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黄昏の彼方に 第三部『崑崙』  作者: ろ~えん
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第四話 再会

サーリムは馬から降り、砂漠を眺めた。

ここから先は、馬では行けない。

この先の細かい砂では、馬の蹄は一足毎に踝まで沈んでしまうため、まともに歩けないし、無理をすれば馬は容易に脚を折ってしまう。

そして、馬は脚を折ると致命傷となる。

馬の華奢な脚では、三本脚で体重を支え続ける事は出来ないし、その細い脚先まで行った血をそのまま心臓まで戻す事が出来る程その血圧が高くは無いため、馬は脚を地面に降ろす度に体重による圧力で蹄のすぐ上の筋肉が緊張・解放を繰り返す事で、血液を心臓に送り返すボンプの働きをする様になっている。

だから使えなくなった脚は、直ぐに血液が滞留し葉蹄炎という炎症を起こす。

それは容易に敗血症につながり、そうなれば死は時間の問題となる。

砂漠を歩く事が出来るのは、砂に潜らない様に柔らかくて広い足の裏を持つ駱駝だけなのだ。

そして、竹林荘には駱駝は居なかった。

東の地平線の中央が、微かに明るくなっているように見える。

もうすぐ、あの中央から日が昇る筈だ。

ケンジントンならもう空の東側は明るく見える頃なのだが、砂漠の空気は水蒸気や塵埃などの微粒子を殆ど含まないため、光が空気中で余り乱反射しないので、まだ暗いままなのだ。

鞍から革袋を外しているサーリムに、ディェンは言った。

「ここからは、歩いて頂く事になります。恐らく日没前には崑崙の麓にたどり着けるでしょう。」

サーリムは頭を下げた。

「有難うございました。」

「いえいえ、帰りは崑崙から連絡があるはずなので、またここまで迎えに参ります。」

そう言って、ディェンはサーリムの降りた空馬を引き連れて、帰っていった。

サーリムは、バックパックからPDAを取り出すと、画面の地図上に現在位置と進むべき方向の矢印が表示された。

「さあ行くか。」

自分に気合いを入れる様にそう言うと、陽射しを遮る事だけが目的の薄いコートのフードを引っ張ってかぶり直し、バックパックの上から水筒と食糧の革袋を担いで、掌の上にPDAを方位磁針の様に水平に置いて歩き出した。


「チャーリー、開戦準備の進捗はどうなっている?」

アルフォンスの言葉に、炎の剣軍司令官チャールズ・ビンガムは弾かれる様に立ち上がった。

「ご指示通り中央地区突入の準備は完了しております。カミンスキー隊が先頭に立ち、ケンジントン中央駅を制圧して侵入路を確保すると、直ぐに残り全軍が中央広場に突入。カミンスキー隊はそのまま駅を確保します。その後、尊師におかれましては、シュルツ隊と共に中央広場にお留まり頂きまして、その間に残余部隊が中央地区の制圧を実施します。日の出迄には禁書館以外の制圧は完了する予定です。」

連邦政府に対する最期通牒の期限まではまだ15時間近く残っているが、始めから期限を守る気は無かった。

奇襲を掛ける事で、一気に片を着ける積もりである。

最期通牒の日付さえ守れば、数時間の差など後からいくらでも辻褄を合わせる事が出来る。

「禁書館はどうだ?」

「禁書館につきましては、既に籠城の用意が出来上がってしまっておりますので一気に制圧とは参りませんが、包囲する事で数日中に投降に持ち込めるかと。」

事前の手配りは全て終えているので、ビンガムは落ち着き払って答えた。

「ケネスはどうだ?」

アルフォンスの問い掛けに、自信に満ちた答が返る。

「これもご指示に従いまして、カミンスキー隊の奇襲に先立って、確保部隊が庁舎を襲撃し身柄を確保致します。その要員は、既に中央地区に送り込んで伏せてあります。」

今更見落としは無いであろうが、アルフォンスは全てが自分の指示通りになっているかどうかを再確認した。

アルフォンスからみれば、信ずるに足るだけの頭を持っている部下は一人もおらず、どいつもこいつも肩の上には空っぽの薬罐同然の頭が載っているだけのうすのろばかりであった。

実際にはそれなりに能力のある者も居なくはないのだが、アルフォンスは不幸な事に頭の回転が早くまた知識も広かったから、もし周りから諌められる様な事があっても即座に相手をやり込める事が出来るので、周りの意見に耳を貸すという習慣自体が身に付いていなかった。

暴君の中でも単に自尊心が高いだけでなくその自信を裏付ける無駄に高い能力を持っている、過去の例でいえばローマのコンモドゥス帝や殷の紂王に匹敵する様な、ある意味最も始末が悪いタイプの君主であった。

「禁書館に入られたら厄介だからな。」

「その点は心配ございません。ケネス師御一党は先程申しました確保部隊によって秘密裏に監視されております。おかしな動きがあれば、即座に拘束申し上げる様に指示してあります。」

