第9話 「デスパレートこんでぃしょん Aパート」
涼香先輩に一人の話し相手が出来たあの日から数日が経った。
未だに涼香先輩の話し相手は一人のままだけど、じっくりやろうと思う。
草加先輩に他にも聞いて、色々候補は挙がってるんだ。順調と言えば順調だろう。
そうそう、あれからも俺は涼香先輩と昼を一緒にしていた。
最終的にはクラスの人達とも話せるようにしたいから、アニメの知識はとりあえず持っておこうということになったんだ。
それに、話し相手を増やす作戦会議などもしている。
俺の高校生活の中で一番充実した一週間だった。土日があんなに嫌だと感じたのも初めてのことだ。
涼香先輩と離れたくない。
俺は、やっぱり涼香先輩のことが好きなんだな。
「高岡君?」
「は、はい! 何ですか?」
「ぼーっとしてるみたいだから……どうしたの?」
あなたのことを考えてました、って言えればいいんだけどね。涼香先輩と仲良くなったとはいえ、そこまで直球なこと言う勇気が出るほどではない。
「すみません、少し考えごとを……」
「ふーん、どんなこと考えてたの? まさか……女の子のことじゃない、よね?」
涼香先輩は怒ってるような、不安になっているような、そんな複雑な顔をして俺を見上げていた。
上目遣いとか、強烈過ぎるだろ!
「ち、違いますよ」
「ホントに?」
「ええ、本当ですよ」
「んっ、それならよし!」
何がいいって言うんだ?
いやいや、深く考えるな。頭が回らなくなるぞ! これは涼香先輩の罠だ!
平常心、平常心。
「あっ、もう時間だから先に行くね。高岡君はゆっくり食べてていいよ」
「いえ、俺も一緒に行きますよ。お腹いっぱいなので」
主にあなたでね。
「そう? そっか……ふふっ、じゃあ一緒に行こっか」
涼香先輩は嬉しそうにそう言った。
え、何でそんな嬉しそうなの?
涼香先輩の笑顔は勘違いしてしまいそうになる。それが友達に対する表情なんだとわかってるんだけどな。
「…………」
恋人に対する笑顔ってどんな表情なんだろうか。やっぱり、それは恋する乙女特有の輝く笑顔なんだろうな。
今の涼香先輩のように。
その笑顔を友人に対しても出来る涼香先輩はすごいな、と俺は素直に思った。
*
今日は学校で健康診断がある日だ。
そのため、午後の授業が全てそれに置き換わっていた。
着替える必要があるため、貴重な涼香先輩との時間が潰されるのは納得いかなかったが。
トイレから教室に戻っているとき、声が聞こえた。
無視しても、聞こえなかった、で通せる声量だったが、俺は振り返る。
「よう、高岡」
「佐藤?」
顔良し、頭良し、性格良し、と三拍子が揃った最強のイケメン、佐藤だ。
確か涼香先輩に告白したんだっけ?
その後、俺が仲良くさせてもらってるからな。もしかして、文句でも言いに来たか?
「お前さ、オタクだったよな?」
「違う」
文句ではないみたいだが、こちらが文句を言いたくなるようなこと言ってきたな。
「あれぇ、違ったか?」
「違うな」
「そうかー、俺の勘違いだったか」
こいつ、何が言いたいんだ? 俺がオタクかどうかが話の核に関わってるみたいだが。
「俺がオタクだったとしたら何かあるのか?」
「最近アニメ見始めてさ、話す人がいなくてなー、でも違うんなら言ってもしょうがないしな。呼び止めて悪い。じゃあな」
「あ、ああ……」
佐藤は言うだけ言って、手をサッと上げて行ってしまった。
「…………」
佐藤ってあんな奴だったのか。
アニメとは縁遠そうな奴だと思ってたんだがな。
アニメを勧めた人間がいるならそいつと話せばいいだけだから、まさか自分からアニメに手を出したのか?
「…………」
どうでもいいか。
あいつが堕ち始めたというならそれは喜ばしいことだ。どうかその道を突き進んでくれ。
「ん? もう並んでるのか……」
健康診断のために、全校生徒が各教室の前に整列する。
俺のクラスは既に列が出来ており、俺はその中にスッと紛れ込んだ。
すると、後ろに位置する雄介に話しかけられた。
「お前どこ行ってたの?」
「トイレだよ」
「そうじゃなくて、その前」
「…………」
その前というと涼香先輩と一緒にいたことか。
雄介はもう知ってるからいいけど、ここで言うのは憚られる。
「まぁ、適当にな?」
「あーはいはい……言いたいことはわかったよ。お熱いことで、消えろっ!」
「なっ!? そ、そういうんじゃないって!」
「じゃあどういうことだよ?」
「ぐっ…………」
そこまで言われるレベルのことをしてるわけじゃないのに、何も言い返せない。
何をやってるかを説明してやりたい。
俺は涼香先輩とおしゃべりしたり、一緒に昼飯を食べてるだけだって!
