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君という一握の光を見失って途方にくれる僕  作者: 新藤 愛巳
第二章 一人ぼっちの名探偵 響鬼野来夢
7/37

放っておいてください

 私にはお父さんが居ません。正確にはお父さんはいたのだけれど、いろいろあって居なくなりました。


 その昔、北の海の上で事件が起きたそうです。


 名探偵殺人事件と言えば皆さんも聞きおぼえがあるかもしれません。


 ……名探偵殺人事件。十年前、名のあるすべての名探偵が死にました。


 酷いありさまでした。


 大人の名探偵は次々に殺されて、最後に残った父も殺されたそうです。


 その時はみんな船の上でした。船の上で、みんなは突然、死んでしまったのです。

 脱出ミステリーのような謎解きに失敗してみんな死んでしまいました。

 誰もいなくなってしまいました。だから私は。


 だから私はこの列車に乗りました。


 あの時みたいに招待状を受け取った人たちがこの列車に乗り込んだからです。

 この列車で何かが起こる。


 私はそれをなんとかするために、貯金を切り崩して列車に乗りました。

 私はこれから私の一生の敵と戦いたいと思います。


     ☆     ☆     ☆     ☆     ☆


 私の目の前の小磯くんは急に華やかな笑顔を作りました。ここはグランバルド号という列車の中。ダイニング車のA席。上品な車内で気さくな彼の存在は少し浮いているような気がしました。


 彼は庶民的な匂いのする人でした。


「何でも好きな物を食べさせてやる」


 彼はお金持ちなんだそうです。


「なら、デザートメニューを上から下まで、一緒にどうですか?」


「好きなだけ食べるといい。ウエイトレスさん、デザート上から下まで、後ハンバーグ十個追加」


 私は不思議に思いました。


「どうしてそんなに優しいんですか?」


「優しくない。僕がいやらしいからだよ。デザートを頼めば僕の大量のハンバーグステーキが目立たないだろうが!」


 彼は当然のように言いました。


「小磯くんって変ですよね」


「はっはっは。僕は大馬鹿者だ」


 ひとしきり笑ってから、彼は虚ろな顔で溜息を吐きました。


「占い師ってのは因果な商売だよ。人助けをやっているつもりで、全然うまくいかないんだから。占われる方に努力が足りないと、せっかくのアドバイスも、何にもならない。厄介な世の中だ。例えば君のような奴が一番やっかいだよ……はあ」


 そう言った小磯くんは酷く疲れていたみたいだったので、


「大丈夫ですか? 私の部屋で休みますか?」


 と尋ねてみたら、


「君はもっとよく考えて物を言え。僕が悪い人だったらどうする! 詐欺にあうぞ! 気をつけろ、馬鹿! まあ僕はお金持ちの中のお金持ちだが……何がおかしい?」


 彼は私のスイーツの一つを手に取りました。

 その中でも飛びきり甘くて可愛いデコレーションのついたお菓子を手にしました。


「いろいろあって甘い物は休んでいたんだが。たまにはやけ食いでもするか。あむ。あ駄目だ、高級すぎて味がわかんねえ」


 私は言いました。


「やけ食いは身体に悪いですよ。私みたいにお腹に入る容量分量を守らないと……そして、それは最後にとっておいたデザートなのにあんまりです……心外です」


「一人っ子理論だな。それ、全部食べきれるのか?」


 テーブルの上には山のようなデザート。まるごと卵プリンにホワイトティラミスに木イチゴとブルーベリーソースのショートケーキに……。抹茶の年輪バームクーヘンに。はああああ。


「もしや小磯くん。私が大食感だと思っていますか? 意外です」


「胸やけしそうだな。好きなのか?」


「小磯くんだって、山のようにハンバーグステーキを積んだせいでテーブルが軋んできていますよ?」


「知っていたか。ハンバーグステーキはデザートに入らないんだよ」


「確かに入らないけれど、最初から入っていないですよ? 心外です」


 彼はとても大きな溜息を吐きました。


「だって僕の大好きなハンバーガーがこのメニューにないんだ。なぜだ、なぜなんだ……」


「お金持ちなのにハンバーガーが好きなのですか? お金持ちはみんな神戸牛が好きなのかと思っていました。心外です」


「偏見だ! いいか、世の中の人はみんなミンチが好きなんだよ!」


「心外です」


 彼は窓の外を見ました。


「まあ、味には特にこだわらないんだ。僕は何でも美味しく食べられるほうだから」


「全食家なんですね。良いじゃないですか。栄養バランスが良い事はとてもいい事ですよ」


「僕は高校二年生。君は?」


「高校一年生です、小磯先輩」


 先輩はニコニコ笑った。


「栄養バランスなんていうから、同い年かと思ったよ。僕はハンバーガーが好きなんだ。フィッシュバーガーなんてうまいよ。何か解らない魚のフライが入っている奴」


「何でも食べるんですね。先輩は。心外です」


「雑食なんだよ」


 私たちはひたすら、食事をして、小磯先輩は私の傍にずっといてくれました。私ってそんなに頼りないのでしょうか?


 私は一人になりたいのに、一人で居たいのに……。この人は邪魔です。


「いや、こうして一緒にいるのは君が頼りないとかじゃなくって。そうだな、君が儚いからかな」


「儚いって?」


「君って人間は……崖っぷちをスキップして歩いている感じがするんだよ」


「つまり大人の『危険な大人の女』という感じですね!」


「意味は違うけどな」


 どんな感じか全然つかめなかったけれど、彼は私を心配してくれたみたいでした。

 なので、言います。


「ありがとうございます。何となく好きです」


「それはまだ早いから。相当早いから、早すぎるから。旅行の最後の方で言ってくれないと、締まらないだろう? 色々とさ」


 彼は真面目な顔で、自分には好きな女の子がいるとそう言いました。素敵な人がいるのだそうです。羨ましくはありませんでした。


 私という人間は恋愛にまだ興味はありません。けれど、十年後に私を幸せにしてくれる人と、私はもっと話をするべきだったんだと思いました。


 でも、もしもそれを知っていたとしてもできなかったのです。理由は簡単。あの名探偵惨殺事件です。 あの夜の事が忘れられない私ではきっと……今のままでは後悔すると……。

 幸せを掴めないのだと……。今でも布団をかぶって震えながら惰眠を貪って……。


 あれ? 


 この口調だと、あの事件の現場に私がまるでいたみたいに思えますよね。

 そうです。賢明な皆さんの憶測する通りなのです。本当はあの時、私はあの船の上にいたのです。お父さんの仕事が見たくて、スーツケースの中にもぐりこんだのでした。


 父も知っていて運んだんだと思います。いたずらのつもりで。

 でもパーティーに呼ばれた名探偵を待っていたのは……恐ろしい出来事でした。


 彼らの襲来。


 私は身を震わせました。恐い、あの出来事が今も私を押しつぶそうとするのです。

 小磯先輩と一緒にはいられません。一人にならなくては。こんなところにいてはいけないのです。このままでは巻きこむかもしれないのに。


「私の事は放っておいてください」

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