アルフォンスは満足げに頷いたが、ふと思い立った様に言った。

「しかし、実際に拘束するとなると抵抗されては困るな。他は何人死んだって構わんが、ケネスだけは生きたまま捕らえる必要がある。」

しばらく考え込んでいたが、やがて、傍らの男を振り返って言った。

「ベルナール、お前が行け。ケネスが抵抗しそうになったら、お前がいつもの口の上手さで丸め込むんだ。」

アルフォンスの少年時代からの傳育係であり、今も引続き側近として侍しているベルナール・マルタンは、さすがにその物言いに一瞬だけ面白くなさそうな表情を浮かべたが、直ぐに愛想笑いを浮かべて答えた。

「畏まりました。」


そうでなくても日中は暑くなる砂漠であるが、特に真夏のこの時期では、相当な気温の上昇を覚悟せねばならない。

素人ならば涼しい夜の内に移動すれば良いと考える所だが、砂漠での本当の脅威は、概ね一般的なイメージとは逆である。

砂漠では、昼間の暑さより夜の寒さの方が恐いのだ。

厳しい夜の寒さに対応できる程の重装備で砂漠を歩くのは、自殺行為である。

日が昇ると、すぐにそんな格好では暑さに耐えられなくなる。

かといって、脱いで担ぐとなると、その負担は確実に体力を削り取って行く。

砂漠では、余分な負担を維持する余裕は存在しない。

それに比べ、黎明時の寒さに耐える程度の服装ならば、暑くなっても脱がなくて済む。

どうせ、裸になって涼を求める事は出来ない。

昼間の砂漠で恐いのは、高温よりも陽射しなのである。

高温自体は水分補給に気をつけていれば耐えられるが、太陽光線に灼かれると確実に体力を奪われる。

そして、失われた体力は水では補給出来ない。

やがて地平線から光が射したかと思うと、すぐに見渡す限りが明るくなった。

砂漠には、薄明も夕焼けも無いのだ。

PDAの地図上で等高線と交差する矢印の指示に従って、ひたすら昇り降りを繰り返しながら前進する。

丘に昇った所で、矢印の示す方位の彼方に目をやると、鋸歯状の火口を天に向けた山がはっきりと見える。

これも、砂漠特有の現象である。

水蒸気を全く含まない砂漠の空気は、可視波長の光を殆ど散乱させる事が無いため、遠方の景色が霞む事は無い。

だから、遠くにある大きな物と近くにある小さな物を、見た目で区別するのは難しいのだ。

いずれにしても方向は間違っていない様なので、このまま矢印を信頼して進み続ける。

これもちょっと考えれば、谷を伝って進む方が昇りも少なく日陰が多いので楽そうに思われるが、砂漠で谷伝いに歩くのは思わぬ危険を招く事がある。

砂漠で侵食作用を起こすのは風だけであるが、風は表層の砂にしか作用しないため下層の砂は極めて固く締まっており、その結果水を殆ど通さない。

だから、ごくまれに雨が降る(滅多に降らないだけに降るときは大量である)と、その水は大地に染み込む事無く瞬く間に激流となって谷を伝って、雨が降らなかった地域までも走って行くのである。

そのため谷底を歩いていると、突然濁流に呑み込まれて炎天下の砂漠で溺死するという想像もつかない様な災厄に遭遇する破目になりかねないのだ。

サーリムは黙々と昇り降りを繰返し続けたが、その影が大分短くなった頃、下り斜面の中腹に立って前方を仰いだ時に目標の山が見えなくなっている事に気付いた。

といっても、別に方向を間違えた訳ではない。

苛烈な陽射しに炙られる砂からは猛烈な勢いで陽炎が立つので、精々数百メートルの高さしかない物は容易に覆い隠されてしまうのだ。

ここからは、矢印を信用して進むしかない。

更にしばらく進んだ頃に、ごく基本的な事実を見落していた事に気付いて愕然とした。

『砂漠の地図』に、等高線?

砂漠では、本当の意味での地形という物は存在しない。

砂のみによって作り出された高低は、常に風によって移動し続ける。

見渡す限りの視界を覆う程の巨大な砂丘でも高々数ヶ月で全く別の場所へ移動してしまうので、砂漠の地図に等高線を引いても意味がない。

だから、最初のうちは等高線を気にせずに、方向の指示だけを見て歩いていた。

しかし、矢印の示すルートは、谷を伝う事が無いようにして危険を避けると同時に、丘を越える時も頂上付近を避けてなだらかな傾斜面を通る事で、今の地形の中で少しでもサーリムの負担を軽くする様に設定されていた。

これは、地図データがごく短いサイクルで更新されている事を示している。

もしかすると、招待主はサーリムのために現在の地形を調査し、ルート情報を更新している可能性すらある。

この招待のために一体どれだけの労力を投じているのか、或いは、その程度の手間は全く負担にならないくらい発達した科学技術を持っているのか、いずれにしても、恐るべき相手ではある。


