旅の記念
僕は納得した。
「そうか、君は僕を探偵の力で助けてくれるのか! よし一万円だそう!」
「お前は友達を心配しろ、この腐れ外道が!」
完全に嫌われたようだった。だから僕は跪いた。
「僕はモテないが響鬼野さんとこれからも仲良くしたい。これは僕の本心だ!」
彼女は蔑んだ笑いを浮かべた。
「嘘つき」
「え?」
「お前、嘘つきだろ」
「なんで。本気でそう思っているのに……」
助けてくれるなら何でもしますとそう思っているのに。
響鬼野さんは鋭い目で僕を睨んだ。
「いいか、小磯。推理しようか。お前は前に好きだった人をまだ好きでいる。そんな状態の人間が来夢に声をかけるんじゃねえよ。面倒なんだよ。完全に清算してからやって来い。お前みたいな中途半端にちょろちょろされると俺が迷惑なんだよ、腐れ小磯!」
「どうして僕に好きな人がいると……」
「解るとも、推理したんだよ。来夢のIQはそんなに高くねえ。しかしだ、親父に叩きこまれた観察力ならそこそこだぜ。お前には昔、好きな恋人がいた。違うか? そしてその子が今でも忘れられないんだ。くくく」
レントゲンのような目だ。響鬼野来夢。
「響鬼野さんは観察が得意だって言っていた。僕は響鬼野さんなら、謎を解けるかと……そう思って、探偵の話をしたんだ」
粗暴な態度は響鬼野さんの一人芝居じゃないとでも言うのか?
どうしてだろう。彼女の演技につきあって、僕はもう一人の彼女との会話をしているような、そんな錯覚を起こしていた。
本当にもう一人の響鬼野さんがいるのか?
どうしたらいいんだろう?
このまま彼女につき合うべきなのだろうか?
今でこそ、僕は普通の高校に通って過ごしているが、子供の頃、ある屋敷の一室に閉じ込められて育った。古い田舎の集落だった。そこにはお金持ちの家の子供を家に閉じ込めて、幸福をもたらすという古い因習があった。妖怪が有名だった地方にそんな風習がまだ残っていた。僕はそこの村の出身で、地主の家に住まわされて、毎日、本ばかり読んで暮らしていた。ある日、美春がやって来て……美しい日々が始まった。
結局僕は、照れくさくて、美春を送り出して……後悔した。
多分、僕にとって美春が……特別な女の子だったからだ。特別だから忘れられない。
辛くて泣いて暮らしたから、立ち直るためには忘れたかったのに。
けれど、彼女との思い出を美しいと思えるこの心がきっと大切なのだ。
だから、特別な女の子をもう作るわけにはいかない。
そう思う心を見透かされたのだとしたら?
だとしたら探偵なんて……探偵なんて……。
「腐れ、お前……参上アリスの事はどうするつもりなんだ?」
「え? 何のことだ?」
僕は疑問を疑問形で返した。
「参上は腐れの知り合いだろ? もしくは関係者か?」
「え……なんで? そんな?」
誤魔化しきれなかった。誤魔化しがきかなかった。
「お前の目を見れば分かったよ。お前は嘘をつくとき。目を伏せるんだよ。お前が動揺するのなんて面白いほど丸わかりなんだよ。くくく」
僕は冷や汗を垂らした。響鬼野さんは本物だ。本物の観察士だ。
なるほど、これなら僕の無実を証明することができるのかもしれない。
「響鬼野さんは、本物の名探偵なのか?」
「俺の事は鬼野さんと呼べ、腐れ外道」
「鬼野? 鬼野って……響鬼野だから、鬼野?」
安易だな。
「おい、腐れ! 鬼野さんと呼べって言っているだろうが、このボケが」
「口が悪いね、えっと……鬼野さん?」
「当然だ、口が悪いのは、昨日、宇宙人に改造されてからだ。仕方ねえよ」
「僕は宇宙人をリアルに信じるぞ!」
「あはは。馬鹿だなあ、NASAの言う宇宙人なんて総じて未来人のことだろうが。人間の進化の創造図を見た事はあるか?」
「……確かに良く似ているけども! それよりも宇宙人が未来人? そんな馬鹿な!」
「まあ俺もよくは知らないんだけどさ」
「知らないのかよ!」
響鬼野さんはそんな顔も出来たのかと思わせるくらい綺麗な顔で笑った。
「ところで、響鬼……鬼野さん」
「なんだ?」
「どうして僕をここに閉じ込めたんだ?」
「ああ、それはもちろん、お前にヤバイ事をするためだぜ」
「そんな事をしたら舌を噛んで!」
響鬼野さんは、鬼野さんは僕の頬にキスをした。そして目を細くして笑った。
「なに、礼だよ、礼。さっきのお礼返しだ。キスされたままじゃ気持ち悪いからな」
「あ……ごめん。あれは……」
「謝るな。正直、今のは俺からの嫌がらせだぜ。後悔しただろう? 初めてのキスが俺だなんて」
「そんな事を言われたら……どう答えたものか悩むよ……」
あれは師匠に習った死にかけた人に生気を吹き込むおまじないだったんだが……。
それでこんなに元気になってちゃ世話ないよな。しかも取り憑いた悪霊の方が、最悪だ。
「来夢と俺は感覚を共有している。筒抜けなんだよ。くくく」
なんか変な事になって来たな……。まあ、いいか。この人は響鬼野さんではないのかもしれない。違う生き物なのかもしれない。考えるな。鬼野は鬼野なんだ。そう考える事にした。そうしたらこの状況が面白くなってきた。
「鬼野、来年に君の写真を撮ってもいいか?」
「解った。同時に写そう。その写真を撮るお前を俺が写真にとってやる!」
「そうなったら僕は物理的に君のカメラを激写する事になるんだが!?」
「被写体になるから何かくれ」
「よし、一万円をあげよう」
鬼野は万札を手にした。
「この紙きれは何に使うんだ?」
「これを渡すと司法さんが、故郷のおふくろさんの為に買った菓子をくれる」
「嫌な紙きれだな!!」
僕らは一緒に写真に収まった。こんな時でなんだけど、旅の記念が出来た。