表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
君という一握の光を見失って途方にくれる僕  作者: 新藤 愛巳
第一章 途方もなく恨まれた人と小磯良
6/37

死相

「僕らはデスメタルをやるんだが、君はどんな音楽が好きなんだ?」


「三味線とジャズです」


 偏っていた。


「なんでそんな?」


「父がジャスが好きで、それで好きになったのです。ジャズは探偵のたしなみなんですよ。本当はクラッシックも好きなんですけれどね。三味線は趣味かな。燃えますよね。そうそうスタントマンってよく燃えますよね」


「君の思考がよくわからん」


 率直な感想を述べてみた。


「心外です」


「ところで君の私服は着物派か?」


「制服派です」


 なんだ、がっかりだ。プチセレブたるもの着物は着まくりであって欲しかった。

 先ほどのウエイトレスが、僕たちと違うテーブルで携帯に何かメモをとっていた。


「困った奴だ。接客がなっていないのかな? あのウエイトレス」


 僕は目を尖らせて溜息を吐く。対して響鬼野さんは。


「今日初めてのアルバイト。しかも臨時かな? 目的はほかにある…のね」


 そう呟いた。


「そこまでわかるのか? 彼女の事は何も知らないのに?」


 そう聞いたら響鬼野さんは……。


「勘だよ、勘。何となくだよ、何となくわかるの」


 そう言って笑った。何となくで、断定か。


 よほど自分の勘に自信があるのか。羨ましい事だ。


「私は本物の探偵じゃないから、予測して予想してあげるだけ。クラスで、誰が誰の事を好きかくらい、観察して当てられるだけ……それだけなんです」


「それはドロドロした仕事をしているな」


 響鬼野さんは僕を指さした。


「心外です。小磯くんだって、占いはドロドロしたものでしょう?」


「それはそうだが、占いは本人次第だから。願いが叶う時期に努力しない奴は、何もつかめないし、恋が実る時期に引きこもっていては意味がない。僕はアドバイスをしているんだよ。そうやって、お手伝いをしているだけなんだよ。出会うべき人に出会えないのは哀しいからね」


「ふーん。奥が深いんですね。そうだ。私も占ってくれますか? お礼はこのペンダントで」


 そのアクセサリーはとても高そうだった。探偵がいかにも大切にしていそうな、弾丸をかたどったロケットだった。そして、ところどころ傷ついていた。


「そんな大事な物は受け取れないよ。お金はいつも五百円だけもらう事にしている。それで君を占うから、出身地と誕生日を教えてくれないか?」


 生年月日を聞いて、出身地を聞いて手相を見る。

 僕は言葉を失った。


「どうしたの? 死相でも出ているんですか?」


「君は……もしかして……」


「うん?」


「君はクラスで一番モテるだろう!」


「もてないよ?」


 僕は怒った。


「なんだと! モテているのに気づいていないんだ。この大馬鹿者が! お前はクラスに将来結婚する人がいたのに、振ってしまったのだぞ! 勿体ない!」


「なんと! でも、別にそんな人いなかったのにおかしいなあ」


「いたんだよ。十年後にゴールインできる奴が! なんて事だ!」


 響鬼野さんは浮かない顔をした。


「でも、当たらないよね?」


「僕は五百円で人を診ている。見ているとわかることがある。全ての人生にはパターンがある。黄金パターンがある! お前はそのパターンから外れたんだ。最悪だ」


「パターン?」


「そう! 僕の占いはなぜか驚くほどよく当たる! 僕が当たらなければいいと思う事を含めてだ!」


 響鬼野さんは僕を見た。


「なんでそんな断定的に!? ただの占いなのに?」


 ああ、君の態度を不審に思った僕と同じ疑問を持つわけか。


「統計学だ。占いは統計学なんだ。適当なことは言っていないんだよ」


「なら当たるかもしれないですね……学問なら、探偵みたいに当てられるかもしれない」


 響鬼野さんは溜息を吐くと窓の外を見た。ふわふわの前髪が揺れて、はかなげ無表情が緩やかに曇った。


「どうした?」


「うん、ちょっと自己嫌悪です。探偵なんて暴くものだから、良い仕事でも何でもないのに。実際の実際は浮気調査ばっかりなのに。憧れていたんです。少し前まで。でも諦める事にします」


 僕は沈黙した。彼女は探求する学問に向いている。


 しかし、十年に及ぶであろうそのクラスメートとの恋を逃がせば、全ての運命が停止すると出ていた。

 全ての停止。それは死を意味する。

 どんなに才能があっても死の前では意味はない。何を積み重ねても意味はない。


 四柱推命、星占い、算命学、姓名判断、人相手相、それらすべてが、彼女の停止を訴えていた。ここまで全部にはっきりと出ることは普通ない。それをどう乗り越えたらいいのか、僕の占いでそれを避けるすべが見当たらなかった。絶望的だった。


 普段なら、家にこもっていろとか、人に会うなとか対処法があるのだ。

 しかしこの場合、何もなかった。

 これだけ全てが死を意味していては救いようがなかった。僕の力は及ばない。助けることはできない。


 彼女は続ける。


「私は、全てを諦めるためにこの列車に乗ったんです」


 諦めるため。捨てるため。なら、この列車が向かう先は。深い闇だ。

 僕は食べていた、ハンバーグステーキを一切れ彼女に差し出した。


「ほれ。旨い物を食うってのも幸せなことだぞ」


 彼女の紫の目が輝いていた。彼女は何のとりえもない、女の子ではなかった。

 少なくとも僕にはそう思えた。


「食べるか?」


 彼女はフォークで差し出されたハンバーグステーキを一口かじって呟いた。


「そうかもしれませんね。これが幸せかもしれませんね」


 彼女はにこりと笑った。

 列車は流れて行く。色んな人の想いを乗せて。


「人はとどまることなんて出来ない。変化して生きて行く。そういうものだから」


 僕はそう呟いてハンバーグを噛み砕いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