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君という一握の光を見失って途方にくれる僕  作者: 新藤 愛巳
第二章 一人ぼっちの名探偵 響鬼野来夢
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信じられる

「小磯先輩はタロット占いもやるんですか?」


「いいや。カードの特殊な並べ方がわからない。だけど、今の君には幸運がついている」


 本当でしょうか?


 小磯先輩が私のカードを引くと私の手の中からババがいなくなりました。


「最悪を帰ってこないように祈ることは君の仕事だ。それは君にしかできない事だ」


「祈っても、来るときは来ます。だって最悪なんていくらでも……磁石のように……」


 私が俯くと、小磯先輩は大げさにため息を吐きました。


「暗い方に目を向けていたんじゃ暗くなっちまうだけだ。明るい方を見ろ。それが占いで言う努力だよ。宝くじを買わない人に当たりが来ないように、不幸を買わない人には事故も来ないんだよ」


「それは本当なんですか?」


「半分、本当だ。占いなんて話し半分だろう?」


 半分……何だか信じられる気がしました。


「小磯先輩。小磯先輩は何かに巻き込まれたことはあるんですか?」


「ないな。僕は不運をよけて通っているから……」


「どうやって!? どうすれば、私も!?」


 私は必死に聞きました。


「運のいい日には積極的に活動して、悪い日には誰にも会わずに死んだマグロのように過ごす……」


「家の中で腐っているだけじゃないですか。心外です!」


「腐ってない! 僕は腐りかけだ!」


 小磯先輩は髪の毛をかきまわしました。


「俺は本来、暗い奴なんだよ。暗すぎて一回転して明るくなっている暗い奴なんだよ。ほっとけよ」


「それはもうただの明るい人なんじゃないですか?」


 小磯先輩は面倒臭そうにトランプをばらまきました。


「はいはい。僕の負けです。ババが残りました」


「じゃあ私の勝ちですね。ご褒美に何かください」


 私は小磯先輩の鞄の中のお菓子を視線で狙ってみました。

 雑誌の隣のイチゴチョコを挟んだマイルドビターチョコレート。しかも新発売。なんておいしそうなんでしょう。食べてみたいな……。何処でそんなレアな物を手に入れたのでしょう?


 小磯先輩は真顔になりました。男の子の真顔なんてドキッとします。


「君を助けたいんだ。目を閉じろ」


「え? 無理です。助けられません」


「目を閉じて顔を前に突き出せ」


 小磯先輩は突然、私の瞼にキスをしました。


「え?」


 小磯先輩は事務的な口調で言いました。


「気をつけろ。理解できるな? 君を狙っている奴がいる」


 小磯くんの顔は少し恐かったから、私は動揺しました。


「わ……私、ラウンジに行ってきます。そして戻ってきます」


 私は六号車のA室を飛び出しました。


 恥ずかしい、恥ずかしい。どうしよう。小磯先輩って、小磯先輩っておかしな人です。


「……少女漫画ならクラスで一番いやな男子が初対面で唇にキス……だけど、さっきのあれはどうなんでしょう。私はあの人に帰って欲しかったのに。アイコンタクトって難しいです……。彼のバックの中のチョコレートを見てしまったからでしょうか? 自己嫌悪です」


 目蓋が熱い。

 彼には悪気もないのでしょう。


「どんな顔で会えばいいのかな? 会えないよね……もう二度と会えない……」


 ラウンジの前を五反田さんが通ります。


「何やってんだ、少女。困ったような面をして、ひょっとして困っているのか?」


 私は悩みを打ち明けました。


「愛されている人に質問です。いきなり男の人にキスされたら……どんな顔をすればいいんでしょう!」


 五反田さんは笑いました。


「私なら、お礼に唇にキスをしてやるよ。それぐらいの愛嬌は必要だ。それはもう襲いかって押し倒してもいいくらいだ」


「お……お礼に? 襲いかかる? 心外です」


 なにを言っているんだろう五反田さんは。


 そんな、そんな!


「出会って数時間の男の子にキスをしたら変態になってしまうんじゃないかと!」


 私の力説に五反田さんは笑いました。


「それはそうだろうね、あんたの場合はね。あんたはもっと、自信を持たなきゃいけないな。私みたいに羽根を伸ばしてさ」


「どういう意味ですか?」


「世の中には愛が足りない。愛されたら愛し返す。それぐらいの器がみんなに欲しい所だ。一方的な愛なんて、憎んでいるのと同じだ。だから同じくらい愛してやらないといけない。愛は変質してしまいやすい。だから、愛には調味料が必要なのさ。時間は愛を育てる。時間こそが愛だよ」


 別に愛など育てたくはないんですが、何と答えたら良いのでしょう?


「きっと小磯先輩は、私を試しているんだと思います。人生の先輩として!」


「試すって何をだ」


「えっと。反射神経とか?」


 五反田さんは考えました。


「小磯には何か目的があるんだよ」


「目的?」


「気をつけなさい。キスなんて、リスクもなく相手に触れあえる手段だからね。二人きりにはならないこと。男は獣だから、獣を縛りつける気持ちでキスをしろ。やられる前にやれ! あいつはここで何かやるかもしれない」


「そ、そんな、小磯先輩はそんなつもりで……!? なにをするのでしょう。彼はイチゴチョコレートで世界でも救いに行ってしまうのでしょうか? だとしたら……私も連れて行ってくれないでしょうか? いいえ、私は一人で戦わないといけないのに」


「響鬼野、そんな馬鹿な奴はいないから。そして、奴もそんなつもりじゃないから」


「だって、出会って数時間ですよ」


「好きになったら仕方ない。愛のなせる技だ」


「好きじゃありません。心外です」


 真顔で答える私に五反田さんは吹き出しました。


「愛が足りないな」


「愛を語るって劇団みたいですね?」


 五反田さんは目を細めた。


「君はからかうと面白い子だなあ。彼は友達か。そうだろうな」


「はい」


「なら、深入りしない事だ。占い師は元来不幸な人間がなるものだ。苦労した人間、挫折した人間、世の中の酸いも甘いもかみしめた人間。一度、心が折れた人間がするのが占い師だ。君のような普通の女の子は、高級列車から降りて普通に家に帰りなさい。相手が悪いよ」


「私、普通じゃありませんから……普通でなくなりましたから」

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