「…………」
あれ? これ説明したら余計に憎まれるんじゃないか?
雄介が呆れた様子で俺の肩にポンと手を乗せる。
「あのな、逆に考えてみろよ。学校一の美少女と体育館裏で仲良くやってる野郎のことを」
「ふむ…………」
想像してみた。モデルはなんとなく佐藤になった。
とある美少女と佐藤が付き合ってるわけでもないのに、体育館裏で何かやっている。
付き合ってるわけでもないのに、何かをやっている。
何かを、やっている!
「消えろっっっっっ!!」
「だろ?」
「あ…………」
やば、つい本音が。
でも、これでよくわかったな。俺は消えろと言われるに値することをしている幸せ者ってことだ。甘んじて受けようじゃないか。
俺はスッと頭を下げる。
「ごめんな。俺が間違っていた。今後は言われても何も言わない」
「いや、そんな深刻そうに受け取られると逆に困るんだが……それに…………」
「……?」
それに? 何だ?
雄介の言動に不可解に思っていると、前の男子が動き出した。
動き出したのは前の男子だけではなく列全体。どうやら、ようやく移動するらしい。
俺は歩きながら後ろの雄介に目を向けて言う。
「そういえば健康診断なのに、何で体育館に集まるんだろうな?」
「あー……そういえばそうだな」
こうやって列を作って検査場所まで行くが、わざわざ体育館には行かない。それに色々と気になることもある。
何にせよ行けばわかるだろう。
*
全校生徒が体育館に集まるとき、ステージから見て左から1年、2年、3年の順に座る。
俺は2年D組だから、ど真ん中だ。ついでに、名前が『た』から始まるから出席番号も真ん中。
つまり、俺はこの学校の中心にいるということだっ!
これに気づいたのは俺が2年生になって初めて行われた集会のときだ。
そういえば、涼香先輩のことを知ったのもこのときだったな。
あのとき放送していたアニメは今でも鮮明に覚えている。
草加先輩と語り合った神アニメ、〈ホオボエ!〉が放送していたのもこのときである。
「…………」
あのとき、左に顔を向けると、涼香先輩の横顔があったんだよな。あの日から集会が楽しくてしょうがない。
今日も横を向けば涼香先輩の横顔があるはずだ。
「あれ?」
左を見ても、横顔はなかった。代わりに涼香先輩の正面顔があった。
俺と涼香先輩の視線が交差する。しばらく俺達は目をパチクリとさせて固まっていた。
やがて、ハッとなった涼香先輩が慌てて顔を逸らした。心なしか耳が赤くなっている気がする。
俺も状況を理解し、顔をステージ側へと回した。
こ、こっち見てた!?
な、ななななな何で!?
涼香先輩も俺のことを見てたってこと、だよな。全校生徒がいるこの中で俺を探して。
「う、ぉおお……!」
「どうかしたか? 妙な声出してよ」
おっと、声に出てたか。
雄介に聞かれてしまったようだ。
「な、何でもないぞ!」
「そうか? 変な奴だな。ほら、静かにしないと怒られるぞ」
「お、おぅ……」
校長が壇上脇でマイクを片手に言った。
というか、俺が気づいてなかっただけで校長は既に話し始めていたようだ。マイク使っても声小さいな。
「……ということで、今回の健康診断について説明があります。説明は専門の方からしてくださいます。では、橘さんお願いします」
「はい」
芯の通ったハッキリとした声で女の人は応じた。壇上まで上って、マイクに綺麗な顔を近づける。
日本人らしい純粋な黒い髪を肩まで垂らし、堅苦しいメガネを女の人はかけていた。デキる女教師と言われたらしっくりくる。
「皆さん、こんにちは」
「「「「「こんにちわー!」」」」」
一部の男子共が騒ぐが、他の男子生徒や女子生徒達は黙っていた。もちろん俺も黙っていた。あんな連中と一緒にされたくはない。
「ふふ、元気な子達ね。私はこの学校の担当に任せられました、橘楓という者です」
女は橘楓と言うらしいが、名前なんてどうでもいい。
俺が気になったのはこの学校の担当という部分だ。
『この学校の』ということは他の学校にも担当が付いているはずで、明らかに組織的行動である。
それなのに、あの橘という女はどの機関に属しているかなどを言わなかった。これはおかしい。
何か裏があるに違いない。
ここまで考察しておいて、ただ単に言い忘れただけだったら恥ずかしいが。
「今回の健康診断は少し特殊です。皆さんも疑問に思っているかと思いますが、この学校の健康診断は一ヶ月前にやったばかりであり、今日もこの予定はありませんでした」
そう、健康診断は一ヶ月前にやったばかりだ。
健康診断というのは定期にやるものであり、こうもスパンが短いのはイレギュラーな事態なのである。だから、気づいた生徒は誰もが疑問に思ってるだろう。
それを橘という女は説明してくれるらしい。
「実は、あるウィルスの感染がこの近辺で発見されました。そのため、今回はそのウィルスの検査する機会を設けていただきました。説明は以上となります」
あるウィルス? どうして、そこをぼかすんだ? かえって不安になるだろう。どんなウィルスかもわからないんだからな。
それでも隠すということはつまり、世間に『あるウィルス』の感染が発見されたことが広まったら困るということだ。
そして、それだけ危険な物なんだ。
そんな物に感染してたら大変だな。まっ、大丈夫か。
近辺って言っても隣の県とかそんな感じだろ?
