空虚
小磯はこれで夜会は終わりだと言ったわ。
時計は夜八時をまわっていた。私を気遣っての配慮なら要らないと思った。
けれど、恐らくそうなのだ。彼の目が優しかった。そんな優しさはいらないのに。
「トランプはここまで、後は各自解散」
「早すぎない~?」
波旗は残念そうに呟き、対照的に響鬼野はほっとしたようだった。
「良いか波旗さん! 僕は時間通り眠らないと人格が崩壊してしまうんだ。どうなっても知らんぞ。僕を寝かせろ!」
「それはちょっと見てみたいですよ、小磯先輩!」
響鬼野が相変わらず馬鹿な発言をしている。私は蔑む目で小磯を見つめた。
「なに? 僕の顔に何かついているのか?」
「お前は私の兄に似ているのよ……顔だけね」
「アリスちゃん、お兄さんがいたの?」
響鬼野……この女。
「なれなれしいわね」
小磯は部屋の鍵を手に立ち上がる。
「人違いだよ? 僕は天涯孤独の身の上だし……」
「当然よ。私の兄はもっと清楚で美系で頭の中が図書館な天才肌よ! 口から吐いた怪音波でミサイルだって落とせるんだから!! 超人なのよ!」
「凄いね~。美化されているんだね」
響鬼野の反応がおかしいわ!
小磯は私の熱を測った。
「壮絶な兄貴だな!」
「最後のは冗談に決まっているじゃない! 馬鹿じゃないの!」
「馬鹿で悪かったな……」
私は言葉に詰まった。
「……その壮絶な兄貴にあなたが似ているのよ。不本意ながらね!」
「僕が?」
「仕草とか、ふとした表情が……まあこれは言ってもしょうがない事なのだけれど……」
小磯は鼻を膨らませた。
「なら、今日からぼくが兄貴だ。一万円やるから、ついて来い! 引き算を教えてやるぞ!」
「死ね、小磯!」
私はトランプを小磯に投げつけた。馬鹿ばかりで反吐が出るわ。
「あんたなんか大嫌い。二番目に八つ裂きにしてやる!」
小磯は深刻な顔をした。
「ひょっとして一番目がいたのかな?」
その空虚な目はいなくなった兄を彷彿とさせた。
「いるに決まっているでしょう?」
「なら一番目を殺したら、僕を殺しにくるといい。待っている」
「当然でしょう!」
私は駆けだした。駈け出して、走って、走って、三号車に辿り着いた。
私は泣いていた。
「お兄ちゃん。お兄ちゃん」
そっくりな人を見たから懐かしさに胸が潰れそうになった。
愛しさに胸が潰れそうになった。
「お兄ちゃん。どうして私を連れて行ってくれなかったの!」
私が歪んだのはお兄ちゃんの所為で、私は……私はこの世界に捨てられた。
お兄ちゃんに捨てられた。
もう会えない。
私は涙する。
「お兄ちゃん迎えに来て!」
兄はきっと来ない。もう来ない気がする。この招待状は参上の家に届いた兄宛の招待状だったというのに。きっとここに兄が来るに違いないのに。
一時間くらい泣いていた。用事を済ませて自室に帰ってきて……。
その時、知らないアドレスから携帯に知らせが届いた。
小磯が殺人事件に巻き込まれて、その容疑者になったのだと、そう告げられた。
私は愕然とその画面を見つめ続けた。