「さて、夜も更けた事だし、そろそろ移動することにしようか。」

そう言って、ケネスが立ち上がりかけたとき、俄に廊下が騒がしくなり、全員が動きを止めた。

激しい銃声が響き、悲鳴が上がる。

「どうした!」

ダレスが声を掛けたが返事はなく、銃声混じりの喧騒は益々高まっていった。

「皆さん、退がって下さい。」

そう言ってダレスは、全員を執務机とソファの陰に入る様に指示した。

踞るケネスを中心に、ジョーンズとプロメターがその上から覆い被さり、アリソンは、その前に身を盾にする様に立ちはだかった。

それを確認したダレスは、大股にドアに向かう。

やがてケネスの秘書が、フロア担当ガーディアンの班長に肩を貸して、入ってきた。

「こんな格好ですが、非常事態ですので失礼致します。」

二人とも血塗れである。

ダレスは、血で汚れるのを気にする事なく秘書に手を貸して班長をソファに横たえると、二人の怪我を確認しつつ訊ねた。

「何が起こった?」

班長は苦しそうに息をしながら、かすれ声で答えた。

「奴らは前もって手勢を伏せてあったようです。突然あちこちから銃声が上がり、このフロアの警備に就いていたガーディアン達は一気に制圧されてしまいました。抵抗した者は射殺されたと思われます。」

ダレスが班長の制服を引き裂く様に開くと、脇腹と肩に銃創があった。

「君の怪我はどうだ?」

これも血塗れの秘書に訊ねる。

「私は怪我はありません。」

どうやら彼は、班長に肩を貸した事で血に塗れた様であった。

やがて、激しくドアが叩かれた。

「開けて下さい!」

聞き覚えのない声だ。

ダレスは振り向くと、全員が顔を見合せた。

「誰だ?」

ダレスの誰何に、大きな声が返ってきた。

「炎の剣の信徒ベルナール・マルタンと申す者です。尊師の命により、最高賢者閣下を『保護』するために遣わされました。」

「閣下はご無事だ。立ち去るが良い。」

その声を無視して扉が弾ける様に開き、銃を手にした男達が押し入って来た。

「何をする!」

ダレスの叱咤を一顧だにせず、マルタンと覚しき先頭の男が言う。

「我々は、最高賢者閣下のご安全を確保致せとの教主様からのご下命により馳せ参じました。たまたま庁舎で銃撃戦が始まった直後に到着いたしましたので、安全確保のために暴徒を制圧致しました。」

ソファに横たえられている班長は、噛みつきそうな表情であったが何も言わなかった。

「ほう、それはご苦労だな。ところで、君達がやって来た時には銃撃戦は始まっていたんだな?」

ダレスが訊ねると、ベルナールは何を言っているんだと言いたげな表情で答えた。

「はい、左様です。」

「では、何故『始まった直後』だと判ったんだ?」

ベルナールは言葉に詰まり、会話を打ち切る様に宣言した。

「とにかく、閣下のご安全の確保のために、この部屋を封鎖致します。」

「何の権限があっての事だ!」

仁王立ちとなったアリソンが抗議する。

「緊急事態です!」

その返事は答えになっていなかった。

「ここでは、怪我の手当てが出来ない。」

ダレスがそう言うと、ベルナールは無言で顎をしゃくる様に後ろの男達に指示を出した。

3人の男達が、班長を抱えあげて連れ出した。

その時、プロメターが立ち上がって訊ねた。

「貴殿方は、閣下のご安全を確保するためにここにいると仰っていますが、それなら何故銃がこちらを向いているんですか?」

ベルナールはばつが悪そうに銃口を下げると、回りの男達に部屋を出るように掌で指示した。

「我々はドアの前で警護致します。勿論、窓の外にも警護の者を配置してありますのでご安心下さい。」

嫌みたっぷりにそう言うと、ベルナールも部屋を出た。

ジョーンズがカーテンの合わせ目を捲って窓の外を窺うと、ライフルを斜めに持った男と目が合った。

慌てて視線をそらし、続いて広場全体を見回す。

月明かりの下で、銃を提げた男達が多数行き交っている。

「完全に囲まれていますな。」

プロメターは、唇を噛んだ。

交渉期限である朝まで動きはないと高を括っていたので、油断していたのだ。

これで、禁書館に入れなくなってしまった。


サーリムが巨大な窪地を望む丘に立った時、矢印が今までとは違う指示を示した。

その窪地は、ちょっとした渓谷といえる程の大規模なものであったが、

サーリムの現在位置からすると、窪地右手の開口部側に寄って、窪地に落ち込む谷の浅い所を渡るのが合理的な様に見えた。

しかし矢印は、何故か左手の窪地が行き止まりとなる側の縁に沿って大回りする様な進路を示した上に、ご丁寧な事に目の前の窪地全体が赤く点滅表示され、そこに足を踏み入れてはいけないという明らかな警告が出た。

