光らない
「説明が必要かな? ルミノールは警察が血痕を調べる時に使っている検査薬で、血液と合わさると青く発光するのだよ。もちろんルミノールのほかに触媒となる水酸化ナトリウムと過酸化水素水が必要で私は今それを持っているんだよ」
無実を証明してあげる。波旗さんはそう言ってくれた。
彼女はみんなに薬品の説明をした。
「おや、光らないね。不発かな~?」
最悪だ……。液体の保存方法がずさんだったんじゃないか?
「そんなはずないんだけどな」
波旗さんの暢気な声にアフロの司法さんが怒鳴る。
「不発かな? じゃねえよ。その検査薬がルミノールだって証拠もねえじゃねえか」
「証拠。困ったな。誰か血をくれないかな? そうしたらわかるよ~。一撃だよ~?」
みんなが嫌がった。当然だ。好き好んで出血したい奴がいるはずがない。
僕は叫んだ。
「いいか、この一万円をやるから、今すぐ誰か血を抜いて来い!」
響鬼野さんは何度もうなずく。そして僕を勢いよく指さした。
「先輩が犯人だ!」
「違うって。何処の世界に金で、事実を隠蔽する犯人が居るんだよ」
「隠蔽する犯人だらけです!」
響鬼野さんは俺を睨みつけた。
「先輩。あなたが証拠を隠滅しないようにしばらく、拉致監禁いたします」
「え?」
僕は蒼白になって、周りを見渡した。自分でも情けない顔をしていたと思う。
「どうしてだ? 列車の中に誰か名探偵がいてピンチな僕を助けてくれるくらいのサービスはないのだろうか?」
「ありません。大人しく私に縛られてください。いいですね」
響鬼野さんはそう言うと僕をがんじがらめにした。
「先輩を私の部屋に閉じ込めます」
こうして僕は響鬼野さんに監禁されてしまったのだった。
美少女と二人きりなのに、僕はただただ、不安で仕様がなかった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
六号車、響鬼野さんの個室で僕は両腕を縛りあげられていた。
「僕をどうするつもりだ? 響鬼野さん! こんな状況でエロい事でもするつもりか? 来るなら来い! 舌を噛んで死んでやる!」
「どうしてそんな発想になるんですか? 心外です。週刊誌にあなたの秘密を洗いざらいしゃべりますよ!」
「それはまた嫌な発想だな。僕がマスメディアを避けて来たのを知っての所業か! プチセレブ!」
響鬼野さんは険しい顔をした。
「しかし……咄嗟に、監禁してしまいましたが……私はここに一人でいなければいけないのに……誰かと一緒にいてはいけないのに……」
「なんでだよ。なんで一人になろうとするんだよ! 理由がわかんねえよ! 意味わかんねえよ!」
「私は呪われています……。私に関わった人はみんな死んでいきます。それでも誰かと一緒にいろと言うんですか! 心外です!」
呪いなんて恐いけど……。
「僕といればいいだろう! 俺は死なないぞ! めったなことでは、約束する!」
響鬼野さんは肩を震わせた。
「信じられません、そう言って何人も死にました! 私は死の神に愛されているんです!」
あきれた。
「死の神なんていないよ。死の神なんて……いやしない!」
僕は彼女に頭突きをした。
「いい加減にしろ! 目を覚ませ!」
彼女はよろめいてカーペットにへたりこんだ。
「あ、頭が割れちゃうじゃないですか!」
「その前に僕の頭が割れちゃうじゃないか! この石頭!」
「いきなり頭突きなんかするからです……心外です……」
響鬼野さんは目を潤ませていた。
「あ、えっと、僕は死なないと思うよ?」
「……思うだけではダメなんです! 本当に死なない人じゃないとダメなんです!」
「困ったな……そ、そうだ、僕はこう見えて幸運だ! 不運をよけることができる! よけきることができる」
「頼りになりません……」
「こ、これから鍛えるよ」
「鍛えられません。小磯先輩はきっと筋肉がつきにくいですよ。そう観察します」
「なんでそんな事が言える!?」
「薬指が人差し指より短い人はホルモンの関係で筋肉がつきにくいんです!」
「ここは理科教室かなにかか! 僕は断固異議を唱える!」
「心外です! 私は一人でいることでみんなをも守っているんです! 放っておいてください!」
なんだよ、それ。
「……みんなを守って君はどうなる? どうなってもいいってのか? 一人で死んでもいいとでも言うのか!?」
「どうなっても私には誰もいませんから。誰も泣いてくれませんから。私が消えても、何も起こりませんから。何も残りませんから。だから……私は平気です」
「馬鹿!」
僕は響鬼野さんに体当たりした。響鬼野さんはよろける。
「何をするんですか!」
響鬼野さんは哀しそうな眼をしていた。ぜんぜん平気じゃなかった。消える事を恐がって、死ぬ事を恐れて、震えていた。泣いていた。
「馬鹿だな! 僕を頼れないのか? 僕も一人だ。天涯孤独だ。しかし、僕はこの世に生まれて来た。意味があっても無くても、僕は僕を楽しむぞ! それの何が悪い! 君は……君だってこの世に生まれて来たんだぞ。せっかく生まれてきて、せっかくここでこうして色んな事を考えているのに! それなのに何もせずに何も残さずに死んでしまうのか? そんなのもったいないじゃないか! 世界を見るんだ。世間を見るんだ。君は自分の殻にこもって凍えているだけじゃないか! 僕を頼れ、僕なら、君と一緒に死んでやれる!!」
彼女は僕から目をそらした。両眼から涙を流す。