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君という一握の光を見失って途方にくれる僕  作者: 新藤 愛巳
第七章 動き出す世界 小磯良
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事故のようなもの

 その場が異常な情景だっただけに、みんなは僕の事を見たのだろう。


 八号車B室の隙間をこの列車に乗り合わせた面々が覗いている。


 血の海に立つ僕を見て、口の端をひきつらせている。


 何と言えばいいのだろう?


 僕は師匠の言葉を思い出していた。


「『たとえばずっと眠らない生き物がいて、それが占い師だとしたら少し不気味だと思わないか?』」

 みんなは気持ち悪い物を見るような顔つきで僕を見た。


「小磯先輩? 壊れたの?」


 響鬼野さんは心配そうにそう言った。しかし、その中に非難が混じっていなかったとすれば嘘になるだろう。それだけ言い訳のできない状況に僕はいた。


「いや、師匠の言葉だよ。俺の師匠は凄い占い師だったけど、人を見る目がまるで無かった。だから、騙されていつも損ばかりしていた。損ばかりして、嫌になったんだろうね。隠居しちゃったよ。引きこもりさ。そして毎日寝るばかりして生活している」


 みんなはこわばった顔で僕を見た。


「君たちは僕を信用してくれるよね?」


 僕の足元には死体が転がっている。運が悪かったとしか思えない。

 たまたま人に会いに行って、たまたま開いていたドアを覗いたら、ワインの瓶が転がっていたので、未成年の僕はどれどれ、どんな味がするか飲んでみようかと思ったのが運の尽き。足元には死体が一つ転がっていた。勿論、そのまま逃げようとしたが、死体につまずいて……慌てていたのだ。みんなの知る所となった。


 今日は平日も平日。

 高級寝台列車グランバルド号には三十人の乗客がいる。余暇を持てあました者、招かれた者。色んな人間がこの列車に乗り込んでいる。ここは走る陸の孤島。そんな状況で、その死体は床に転がっていた。


 その遺体に異常な痕跡はない。ただ胸をナイフで刺され、頭を殴られ、口から血を吐いている。人の人生についてあれこれ言う趣味はないが随分恨まれている死体のようだった。


 ナイフは床に落ちている。置時計は床に落ちている。口からはワインが流れている。


 激情型殺人だろうか?


 僕は殺しについてよく知らない。きっと誰かと口論になって刺されたのだろう。殴られたのだろう。毒を飲まされたのだろう。そしてそれは僕ではないのだ。そこをみんなに解ってもらわないと。


「僕とてこの列車に乗り合わせて、とても困っている。僕は犯人じゃないんだ」


 思わず深呼吸をした。ひろがる剣呑な雰囲気。

 誰も信じちゃいないな。


「それで、誰か僕を助けてくれたら、お金はいくらでも払うけれど、どうする?」


「先輩。そんなのダメだよ!」


 銀髪の少女が挑むように僕をみた。


「そんな解決法じゃダメだよ。チップも払わないと!」


「ああ、そうか」


 僕を取り囲む面々が溜息を吐いた。


「アホらしい」


 姐御肌の五反田さんが溜息を吐いた。


「小磯が犯人で決まりだろう? ここに不気味な手紙も落ちている事だし」


『この謎が解けなければみなさんを皆殺しにします』


 赤い手紙にはそう書いてあった。


「それもそうか。そうかもね」


 納得した響鬼野さんがポンと手を叩いた。


「何を言うんだ、響鬼野さん。僕は無実です」


「状況が状況だもの。それに、無実の人間はお金で事実を歪曲したりしません」


「助けが欲しい者はお金をバラまくって昨日から言うじゃないか」


「初耳だよ……」


 そう言って響鬼野さんは僕をじっくり観察した。


「なんだ、どうしたというんだ。そんなに僕は素敵なのか!」


「え~い」


 はかなげな風体の少女は僕を殴った。


「先輩、酷い……人が一人死んだんですよ!」


「だからだよ……僕だって恐いんだ……冗談の一つぐらい言わせてくれ」


「おいおい。そこの小僧が犯人で決まりじゃないか?」


 司法さんが失礼な事を言った。


「いや、だから、僕はワインを」


「未成年者がワインを飲むことはないんだよ。青少年が読むお話的に。だから必然的にお前がこの事件の犯人だ!」


 司法さんの言い分は正しすぎた。なるほど、この世界でも、未成年者はお酒を飲んではいけないのだ。

 僕は非常に困ったので、参上を二度見した。


「参上ならわかるはずだ。僕が虫も殺せない男だと言う事を!」


 参上は僕の足元を指さした。


「お前の足元で蛾が死んでいるわね。そろそろ額に殺の字が浮かんでくるころなんじゃない?」


「そんなやついねえ……」


 しゃがみ込んで蛾を拾った。


「なんて事を。なんてところで死んでいるんだよ、お前。あんまりだー!」


「飛んで火にいる何とやら。君がやったんじゃないのか? 決まりじゃないか?」


 姐御に、切れ長の目で睨みつけられると心臓が踊った。


「とんでもない。僕の手は白魚のように真っ白……」


 赤かった、真っ赤だった。あれ? いつの間に?


「いや、これは、あの」


 思わず隠す。


 波旗零さんが隠した僕の両腕を確認した。


「ふむふむ。こりゃ、クロかな?」


「赤だよ」


 科学者の白衣を着た彼女は僕の上着を奪い取り薬品を振りかけた。


「ワインかそれとも返り血か。君の服についたルミノール反応を見るよ。こういう事もあろうかと準備して来ていたのさ。旅先でミステリーか、君なら磁石のように悪運を引き寄せると信じていたよ。八号車の小磯良くん」


 波旗さんは嬉しそうに僕を見た。


 このミステリーオタク……あとでお前のハンバーグを食ってやる。


「小磯君。こんなの謎でもなんでもないよ。ただの突発事故だよ」


「僕じゃない!」

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