この指示通りに歩けば、かなり時間を浪費する。

サーリムは一瞬迷ったが、今までの指示が安全と負荷の軽減を意図した物であった以上、ここで無駄に負荷を増やす様な指示はするまいと踏んだ。

つまり、指示通りに進まなければ危険だという事だ。

やれやれとぼやきつつ、窪地を見下ろしながら大回りで進んで行く。

ようやく半分程迂回し終わった頃に、微かな地響きが聞こえた。

思わず立ち止まって音の源を探す。

みるみる内に音は高まり、耳を聾せんばかりに辺りを圧し包んだ。

そして、今迂回している窪地に、反対側の開口部から薄茶色の濁流が、激しく渦を巻きながら流れ込んできた。

サーリムが呆然として見ている目の前で、窪地は巨大な池に変わった。

どうやら、何処かで大雨が降った様である。

もし、開口部側の谷を渡っていたら、タイミング次第では今ごろあの池の底に沈んでいたかもしれない。

そう考えてほっと胸を撫で下ろすと同時に、サーリムは確信した。

間違いなくリアルタイムで監視されている。

そうでなければ、突進してくる濁流について警告ができるはずがない。

では一体何処から見ているのか?

サーリムの後を跡けていたのでは、濁流は発見出来ない。

サーリムよりずっと広い視点で監視しているのは確かだから、考えられるのは上だ。

人工衛星の可能性が頭を過ったが、すぐに打ち消した。

巻き込まれたら致命的な規模の濁流とは言え、砂漠全体から見ればほんの小さな流れに過ぎない。

それがリアルタイムで監視出来るほどの低高度軌道なら、角速度が大きすぎて砂漠などすぐに通り過ぎてしまうだろう。

殆どの監査官は、職務に関係の無い(あるいは関係の薄い)何らかのジャンルの学問を趣味としている。

実学一辺倒の修行時代に、その反動で役に立たない(と思われる)学問に手を出すのである。

例えば、ケイの場合は語学だった。

そしてサーリムは、航空・宇宙に関する資料を読み漁った。

その時の記憶を頼りに、衛星による監視を想定してみる。

もし地上の小さな動き、この場合は水の流れをリアルタイムで観測しようとすれば、大いなる再構築以前の監視カメラの通常の分解能からして、衛星の高度は精々4~500キロであろう。

その高度では、地球を一周するのに必要な時間は、一時間少々でしかない。

10分もあれば砂漠を通過してしまう計算になる。

砂漠を監視し続けるためには静止軌道に乗らなければならないが、そのために必要な高度は36000キロ程になる。

どう考えても、こんな水の流れを観測できる距離ではない。

となると、ずっと監視し続けるためには、飛行機で上空を旋回する他はあるまい。

サーリムは空を見回したが、それらしい物は見えなかった。

人が乗って数時間も滞空し続けるためには、かなりな量の燃料が必要であろう事は容易に想像がつく。

それを積む飛行機なら、全長もどう小さく見積もっても5・6メートルでは済まない筈だが、遮る雲の全く無い空にそれらしい影は見当たらなかった。


日が傾き少し涼しい風が吹き始めた頃、ようやく山の麓にたどり着いた。

村で聞いた話では、この辺まで来ると激しい頭痛と目眩が始まる筈である。

今のところ、サーリムは特に頭痛も目眩も感じない。

ディェンの言う通り招待主は、サーリムを迎え入れるために侵入防止用の装置を停止していると思われる。

しばらく歩くと、砂利の敷かれた道路に行き当たった。

道路は曲がりくねりながら、上に向かって延びている。

ようやく砂漠を越えてきて、最後にこの登りはきつそうだ。

この道を辿るのかと思ったら、PDAの画面から矢印が消えてしまった。

取り合えず、ここに立ち止まって様子を見るしか無さそうだ。

ややあってPDAからビープ音がしたので、画面を見る。

地図上に、サーリム以外の光点が現れた。

その光点は、かなりの速度で接近して来る。

どうやら、迎えが来た様だ。

地図上の光点からおおよその見当を付けて坂を見上げると、カーブにそって曲がりくねりながら軽快に斜面を下ってくる4輪車がいた。

サーリムは自動車といえば最高賢者の乗るベントレーしか見た事が無かったが、坂を下ってくるそれはベントレーとはかなり趣が違っていた。

まず第一に大きさが違う。

屋根が無く(滅多に雨が降る事が無い砂漠では、特に必要な装備ではないのだろう)運転している人物が見えるので、その人物との対比でおおよその見当を付けて長さを3メートル程度と見積もった。

そのサイズでシートが4席あるのだから、大した物である。

全体の印象は、概ね四角い箱の四隅に車輪を付けて、フロントガラスと枠を残して上半分を取り去った感じで、飾りに類する物は何も考慮されていないようである。

かなりの速度で近付いて来る車を見ながら、サーリムは違和感を覚えた。

少し頸を捻った所で、原因に思い当たった。

エンジン音がしないのだ。

サーリムの知っている最高賢者のベントレーは、100メートル先からでもそれと判る程の派手な音を出す。

勿論その主な原因はどうしようもない老朽化にあり、新しい又は良く整備された車をそれと同列に扱う事は出来ないという点は理解しているが、それにしてもこの車は静か過ぎる。

