美女戦士ビクトリアは救国の騎士となる。
『きゃーーーーーーっ!!』
絹を引き裂くような、うら若き乙女の叫び声。
城の中央にある高い塔の円く突き出したベランダに漆黒の大魔龍の姿があった。
『姫様ーーー!!』
『いかが、なさいました!!』
慌ただしく、回廊を走り抜ける衛兵の一団。
団長の厳つい男が満月に照らされる夜空を見上げ唇を噛んだ。
『くっ!!』
『姫を漆黒の大魔龍に拐われてしまった!!』
王国の姫、パトリシアを鷲掴みにした漆黒の大魔龍は悠然と宮殿の上空を旋回している。
夜空へと矢を射掛ける衛兵たちへ紅蓮の炎を浴びせかける大魔龍。
ゴオオォォォォオオオ》》》》》
すかさず盾を持った守備兵が前面に出て壁を作り、これを防御した。
漆黒の大魔龍の上には全身を黒い鎧で装った若き騎士と拐われた姫、パトリシアの姿があった。
衛兵団長バレンタインは、その人物に視線を止めて顔をしかめて呟いた。
『ま、まさか!』
『あれは…………』
バレンタインは自分の考えを払拭するように首を横に振った。
彼の隣で補佐役を努める愛娘の美女戦士ビクトリアが父の背中に手を添えた。
『お父様……あれは。』
バレンタインは手を上げて娘の言葉を遮った。
『今は何も申すでない……いずれ全てが明かされる時が来るであろう。』
漆黒の大魔龍の背に乗る黒騎士はマントを翻して自らの兜を取り顔を見せた。
月明かりに照らされた長い金髪に隠され、はっきりと輪郭を捉えることができない……
しかし、その人物を見上げる父娘には朧気ながら彼の口許が笑っているように見えた。
大きな翼を羽ばたかせ、見上げる城の人々を嘲笑うようにして次第に遠ざかって行く漆黒の大魔龍。
黒騎士の傍らで、しやがみこみ小刻みに震える姫が大きく手を振り助けを求めている。
『助けてーーー!!』
『ビクトリアーーーー!!』
青ざめた顔をした国王が太った大きな、お腹を抱えて転げるようバレンタインの元へ走り寄って来た。
『衛兵団長よ!!』
『ひ、ひ、姫は、いかがしたのじゃ!!』
バレンタインは国王の前に膝をつき頭を垂れた謝罪した。
『王様に申し開きの言葉もございません………』
『姫様は漆黒の大魔龍に乗る黒騎士により連れ去られた次第にございます!』
フラフラとよろめき腰を抜かして、へたっと、その場に座り込む国王のフランク2世。
彼は事の次第に混乱し荒らぶった大きな声で周りの側近に怒鳴った。
『す、直ぐにパトリシアを拐った漆黒の大魔龍を追うのじゃーーー!!』
『直ちに聖堂騎士団を差し向けよーーー!!』
騒ぎを聞いた国王の腹心アブラカタブラ宰相が少し遅れて姿を現した。
彼は祭司でもあり、国王より最大の信頼を得ていた。
『王様!、ここは迅速に姫様の救出隊を編制なさいませ。』
彼の言葉に深く頷き国王は書記官を呼び寄せた。
宰相は国王指示のもと救出隊を速やかに編制した。
『金に、いとめはつけぬゆえ、選りすぐりの猛者を国中から集めよ!!』
『憎っくき漆黒の大魔龍を討伐し姫を救いだした者には誉れある立場、王族に加えようぞ!』
『望みが何であれ国王である余が必ず叶えてつかわすと布れを
出すのじゃーーー!!』
国王の号令一下、聖堂騎士団が疾風の如く漆黒の大魔龍を追って行った。
宰相は書記官を連れて慌ただしく国中のギルドへ姫救出希望者の布れを出した。
城の円いベランダに寄り掛かり涙ながらに遠くの方へ視線を移す国王。
『余の大切な一人娘、パトリシアよ……どうか、無事でいてくれ……』
その様子を傍らで見詰める美女戦士ビクトリア。
父である衛兵団長の
バレンタインに近付き膝を付いた。
『父上様、この私を姫様の救出へ赴かせてくださいませ!』
『私も、早、18となりました
!』
『我、剣の前に必ず大魔龍と黒騎士を、ひれ伏せさせます!』
『バレンタイン家の名を上げる時は今を置いて他にはございません!』
父であるバレンタインは首を横に振り娘ビクトリアの意向を、いっこうに取り合おうとしなかった。
それは、やはり姫をドラゴンに拐われた国王と同じ親心から来るものであった。
国王の妃であり拐われた姫の母ソフィアが悲報を聞きつけて侍女を連れ現れた。
ベランダで崩れ落ちている国王に寄り添う妃が彼に、ゆっくりと話し掛けた。
『王様…………姫の信頼が最も厚く、
また幼き時より姉妹のように親交のあった者を救出へ赴かせましょう。』
『きっと、その者ならば、姫も心を許し救出も、より早く進みましょうほどに…………』
妃の言葉に深く頷き国王は、その者を、ここへ呼ぶようバレンタインに指示した。
『王様……その者ならば、既に御前に控えております。』
国王の前に膝まずく美女戦士ビクトリアが口を開いた。
国王はビクトリアの両肩に手を置いて懇願した。
『頼めるか……お主の武勇は、この余の耳にも届いておる。』
『必要なものがあれば、何でも申すがよい。』
ビクトリアは国王の目を見てゆっくりと話した。
『勝利の白馬サモトラケのペガサスを私に授けてくださいませ!』
ビクトリアの父バレンタインが娘の言葉に驚き国王の前に膝をつき頭を垂れた。
『王様!』
『娘の非礼をお許しくださいませ!』
『歴代の王にのみに、乗馬が許される護国の神馬を欲しがるとは
この父である我の躾か至らぬゆえにございます!』
国王はビクトリアを立たせて、徐ろに笑顔で答えた。
『余は、そなたを信じておる……』
『本来ならば、父である余が赴かねばならぬところ……』
『余の代わりに勝利の白馬に乗り、パトリシアを救いだして来て欲しい!』
王の傍らにいた妃が一部始終の話が終わった折り合いを見て勝利の白馬杓を侍女に持って来させた。
王は妃から白馬の杓を受け取ると美女戦士ビクトリアにそれを手渡し握らせた。
深々と礼をして、杓を受け取り下がるビクトリア。
『パトリシアを救いだした暁には、そなたを余の王族とみなす!』
『行け!!』
『勝利の白馬にまたがりし、救国の騎士ビクトリアよ!!』
祭司アブラカダブラが救国の騎士ビクトリアへ勝利の祈りを捧げた。
『汝に歴代の王と神々の祝福があらんことを!!』