたには比較的まともな部屋があるわ」

「ああ、そうなのか」


 俺は病室のような部屋を想像しながら、橘という女の後に付いて行った。

 後ろから聞こえる奇声が小さくなり、一つの部屋に入る。

 部屋の色は白を基調としていて、家具はベットと本棚しかなかった。


「これのどこがまともなんだ?」

「さっきよりはまともでしょ?」

「ふざけんなっ!」


 俺は声を荒げた。

 しかし、抵抗を許さぬかのようにバタンッとドアを閉められてしまう。


「くそっ! 何なんだあいつは…………まぁ、本があるだけマシ……か?」


 だけど本もあまり面白そうじゃないな。


「どうやって一日を過ごせばいいんだか……」

 

 ドアノブを捻るが、開かない。どうやら、外から鍵がかけられたようだ。

 部屋の上隅に監視カメラが設置されていた。プライバシーも何もあったもんじゃない。


「冗談じゃないな」


 俺は近くにある硬そうな物を探す。

 この小難しそうな本でいいか。

 それを振り上げて、監視カメラに狙いを定める。

 こんなことをしても状況は良くならないだろう。

 新しい監視カメラが設置されるだけだ。でも、あいつらを困らせることは出来る。

 俺が本を投げる前に橘という女の声が流れた。


「言っておくけど……奇行に走ればあなたを危険と見なし、より制限の多い部屋へ移すから注意してね」

「ダメか……」


 振り上げた本をゆっくりと下ろし、元の場所に戻す。

 ここより劣悪な環境なんて冗談じゃないからな。

 何もやることがなくなってしまった俺は硬いベッドに寝転がった。


「涼香先輩、今頃何してるんだろう……」


 最後に会えて良かった、なんてかっこつけたけど、また会いたい。


「あれで最後なんて……やっぱり嫌だ」

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