タイヤが路上の砂利を軋ませる音が聞こえる程に接近しても、エンジン音が聞こえないのである。

その車は右からやって来て一旦前を通り過ぎ、Uターンするとサーリムの目の前で止まった。

「マンスールさん、お迎えに上がりました。」

運転席の若い男は、快活な調子で言った。

サーリムかどうか確認する必要は、全く感じていない様だ。

「私がマンスール本人かどうか、確かめなくても良いんですか?」

と少し意地悪く聞いてみた。

「その点は、確認済みです。」

男は事も無げに答えると、助手席側の扉が開いた。

「どうぞ、お乗りください。」

サーリムはすでに疲れ切っていたので、ありがたく同乗する事にした。

男を横から眺めると、ケイと同じ様な何の飾りもないジャンプスーツを着ている。

スーツの前面はピッタリと合わさっており、合わせ目を留めるボタンも見当たらないので、恐らく合わせ目の下にフックが並んでいるのだろうと想像した。

そうしているうちに車は走り出したが、中に居ても虫の羽音を思わせる様な軽い唸り以外にエンジン音らしきものはしなかった。

走り出した所で、サーリムは訊ねてみた。

「どうやって確認したんですか?」

「観測機からのカメラ映像です。」

「観測機?」

サーリムが頸を捻ると、男は説明した。

「ああ、失礼。不測の事態があってはいけないので、観測用の飛行機を飛ばして、ずっと確認していたんですよ。」

やはりそうか、と思いつつサーリムは重ねて訊ねた。

「もしかしたらそうじゃないかとは思っていましたが、それらしい物は見えませんでした。」

男は笑いながら答えた。

「そうでしょうね。縦横共に1メートル強しかありませんから、見つけるのは骨ですよ。」

サーリムはその答に興味を覚えた。

「私は飛行機には詳しくありませんが、そんなに小さい物なんですか?」

「無人機ですからね。」

その言葉にサーリムは驚いた。

「バッテリー駆動で20時間以上滞空が可能です。それに見付けにくい様な工夫もしてあります。」

「と言うと?」

男は車を止めてPDAを取り出すと、何か操作してから東の空を指差した。

「あそこを見てください。」

そこには暮れ始めた空を背景に、ゆっくりと淡い光が明滅しながら水平に動いていた。

「明るい空を背景にして飛ぶ物体を探すとしたら、動く影を探すでしょう。だから、日中はああやって下向きに小さい明かりを点ける事で、影が見えにくくしているんです。」

そういって、再びPDAを操作すると、光は点灯状態になり、そのまま空に溶け込んだ。

「明るい背景の前にある弱い光は、殆ど認識できません。」

そう言うと、再び車は走り出した。

「そんな事まで教えて大丈夫なんですか?」

男は、にっこりと笑って答えた。

「上からの指示で、今度のお客様は色んな事に興味をお持ちになるだろうから、判る限りの事についてご説明せよ、と言われています。」

招待主が腹の底で何を考えているのかは判らないが、友好的な対応をとろうとしているのは間違いない。

同時に、自分達の力に絶大な自信を抱いているのも確かなようだ。

「所でこの車は、随分と静かですね。」

「そうですか?風の音とかはかなり煩いと思いますが。」

「あ、いや、エンジンの音がしないな、と。」

男は笑った。

「この車も電動ですからね。崑崙では、殆どの動力が電気で賄われています。」

なるほど、この軽い唸りはモーターの音らしい。

その口調を見る限り、意図があってとぼけたのではなく、彼等にとって『電気で動作する』システムはあまりにもありふれた物なので、意識にも上らないのであろう。

しかし、先程観測機の話をした時に、制御の話は全く出なかった。

視界を遥かに越える長距離を飛ぶ無人機なのであれば、必ずある程度の自動制御は必要になる筈だ。

恐らく本で読んだ事しかない『コンピューター』という代物が搭載されているのだろう。

その話が出なかったという事は、見た目通りに全てを公開する気では無いのかもしれない。

そう思ったサーリムは、敢えて予備知識が無い風を装って答え難そうな質問をぶつけてみた。

「竹林荘で聞いた話では、この山に近付くと激しい頭痛や目眩に襲われ、それでも無視して進むと最後には耳や鼻から血を流して死んでしまうそうですが、なんで我々は大丈夫なんですか?」

