プチセレブと僕
「快適だな。振動は少ないし、車内は広いし、何せあふれ出る高級感が……」
落ち付かない。そんな僕は豪華な車内に戸惑うばかりだ。ベッドは小さいながらも立派で、絨毯は美しい。調度品も全て豪華で落ち着いて、僕がここにいるのは場違いな感じがした。
「最初で最後の旅になるかもしれないな。高級列車なんて」
僕はもともと、岩手県に住んでいた。そこを出て北海道に移り住んでからからどれだけの月日が流れたことだろう。帰りたくないわけじゃない。
ただ……変化を選んだ僕と、何も変わらない彼女……。僕は変わってしまった。
彼女の為の人捜しなんて、向いていないのかもしれない。だけど。
僕は考える。
彼女は変わりきってダメになった今の僕を責めるだろうし、僕はもう元には戻れなくて、だからきっと。叱られるだろう、僕は。彼女に。
「気が重いな」
「そうなんですか? こんな素敵な特急に乗っているのに? 乗りたくても乗れない人に怒られちゃいますよ? 直球でゴールド球威を口に投げ込まれちゃいますよ~」
「それはどこの野球場だ」
銀髪の少女がそこにいた。色素が無く、その紫の目はどことなく高貴で……妖怪じみているというか、神がかっている感じがした。アーモンド形の美しい目が笑う。
綺麗な子だった。僕は自身の事情を簡単に説明した。
「親しかった友達と、もう会えなくなったんだ」
「それは寂しいですね」
少女は僕の隣に立つ。心なしか辺りの空気が爽やかになった気がした。
頼りない足を持った清楚な雰囲気の少女だ、彼女は。何処となく僕の昔の知り合いを彷彿とさせた。銀髪の少女は笑っていた。
「でもまた会えますよ。その子だって、きっとあなたを心配しているはずだから」
やけに断定的に話すのだな。それが第一印象だった。
「どうしてそんな事が言えるんだ?」
少女は笑った。
「解らないけど、ただ、あなたが会いたい、会って何とかしたいと思っているうちは心が繋がっているから、大丈夫。きっと会えます」
少女は微笑んだ。
「私は響鬼野来夢。たまの休みをこの寝台特急で過ごそうというプチセレブです。この列車の券はお小遣いを反発して買いました!」
「間違ってんぞ! 奮発した癖に、このプチセレブが!」
「心外です! 間違えていません! 自然の摂理です!」
「事実を歪曲するつもりか!? このプチセレブが!」
僕たちは声を上げて笑った。
「ああ、一人旅のつもりだったのに人に話しかけてしまいました……」
彼女は気さくで話しやすい子だった。
「後で何か奢るから僕の相談に乗ってくれ! 僕は悩みを相談できる人がいないんだ!」
人の相談ばかりに乗ってきたから。
「スイーツを奢って下さるんですか!!」
「金なら軋むほどある。勝手に集まってくる」
「そんな馬鹿な話がありますか」
「僕は金運だけは良いんだよ」
「プチセレブとはスケールが違います! はっ、もしやあなたは悪い人ですか……?」
「悪い人は奢った後に相談する。それに、悪い人は『僕は悪い人です』なんて言わないんだよ、プチセレブ!」
「勉強になります」
本当に大丈夫なんだろうか? 僕は相談相手を激しく間違っているかもしれないと思った。本気で……。
「質問をしていいかな。僕はまた、あの子に再会した時、今のままでそれで本当に許されると思うだろうか?」
優しい顔を思い出すから、僕はただ寂しくなるだけだ。
「恐がらないで。あなたは愛されている。そして私は恋の名探偵なのです! 任せてください。この恋、迷宮入りにはさせません!」
占いは信じる心だが……恋愛は勘違いだ。僕は疑いのまなざしで彼女を見た。
「僕は占い師をやっている音楽家なんだ。名探偵なんてこの世にはもういないよ。知らないのか? 名探偵殺人事件」
「そうですよね」
彼女はあっさりと引き下がった。そして僕に質問をした。
「あなたは占い師なのに、自分の事がわからないのですか?」
困ったな。
「自分の事は主観が入るし、それに僕は僕の生年月日を知らないんだ。ほら、占いは生まれた日と時間が胆だから」
「ごめんなさい。そんな事情も知らないで……カレンダーも時計も解らない人だったなんて。原始的なんですね、小磯くん」
酷い返答がやってきた。
「君はどこまで自分の主観で物事を見るんだ……僕は自分の生まれた日を知らんのだよ!」
「そうなの? ひょっとして病院で嫌われていたのですか?」
「どんなベイビーだったのだよ、僕は……!」
思わずため息が漏れた。
「家庭の事情で僕は生れた日を知らない。僕は僕の事がまるで解らないから良いんだ。そうに決まっている」
響鬼野は笑った。
「強いですね、小磯くんは」
「そうか?」
「私なら取り乱れちゃうかもしれません」
「セクシィな間違いをするな。プチセレブ」
そこに一人の女性が現れた。女性といっても小柄で、丸みは少ない。子供のような華奢な体躯をした僕の知り合いだ。
「こんな所で鼻血を流しちゃ駄目だよ。小磯くん~」
波旗零が白衣姿で立っていた。ローファーが分厚いじゅうたんを踏みしめている。
「波旗さん。僕は赤い血潮は流してないから! 鼻血は吹かないから、上品だから」
思わず身を緊張させた。予想外だった。こんな所で顔見知りに出会うのは。