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君という一握の光を見失って途方にくれる僕  作者: 新藤 愛巳
第二章 一人ぼっちの名探偵 響鬼野来夢
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愚者

「どうした? 平気か? 顔色が悪いぞ……」


小磯先輩は私を気づかってくれました。優しい人です。

壊れ物に触るかのように丁寧に扱ってくれて、だから私はそれがとても嬉しかったのです。大切にされているみたいで嬉しかったのです。


だから呟きました。


「私たち別れましょう!」


「つき合ってもいないのにかー!?」


 小磯先輩は私の肩を抱えました。


「調子が悪いなら、お前の部屋で一緒に菓子でも食うか」


 家に男の子を呼んだことなんてなかったのに。

 わたしはこの寂しい目をした先輩のことが気になって仕方なくなってしまいました。

 好きではないけれど、観察対象として興味を持ちました。


 ハンバーグステーキしか食べない彼に好奇心が湧きました。


 彼はきっと彼女のへたくそな手作りハンバーグが好きなのでしょう。だから美味しい物を食べないのです。食べられないのです。でも今は喧嘩をしてしまったのでしょう。私は彼を気の毒に思いました。ただそれだけのことだったのです。


 だからこそ、早く離れなければ……ここから。


「来ないでください」


「病人をほっとけるか、馬鹿者!」


 ホテルのような私の寝室は少し散らかっていました。私は整理整頓が少し苦手で、足の踏み場の少ない部屋に彼は息を飲んでいました。


「これが本当に人間の生活空間だというのか! 物達に占領されているぞ、このぽや子が! なぜ物達の浸食を放っておいたのだ!」


 ですが列車に乗って、ものの三十秒でこうなってしまったのだから仕方がありません。


「ここが私の部屋です。帰ってください」


「イヤ。まずは座る場所を作ろう。僕はこの部屋にお菓子の粉を撒き散らす存在になりたくはない。後の掃除が大変だからな」


「勝手に座らないでください」


「何か用事でもあるの?」


「無いですけど……」


「無いならここで休ませてよ」


「は……はあ?」


強引な人です。小磯先輩は。


「それよりこの部屋を片付けよう」


「大丈夫です。きっと車掌さんが何とかしてくれます。散らかっている部屋じゃないと、人間は片付けられないようにできているんですよ。きっと喜びます」


「そんな奇特な人間がこの世にいるとでも言うのか!」


 彼は見た目とは違って、世話好きなのかもしれないと思いました。

 どんどん部屋を片付けて行きます。不思議なくらい綺麗に。


 小磯先輩は振り返りました。


「そう言えば世の中にはモップみたいな犬がいるよな」 


「あれはやっぱりお掃除目的で飼うのでしょうか?」


「掃除目的で犬を買う奴なんて知らねえよ!」


「でもフランス革命時代はわからないと思いますよ?」


 彼は眉間にしわを寄せて目を閉じました。


「確かモップ犬はコモンドールって犬種だ。ハンガリーが出身だから、フランス革命なんて経験してないと思うぞ。……俺もよく知らないけどさ」


 私は人差し指を天井に向かって立てました。


「知っていましたか? 私は象が好きなのですが、近づくとごわごわした毛がいっぱい生えているので困っているんです。ツルツルじゃないんですよ!」


「なんだと! それは本当か!」


「子供の頃、お父さんと象に乗ったことがあったんです。観察眼を養いなさいって。どんな時でも。それでですかね。色んな事を観察するようになったのは」


「どんな時でもって……どんな時だ? まさか僕を観察などしていないよな?」


 私は笑顔になりました。


「ウエイトレスのお姉さんは左利き。ペンが右ポケットに差してあったもの。あなたは右利き。どんな時でも右から。足も右利き。いつも力がこもっていて、右の靴のかかとばかりがすり減って困っている。だから靴をよく買い替えるんですね。今日の靴は今年に入って何代目ですか?」


 小磯先輩は焦りながら拍手をしました。


「よく見ているじゃないか。探偵になれるな」


 単純に彼はそう言って、私はそれを受け入れられないと思いました。


「探偵は無理ですよ。探偵になるくらいなら死んだ方がマシです。あんな者は、もっと強くて揺らがない人がするものだから」


 私には無理なのです。


「そうなのか」


 豪華客船の中で聞いた悲鳴を思い出してしまいました。スーツケースの中で聞いた声を。惨劇の声を。 とても怖かった。私は探偵にはなれません。

 スーツケースが再び開かれた時、お父さんは死にかけていました。


「ここで見聞きしたことは忘れなさい」


 子供用の救命胴衣をつけられて、小舟に乗せられました。

 お父さんは行く事が出来ないのだと言いました。謎を解くまで、帰ることができないのだとも言いました。


 海に揺られ、六時間後に船が見つけてくれるまで、私は一人ぼっちで震えていました。


「リドル」


 父が最後に残した言葉はそれでした。何の意味を持つのか、わからない言葉。

 だから私はまだ小舟で海をさまよっているのだと思います。


 彼らが私を追いかけてくる夢ばかり見ます。小磯先輩もきっと巻き込んでしまいます。

 小磯先輩はポケットからトランプを取り出しました。


「どうだ? 何かして遊ばないか? 僕は色んなトランプゲームを知っている。スペード、ナポレオン、ハーツ、うすのろ、ダウト、神経衰弱……」


「ババ抜きが良いです」


「それはまたオーソドックスだな。いいよ。カードを配りながら、話をしようか。例えばカードの成り立ちから……興味があるか?」


 彼はカードを配ります。


「トランプはもともとタロットカードの絵札だった。カップはハートに、ペンタクルはダイヤに、ワンドはクラブに、ソードはスペードにそれぞれ姿を変えた。タロットカードはもともと幸運を占うゲームだ。開いてごらん」


 私は配られた手札を眺めました。小磯先輩はカードを手にします。


「ババ抜きは同じ札を捨てていき、最後にジョーカーが残った方が負けるというゲームだ。このジョーカーはタロットカード大アルカナの愚者でもある。最強のカードでもあるこのカードがこのゲームだと、最悪のババになるわけだが」


 私はどんどん手札を捨てていきました。知っています。最後に残った数少ないカードでババを選ばないようにするゲームです。


 小磯先輩の手には数枚のカードがありました。


「今日の君はついている。愚者のカードは変化を意味する。スート。君は変化を手に入れたがっている」


 小磯先輩がカードを指さすと、そこにはジョーカーがいました。

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