男は事も無げに答えた。

「望まない来客をお断りするために、『接近回避システム』が設置されているんですよ。『低周波』はご存じですか?」

かつてケイから、プロメターと初めて会った時の話を聞いた事がある。

その時プロメターは、低周波発振機を使ってケイを試そうとしたという。

「ええ、聞いた事はあります。」

「それを発生するシステムが、麓一帯に設置されているんですよ。だから、麓全体に耳では聞き取れない有害な音波が満ちています。今は貴方をお迎えするために、あの辺りだけ一時的に停止しているんです。そろそろ稼働している頃でしょう。」

サーリムは混乱した。

答え難いだろうと思った質問にあっさりと答え、しかも聞いてもいない作動原理まで教えてくれるとは、思っても見なかった。

結局のところ、彼にとってはコンピューター制御とは電動システム同様にありふれた物でしかないので、意識に上らなかっただけだという事がサーリムには理解出来なかったのだ。

たとえば、サーリム自身がコンピューターを見た事が無いと思い込んでいたように。

サーリムは、当たり前の様にヴィジフォンという形でコンピューターを見ているのに、それが日常の風景の一部になってしまっているために思い至らなかったのである。

「これから入る街について、少し説明しておきましょう。ご存じかとは思いますが名前は崑崙、この山のカルデラの中に築かれた街です。人口は約5万人で、あらゆる分野の科学者と技術者の集合体です。その存在目的は只一つ科学技術、いや人類の未来を守る事です。」

サーリムは、竹林荘で説明を聞いて以来の疑問をぶつけてみた。

「カルデラの中に街を作って、大丈夫なんですか?」

「と言いますと?」

男は、サーリムが何を心配しているのか見当も付かない様子である。

「例えば、噴火の恐れは無いんでしょうか。」

ようやく意味が判った様で、噛んで含める様な言い方で説明した。

「この火山はこの一帯が砂漠化し始めた頃、だいたい5万年くらい前に最後の巨大噴火を起こして現在の大カルデラを形成した訳ですが、この爆発で火口に繋がるマグマ流が枯渇した様です。いわゆる死火山というやつですね。余談ですが、砂漠化の開始と最後の噴火の時期が概ね重なる事から、砂漠化の原因となった気候変動自体がその噴火によってもたらされた物だと考える者もいます。そう言うわけで、カルデラの形成後はずっと周りが砂漠だったため水による浸食を全く受けなかったので、あれほど切り立った火口淵が殆どそのまま残っている訳です。」

なるほど、それなら安全と言って良いだろう、と一旦は納得しかけたが、今度は別の疑問が出てきた。

「どうして、最後の噴火が『五万年前』だと判るんです?」

男は、サーリムの手強さに苦笑した。

「ええと、その、私は地質学は専門外なのでうろ覚えの話になりますが・・・」

そう軽く予防線を張ってから反問してきた。

「方位磁針が何故機能するかはご存知でしょうか?」

これはまた、随分低い所から話を始めるものだ、とサーリムは思った。

要するに、それだけ知識水準を低く見られているのである。

「地磁気に沿って南北を指していると聞いていますが?」

その回答に、男はほっとした様である。

思ったより説明を省略出来そうだと感じたのであろう。

「その地磁気の両端である磁北極と磁南極が、過去に何度も変動を起こしているのはご存知ですか?」

「変動というと、移動するという事ですか?」

「ええ、それと強弱も変わります。」

「なるほど、それで?」

「溶岩に含まれている鉄分は、熔解状態では磁性を示しませんが、冷却する過程で、地磁気によって磁化されます。ですから、凝固した溶岩の磁性パターンを調べれば、その溶岩が冷却したつまり地表に流れ出した時点での地磁気の方向や強度が判ります。後は、そのパターンがいつ頃の地磁気情報と一致するかを確認すれば、その溶岩が流出した時期が推定できるわけです。」

まずは納得の行く回答が得られたので、この点をこれ以上追求するのは止める事にした。

それにしても砂漠の中にあってしかも壁のように切り立ったカルデラの内側という事で、二重の隔壁によって外界から遮断されている訳で、これ以上安全な環境はそうは無いだろう。

そこが生存可能な状況であれば、の話だが。

「水はどうなっているんですか?」

「カレーズはご存じですか?」

こうやって一々基礎知識の確認から入るのは少々煩わしいと感じないでもないが、それだけ丁寧に答え様ようとしている事の現れなのであろう。

「ええ。」

カレーズとは、砂漠の地下の岩盤を貫くトンネルを穿って、水源地から水を流す砂漠特有の水道の事だ。

「かつてシルクロードがこの山の麓を通っていた時代には、さっきお待ち頂いていた辺りに街があったんですよ。その街は政治状況の変動でシルクロードがルートを変えてしまったために、打ち捨てられ廃墟と化しました。しかしカレーズだけは残っていたので、そこからカルデラの中まで水を引いているんです。」

男はさらりと言ってのけたが、サーリムはその言葉に慄然とした。

「カレーズを掘るためには、地上から等間隔で縦穴を掘って、その穴の底同士を横穴で繋ぐという作業が必要ですが、それをカルデラの中まで引き込むとなると、この山自体にカレーズまで届く縦穴を掘ったという事ですか?」