というか、説明はこれで終わりか。早くすぎだ。
わざわざ橘という女が説明する必要あったのか?
「ん?」
何だ? 橘とかいう女、俺の方を見てる?
「おい! 俺のこと見てるよな!」
「はあ? 勘違いに決まってるだろ」
俺の前の男子がさらに前の男子に声をかけていた。
前の男子は控えめに手をヒラヒラと振る。
それに橘という女は手を振り返した。
「ほら見ろ! やっぱりそうだろ!」
「ゲーッ、マジか」
「…………」
いや、違う。前の男子を見てはいない。
なぜなら、男子達が目を離しても、橘という女はこちらを見続けていたからだ。
間違いない。
目が合っている。
「…………」
涼香先輩と目が合ってたときはあんなにドキドキしてたのに。
橘という女からは何も感じんな。
橘という女が校長に呼ばれて壇上から降りると、見つめ合いからも解放された。
本当に何なんだ?
色々と隠していたり、あの女かなり怪しいぞ。
まあ、怪しんでも何か出来るわけじゃないし、無駄か。それに今後関わることもないだろう。裏があろうがなかろうが、健康診断をしておさらばだ。
「…………」
「…………」
そういえば、雄介はずっと黙ってるな。うっかり存在を忘れてたほどだぞ。
後ろに顔を向けると、雄介は何かを考えるように俯いていた。
「雄介」
「ん? どうした?」
「いや、何か考えてるみたいだったから」
「ああ、あははは……あのお姉さんがあんまり熱心な目で俺のことを見るからよ~」
「はぁ、お前もか…………」
「はは」
俺はため息を吐いて、友人の安直さを嘆いた。
そして、俺は言った。
「……で? なんでそんな取って付けたように笑ってるんだ?」
「…………」
「誤魔化せると思ってたのかよ? なぁ?」
「……今日は随分と強い口調じゃねーか」
「あ?」
「だいぶ影響を受けてるな。悩んでたからか……」
雄介がボソリとそう呟いた。
「影響? お前何言って――」
「はいはい、皆移動するよー」
担任の教師が手をパンパンと叩きながら俺達のクラスを先導する。
クラスメートは羊のように教師の後を追う。
だが、雄介だけはその群れから離れようとしていた。
「雄介? どこ行くんだ?」
「……雅樹、もうちょっとお前に付き合ってあげられれば良かったんだけどな……時間切れみたいだ。今まで楽しかった。じゃあな」
「は? さっきからお前おかしいぞ!」
何でそんな、今生の別れみたいに言ってんだよ! 時間切れってどういうことだよ。
これから健康診断なのにどこ行くんだよ?
「おい、何やってんだ。さっさと前進めよ」
俺は後ろの男子、つまり雄介の後ろにいた男子に押される。
おいおい、雄介いないよ? お前、何も疑問に思わねぇのかよ。
クラスでは地位の低い俺がそんなこと言えるわけもなく、俺は流されるままに検査場所まで歩かされる。 雄介のことは一旦忘れよう。きっとトイレに行ったんだ、うん。
それらしいことを言ってみたかっただけ。帰ってきたら俺が怒って、それで終わりだ。
「雄介……」と俺は言葉をこぼした。




