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君という一握の光を見失って途方にくれる僕  作者: 新藤 愛巳
第七章 動き出す世界 小磯良
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幻影

動き出す世界 小磯良


 僕の名は小磯良。好きな物はお酒。もちろん一度だって飲んだことはない。ただ、匂いが好きなのだ。それで、いつも、おつまみばかりを口にしている。


 最近は占いをする代わりに、お酒を貰うのが日課だ。種類は赤ワイン。


 仕事の後、たった一杯、仏壇に供える。今日もいい事がありますように。

 そう祈りながら、僕は玄関を飛び出して高校に通う。いつものように。


     ☆     ☆     ☆     ☆     ☆


 僕はライトの下でぼんやりしていた。大好きだった女の子を思い出しながら。


 一睡もできない。彼女の柔らかい蝶の様な後ろ姿ばかりがちらつく。


 ラウンジで行ったゲームは楽しかった。波旗さんと話をした後、みんなと別れて、五反田さんと話をした。美春が耳元で笑っているような気がした。


 男の失恋は後を引きずるのだ。けれど、僕の失恋は一生を引きずるのだ。


 最後に美春に酷い言葉を言ってしまったことが、僕を苦しめる。けれど。


 五反田さんと話をして、少し気が楽になった。


 あの人に好かれた気がしたが、きっと気の所為だ。あんな美しい人が僕の気を引くわけがない。でも彼女の悩みは気づかせてあげられただろう。


 余計な事をしてしまったかもしれないが……。白い壁の落書きに、光を当てるような作業をしてしまった。


「美春」


 美春は僕が好きだった女の子の名前だ。彼女はもういない。喧嘩して別れたのも本当で、会えなくなったのも本当で、だから。


 だから僕は、目を開けたまま、夢を見る。美春と語り合う夢を。楽しかった夢を。

 美春はいつも笑顔で笑ってくれる。


 僕は占いをしながら探している。


 僕を占ってくれそうな才能を持った人を捜している。


 僕の運命を占える人には出会ったことなんてないけれど。

 美春は着物姿の古風な女の子だった。桜の襖の前で笑っていた。


 春風のような少女だった。彼女が僕を置いて出て行ってからも、僕らは繋がっていると信じていたのに。


「私の本当の妹を捜してくれませんか?」


 僕らはいつも一緒で、いつも傍にいた。永遠にその時間は続くと思っていたのに。


「もう、どうでもいいや」


 と呟く。

 よくないよ。どうでもよくないよ。胸の中の美春がそう答えた気がした。


「重症だ……」


 ベッドに飛び起きて、我に返った。


「よし、膀胱が爆発するから、トイレに行こう」


 備え付けのトイレに入ってふと寂しくなった。そうだ。波旗さんに会いに行こう。

 あの人は僕にとって焼き立てパンみたいな人だから。


「それにしてもせっかくの高級車両もな……」


 美春がいなけりゃつまらない。そんな事を考えてしまう僕なんて救いが無い。

僕は立ち止った。


 くすくすくす。


 あれ?


 中性的な笑い声がする……なんだ?

 僕はそのまま波旗さんがいそうなラウンジに行って。


「あれ?」


 眩暈がする。気がついたら、時計が十分、進んでいた。僕は疲弊している。

 どうしたんだろう。何か異質な世界に踏み込んだような違和感があった。


 なんだったんだ。

 胸騒ぎがして部屋に帰ると僕の隣の部屋。八号車のB室の扉が少し開いていた。

その隙間に高そうなワインが転がっている。おお。


「これは! かの有名なボルドーのワインか?」


 高そうだった。こんな素晴らしいワイン、この僕が手に入れられるチャンスがこの先あるだろうか。いや、無い。


 部屋に足を踏み入れてワインの瓶を拾う。


「このワインを分けてください! あと五年は飲みませんから!」


 ヌルリと指が滑った。ワインの瓶が転がる。

 足元には人が倒れている。そのシルエットに見覚えがあった。


「そんな所に寝ていると、顔が平らになりますよ。波隠真琴さん」


 倒れているのは少女だった。そのウエイトレスの少女はピクリとも動かなかった。


「あ、あれ……?」


 うーん。つまりこれはどういう状況なんだ?


「お嬢さん。こんなところで寝ていると、ハイエナの餌になりますよ。人生はサバンナだ、休んだら負けだ! 休んだらライオンに襲われる! そして僕はシマウマだ! ライオンに襲われるくらいなら舌を噛んで死んでやる!」


 遠くから司法さんが通りかかった。手に携帯をかかげている。


「住所教えろ。アホ小磯先生。いつか借金返すから。それにそんな事すると自動的にライオンの餌になっちまう……」


 司法さんは僕を指さすと震えた。


「てめえ、何やってんだよ」


「あ、こんばんは、司法さん」


「あ、こんばんはじゃねえよ! お前、足元を見て見ろよ!」


 足元。


「人が倒れています」


「その人には何がついている!?」


「ああ、長いツインテールが……」


「そこに赤いもんもついてんだろうが!」


「あ、本当だ。なんだろう? 絵具かな?」


 現実を受け入れたくない僕だった。その赤はどうやら、血のようだった。


「頭から血が出たら死んでしまう……大丈夫ですか?」


 司法さんは僕を殴った。


「大丈夫なわけがねえだろうが! おい、誰か!! こいつを捕まえろ!」


 僕は溜息を吐いた。


「これは司法さんの遊びですか? 特殊ですね。嫌だなあ」


「お前な……壮絶な現実逃避をする暇があったら言い訳をしてみろ。人が一人死んでいるんだぞ!」


「まさか……」


 奥は倒れているウエイトレスを見つめた。嘘だ……。

 顔は綺麗だった。でも動かなかった。震えが走った。


「これ、本当に死んでいるんですか?」


「死んでいるだろうが! 動くなよ! 今すぐ人を呼んでくる!」


「待ってくれ! 置いていかないでくれ!」


 嫌だ、死んだ人と二人きりなんて嫌だ。

 死体につまずいて転がった僕の眼前にナイフが転がっていた。


 おもわず握る。


「あ……あ」


 人が死んでいる。なぜ、なぜ、なんで?


 怖くて、怖くて、たまらない。

 美春……助けてくれ。僕は眩暈を覚えてしゃがみこんだ。


「やっぱり、てめえ、やりやがったな!」


 走り出そうとした司法さんの前に、五反田さんが立ちはだかった。


「待て、司法! 人は呼ぶな。小磯の迷惑になる。こいつは有名な占い師だぞ」


「だからって、悪行を見逃しておけるか!」


 嫌な予感がした。凄い顔をした参上が立っていた。


「いつかやると思っていたわ、小磯。肉を食べる奴にロクな奴はいない」


「お前が一番食っていただろうが! この肉泥棒!」


 僕らの大声に、通りすがりの響鬼野が駆け付けた。


「何なのですか?」


 その隣には怯えた顔の波旗さんまでいる……。ああ。


「……困ったことになったね」


 愕然と呟いた。


 その言葉にみんなが一斉に僕を見た。

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