そうだとすれば恐るべき技術力だと思ったが、男が笑いながら答えた内容はその想像を遥かに凌駕していた。

「それは人力で掘った場合の話ですよ。そんな面倒な事はしません。ここの建造者達は大型掘削機械を使って、一気にカルデラの下まで真っ直ぐにトンネルを掘りました。」

カルデラを支える強固な岩盤をキロ単位で堀り抜くのに、どのくらいの

技術が必要なのかを考えたサーリムは寒気を覚えた。

サーリムの表情を見た男は付け加えた。

「まあ、別に我々が掘った訳ではありませんが。」

どういう意味かと訊ねようとしたが、その前に男は言った。

「その辺りについてはここの歴史と関係してくる話なので、今説明するには長すぎます。中で誰かが説明してくれると思いますよ。」

本当に長すぎるだけなのか、それともやはり説明したくない事は存在するのか、いずれとも判断が付かないが、その点は中での対応で判断すべき事であろうと考えて結論は急がない事にした。

話しているうちに、車は火口淵に出来た切り込みを越えカルデラに入った。

峠の天辺からカルデラ全体を見下ろした時、サーリムは言葉が出なかった。

カルデラの中は、幅広い黒と緑の二重のベルトに囲まれた都市になっていた。

それぞれの区画は幾何学模様の様に整然と区切られ、野放図に拡がった街で良く見られる境界線の屈曲や領域の不均等は全くない。

農地と思われる緑のベルトも、大きく地形に沿った滑らかな曲線と鋭い直線で形作られており、農地に有りがちな無計画な拡張と縄張り争いに起因する境界線の出入りは全く見られない。

全てが周到な計画に沿って形成・運用されている事は、明らかである。

「どうです?ちょっとした眺めでしょう。」

その声には隠しきれない優越感が伺えたが、それも無理はないと思う程の偉容であった。

「中央のビル群と緑地帯が都市区画です。その外周の緑のベルトは、手前の三分の一程が工業区域で、残りの大半は農業区域です。その間を区切るのがレクリエーション区域になります。そして、その外を囲む黒いベルトは太陽電池のパネルです。ここのエネルギーは全てあれで賄われています。」

説明を聞きながら都市の詳細を見ようと目を凝らしたサーリムは、各区画に並ぶ奇妙な塔に気付いた。

それは10メートル程の高さでその先端は折り曲げられて下を向き、傘のように広がっていた。

そして、緑色の区域にはかなりの密度で並べられているが、それ以外の区域では、その1割程の密度であった。

「あの沢山ある塔は、なんですか?」

男は、サーリムの指す方にちらりと視線をやって答えた。

「あれは回収塔と言いまして、あれで空気を吸い込んで地下に送ります。そこで回収プラントが、その空気を冷却して水蒸気を回収するんです。」

この環境を見れば水が極めて貴重な物である事は疑う余地が無いが、それにしても水を回収するためだけに(恐らくは)膨大なエネルギーを投じるというのは違和感がある。

「水のためとは言っても、随分と贅沢なエネルギーの使い方ですね。」

男は軽く笑った。

「ここではエネルギーが、具体的には電力ですが、どれくらい安いかは外世界の方には恐らく想像もつかないでしょうね。何しろ、この強烈な日差しの殆どが電力に変換出来るし、それに、ここは曇りや雨が実質的に存在しません。ですから、安価な電力で貴重な水を回収するのは、合理的な選択なんです。」

そして車は、畑に差し掛かった。

「ここら辺りは工業エリアです。食品以外の工業製品はあちらの工場で全て生産されています。」

そう言いながら車は、綺麗に整地されたトウモロコシ畑の中を走る。

トウモロコシは、ジャガイモと並んで単位面積辺りのカロリーベースでの収穫高が大きい。

だから、現在の絶望的な食糧事情の中では殆どの地域で、そのどちらか或いは両方が栽培されている。

ここもその辺りの事情は大差無いのだろうと思った。

風に揺れるトウモロコシの穂を見ている内に、サーリムは空腹を思い出すと同時に、腹の虫が大きな音を立てた。

男は、笑いながら言った。

「残念ながら、ここに生えているのは食べられない品種です。ここは工業エリアですから、これは全てあの工場に運ばれて工業原料になります。」

サーリムは、大いなる再構築以前に飢える人々から穀物を取り上げて、自動車を走らせるための燃料用アルコールを大量生産していた狂気の時代が有った、と本で読んだ事がある。

「燃料になる訳ですか。」

男は頸を振った。

「太陽光をエネルギーに変換するなら、一旦植物の形を経由するよりも太陽電池で直接電気にする方がずっと効率が良いですから、そんな無駄な事はしません。」

「では、何に使うんです?」

男は、事も無げに答えた。

「プラスチックの原料になります。」

「トウモロコシからプラスチックが出来るんですか?」

この答は、サーリムの理解を越えていた。

「ええ、この品種は重合して各種のポリマーを容易に生成する事が出来る種類の高分子を、高い割合で含んでいます。ですから、人間が食べても消化出来ずにそのまま出てきますし、大量に食べれば消化不良で腹を下します。ですから、みんなここを『トウモロコシ畑』ではなく『プラスチック畑』と呼んでいます。」

