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君という一握の光を見失って途方にくれる僕  作者: 新藤 愛巳
第一章 途方もなく恨まれた人と小磯良
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一人旅

「しかし……」


 寝台スペースが大きくとってある列車の通路というものはそんなに広くもなく……。


「なんだ。どけないっていうのか? 回し蹴りをお見舞いしようか?」


「男前だな」


 僕は彼女の人相を読み解いた。


「頬にあるホクロは人気ホクロだから、貴方、嫌な性格の割にモテる人だな!」


 女の人は唇をすうっと開いた。


「五反田シオリ。職業、愛人。もちろん愛されているさ。よくわかったな」


 五反田さんは流し眼を送った。


「坊やも愛してあげようか?」


「愛人ってそんな職業だったのか!?」


「今はフリーなんだよ」


 響鬼野さんはうんうんと納得した。


「みんなに愛されるのが仕事なんですね。それはもう愛の人ですね。素敵な職業ですね。私的には愛人はもっと小柄なアイドルのような人かと思っていましたよ」


「響鬼野さん! お前は職業を学べ!!」


 間違っている!


 君はいろいろ間違っている。

 そんなにぽや子で彼女は世の中を渡って行けないぞ。

 心配になって来た。

 それにしても、こんなぽや子にも何か取り柄があるんだろうか?

 誰かがサポートしないとダメなんじゃないか? 


 この列車に乗っている人間は選ばれた人間だ。皆、招待状を手にしている。

 薬品オタク、波旗零。競馬オタク、司法法一。愛のオタク、五反田シオリ。

 個性的だ、他の連中もきっとずば抜けて変わっているんだろう。


 この中で、人を捜すとなると、厄介だな。確かにここに例の子が来ると連絡を受けたのに。その時、冷たい目をした中学生の少女が僕たちの前に現れた。


 その顔にはよく見覚えがあった。新聞でも見たこともある冷たい美少女だ。


「参上アリス。得意なものは冷ややかな目線と冷たい空気。人を沈黙させるのが得意。その道のエキスパート。よく講演に呼ばれる。ガキを黙らせるのは、それはもう得意中の得意ね。ところであなたたちはうるさい人でしょう。死ね」


 参上はいきなり拳で僕らに襲いかかってきたので……思わずその拳をよけた。


「何するんだ、いきなり!」


「いきなりだから何事も効果があるのよ。風邪薬だってそう。ひきはじめの方が効果ある。お前みたいなのは殴り始めに効果があるのよ」


「君は風邪薬じゃないだろう!」


「そうね、そうだった。お前なんてぬか漬けに浸かって死ねばいいのに」


「最悪だー!」


 参上は来た時と同じ唐突さで去って行った。


「何なんだ、あの人は」


 酷い人だ。大惨事さんに改名すればいいのに……。五反田さんは動じていなかった。


「あの子は噂に聞く講演の女王だからな。色々あるんだろう」


「講演の女王?」


「ああ、中学生にして、面白い表現力で人を圧倒し、ありとあらゆる子供たちに話を聞かせる逸材だそうだ。大人が持ちあげているだけかもしれんがな」


 五反田さんは溜息を吐いた。


「変わり者ばかりがこの列車に乗る。ところで君たちはどうなんだ?」


「僕は変わり者じゃない。普通が服を脱いだような好人物です」


「普通の人が服を脱いだら、変態だろう?」


 五反田さんは辛辣だった。


「小磯くんは変わり者です!」


 響鬼野さんと僕とで意見が真っ二つに分かれた。


「ならダイニング車も見学してくると良い。ここの食事は最高らしいからな」


 五反田さんは五号室に帰っていく。


「美味しいらしいって自分では食べに行かんのか。ひねくれ者め」


「行ってきます。ダイニング車。私は腹ペコなんです」


 響鬼野さんにしばらく付き合うか。僕は自分の部屋の廊下を後にした。


     ☆     ☆    ☆     ☆    ☆


ダイニング車は明るい作りになっていた。隣のテーブルの上には豪華な食事が乗っている。僕は響鬼野さんの後に続いた。


「いらっしゃいませ。ご注文をさっさとなさったらどうですか、お客様?」


 接客のウエイトレスのお姉さんは胸に一物持っているタイプだった。

 こういうタイプは人の秘密を握るのが好きなタイプなのだ。これ以上、深く関わり合いにならないでおこう。何を言っても無駄そうだ。さて。


「一人で食べたいのについて来ないでください。心外です」


 響鬼野さんはそう言った。


「その言い方だと僕がさびしんぼうみたいじゃないか!」


 僕は注文したハンバーグステーキを口にした。高い肉を使っているのだろうが、美味しいのだろうという事しかわからなかった。対して、響鬼野さんは嬉しそうだった。


「A5ランク。口の中で牛の旨みが繊維に沿ってホロっとほどける味ですね。美味~」


「それ、どんな味だ? ファストフードを例題に説明してくれないか?」


 ジャンクフードが得意な僕は高い肉を飲み干すように噛み砕く。


「幸せの味ですよ。最高です。舌が落っこちそうなのです~」


「それはさぞ恐しい光景だな!」


 響鬼野さんは本当に美味しそうに食べ物を口にした。


「こんなに美味しいのに。楽しまないなんて勿体ないですよ」


 僕は不意に彼女の事を思い出した。あの子にもそんな事を言われた事を思い出した。

 昔の話だ。


「どうしたの? 小磯くん」


「別に何でもないさ」


 なぜだろう。いたたまれない気持ちで僕は追加注文したハンバーグステーキを飲みこんだ。高い肉の効果って凄いな。響鬼野さんが可愛く見えた。油の力かな。油の力だな。


「ところで響鬼野さんはなぜ、この列車に?」


「一人旅もいいかなと思って、小磯くんこそ何か目的があるんだよね?」


 僕はバンドの話をした。曲作りの為に京都に行くのだと話した。


 響鬼野さんは人前で歌うのが苦手だそうだ。綺麗な声をしているのに一人で歌う方が好きなのだそうだ。確かに向いてなさそうだ、大勢の前で歌うのは。


 響鬼野さんは寂しそうに窓の外を見た。


「私は墓参りをしにきたの。そのためにこの列車に乗ったから……」


 彼女はそれ以上、何も云わなかった。親しい仲にも礼儀があるのなら、親しくない仲には何があるのだろう。墓参りか。誰の墓参りなのだろう?


 恋人だろうか。あり得る。僕は話題を変えた。

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