死相
「僕らはデスメタルをやるんだが、君はどんな音楽が好きなんだ?」
「三味線とジャズです」
偏っていた。
「なんでそんな?」
「父がジャスが好きで、それで好きになったのです。ジャズは探偵のたしなみなんですよ。本当はクラッシックも好きなんですけれどね。三味線は趣味かな。燃えますよね。そうそうスタントマンってよく燃えますよね」
「君の思考がよくわからん」
率直な感想を述べてみた。
「心外です」
「ところで君の私服は着物派か?」
「制服派です」
なんだ、がっかりだ。プチセレブたるもの着物は着まくりであって欲しかった。
先ほどのウエイトレスが、僕たちと違うテーブルで携帯に何かメモをとっていた。
「困った奴だ。接客がなっていないのかな? あのウエイトレス」
僕は目を尖らせて溜息を吐く。対して響鬼野さんは。
「今日初めてのアルバイト。しかも臨時かな? 目的はほかにある…のね」
そう呟いた。
「そこまでわかるのか? 彼女の事は何も知らないのに?」
そう聞いたら響鬼野さんは……。
「勘だよ、勘。何となくだよ、何となくわかるの」
そう言って笑った。何となくで、断定か。
よほど自分の勘に自信があるのか。羨ましい事だ。
「私は本物の探偵じゃないから、予測して予想してあげるだけ。クラスで、誰が誰の事を好きかくらい、観察して当てられるだけ……それだけなんです」
「それはドロドロした仕事をしているな」
響鬼野さんは僕を指さした。
「心外です。小磯くんだって、占いはドロドロしたものでしょう?」
「それはそうだが、占いは本人次第だから。願いが叶う時期に努力しない奴は、何もつかめないし、恋が実る時期に引きこもっていては意味がない。僕はアドバイスをしているんだよ。そうやって、お手伝いをしているだけなんだよ。出会うべき人に出会えないのは哀しいからね」
「ふーん。奥が深いんですね。そうだ。私も占ってくれますか? お礼はこのペンダントで」
そのアクセサリーはとても高そうだった。探偵がいかにも大切にしていそうな、弾丸をかたどったロケットだった。そして、ところどころ傷ついていた。
「そんな大事な物は受け取れないよ。お金はいつも五百円だけもらう事にしている。それで君を占うから、出身地と誕生日を教えてくれないか?」
生年月日を聞いて、出身地を聞いて手相を見る。
僕は言葉を失った。
「どうしたの? 死相でも出ているんですか?」
「君は……もしかして……」
「うん?」
「君はクラスで一番モテるだろう!」
「もてないよ?」
僕は怒った。
「なんだと! モテているのに気づいていないんだ。この大馬鹿者が! お前はクラスに将来結婚する人がいたのに、振ってしまったのだぞ! 勿体ない!」
「なんと! でも、別にそんな人いなかったのにおかしいなあ」
「いたんだよ。十年後にゴールインできる奴が! なんて事だ!」
響鬼野さんは浮かない顔をした。
「でも、当たらないよね?」
「僕は五百円で人を診ている。見ているとわかることがある。全ての人生にはパターンがある。黄金パターンがある! お前はそのパターンから外れたんだ。最悪だ」
「パターン?」
「そう! 僕の占いはなぜか驚くほどよく当たる! 僕が当たらなければいいと思う事を含めてだ!」
響鬼野さんは僕を見た。
「なんでそんな断定的に!? ただの占いなのに?」
ああ、君の態度を不審に思った僕と同じ疑問を持つわけか。
「統計学だ。占いは統計学なんだ。適当なことは言っていないんだよ」
「なら当たるかもしれないですね……学問なら、探偵みたいに当てられるかもしれない」
響鬼野さんは溜息を吐くと窓の外を見た。ふわふわの前髪が揺れて、はかなげ無表情が緩やかに曇った。
「どうした?」
「うん、ちょっと自己嫌悪です。探偵なんて暴くものだから、良い仕事でも何でもないのに。実際の実際は浮気調査ばっかりなのに。憧れていたんです。少し前まで。でも諦める事にします」
僕は沈黙した。彼女は探求する学問に向いている。
しかし、十年に及ぶであろうそのクラスメートとの恋を逃がせば、全ての運命が停止すると出ていた。
全ての停止。それは死を意味する。
どんなに才能があっても死の前では意味はない。何を積み重ねても意味はない。
四柱推命、星占い、算命学、姓名判断、人相手相、それらすべてが、彼女の停止を訴えていた。ここまで全部にはっきりと出ることは普通ない。それをどう乗り越えたらいいのか、僕の占いでそれを避けるすべが見当たらなかった。絶望的だった。
普段なら、家にこもっていろとか、人に会うなとか対処法があるのだ。
しかしこの場合、何もなかった。
これだけ全てが死を意味していては救いようがなかった。僕の力は及ばない。助けることはできない。
彼女は続ける。
「私は、全てを諦めるためにこの列車に乗ったんです」
諦めるため。捨てるため。なら、この列車が向かう先は。深い闇だ。
僕は食べていた、ハンバーグステーキを一切れ彼女に差し出した。
「ほれ。旨い物を食うってのも幸せなことだぞ」
彼女の紫の目が輝いていた。彼女は何のとりえもない、女の子ではなかった。
少なくとも僕にはそう思えた。
「食べるか?」
彼女はフォークで差し出されたハンバーグステーキを一口かじって呟いた。
「そうかもしれませんね。これが幸せかもしれませんね」
彼女はにこりと笑った。
列車は流れて行く。色んな人の想いを乗せて。
「人はとどまることなんて出来ない。変化して生きて行く。そういうものだから」
僕はそう呟いてハンバーグを噛み砕いた。