男は、そう言いながら右手でダッシュボードを探り、小さな棒状の包みを取り出した。

「良かったらどうぞ。」

銀色のフィルムに包まれた棒を受け取ったサーリムは、どうして良いか判らず、途方に暮れた。

「ああ、失礼。チョコレートバーというお菓子です。端に切り込みがありますから、そこから破って下さい。そう悪くは無いですよ。甘い物が苦手でなければ、ですが。」

サーリムは、礼を言って切り口を探す。

ようやく見つけると恐る恐る破いて、艶のある焦げ茶色の棒をそっと齧った。

チョコレートと言えば、様々な文献の中で代表的な菓子として出てくるし、その夢の様な味わいを歌い上げる詩も読んだ事がある。

しかし、今やカカオは原産地以外の場所では極めて入手困難になり、僅かに流通する物は殆どがホットチョコレートとして消費されるようになった。

飲物に加工すれば、混ぜ物を使って増量する事が簡単に出来るからだ。

大豆を使って増量するのはまだ同じ植物性油脂なだけ良心的な方で、酷い物になると、色が誤魔化し易いという理由で、煉瓦の粉末が入っていたりする。

その上、貴重な砂糖は出来るだけ減らそうとするので、苦くてざらざらした飲物である。

だから、あまり期待せずに恐る恐る咀嚼したのだが、それはサーリムの知っているホットチョコレートとは全く次元の違う味わいであった。

砂糖を直接齧っているかと思う程甘く、それでいてざらざらした感じが全く無い滑らかそのものの舌触りであり、中にあるナッツの歯応えは鮮烈なアクセントを奏で、あまりにも素晴らしい味わいに意識が飛びそうになった。

気が付くと、もうチョコレートバーは影も形もなくなっていた。

我に返ったサーリムは、自分がどれ程浅ましい様子だったのかと思い赤面した。

男は、ニヤリとして言った。

「お口に合ったようで、何よりです。」


やがて、車はプラスチック畑を抜け、ビル街に入った。

「ここは居住区画です。」

サーリムが辺りを見回すと、五階建ての煉瓦風の落ち着いた外観のビルが立ち並んでいる。

「煉瓦で、五階建てのビルが作れるんですか?」

サーリムは煉瓦で四階建て以上のビルを見た事は無い。

そうだとすれば、サーリムの知らない技術が使われているだろう。

男は軽く笑った。

「まあ、やってできない事は無いでしょうが、安全性を考えればそれはあまり好ましく無いでしょうね。これは全て、鉄筋コンクリートでできています。外観は、煉瓦風のタイル張りですよ。コンクリートが剥き出しだと殺風景ですからね。」

これだけのビル群を見栄えのためだけに総タイル張りにできるとは、一体どれだけの余裕があるのか、サーリムは薄ら寒い思いがした。

車はタイル張りのビル群を抜け、広大な芝生の中の舗装路を走る。

付近には、良く手入れされた樹木やベンチが並んでいる。

丁度仕事終わりらしく、沢山の男女が談笑しながら居住区画に向けて三々五々そぞろ歩きしている。

彼等も色こそ違え、判で押した様にボタンの無いジャンプスーツを着ている。

どうやら、これがここの制服の様だ。

「ここは公園です。オフィスの並ぶ職務区画と居住区画を切り離す事と、アメニティを目的として設けられています。」

その説明に、軽い違和感を覚えた。

それは合理的とは良い難い構成である。

「オフィスと住居を隣接させるとか、同じ建物に収めるとかは考えないんですか?」

「効率だけを考えればその方が合理的ですが、それではストレスが溜まりますからね。」

そう言って男は、前方を指差した。

「あのビル群が、業務区画です。農業区域や工業区域の少数の現場要員を除いて、みんなあそこで働いています。」

そう言って指差した辺りには、サーリムが見た事が無い程大きなガラスに覆われたビルが建ち並んでいた。

やがて車は、ビル群の一つの前に停まった。

ガラス張りの立派な玄関の前には、一人の男が立っていた。

男は右手を上げると言った。

「久しぶりだな、サーリム。」

その男は、確かにビジフォンで見たあのケイであった。

助手席の扉が開きサーリムが無言で降りると、運転席の男は言った。

「お連れしました。後は宜しくお願いします。」

「承知しました。」

ケイの答に一礼して、男はそのまま走り去って行った。

「さて、とりあえず中に入ろう。」

ケイに促され、無言のまま、歩き出す。

二人が玄関に歩み寄ると、巨大なガラスの扉が音もなく左右にスライドして大きく開いた。

「驚いたか。ここは、大体どこもこんな具合だ。」

ケイは笑って見せた。

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