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君という一握の光を見失って途方にくれる僕  作者: 新藤 愛巳
第五章 私とお兄ちゃん 参上アリス
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お兄ちゃん

「なんと言う事だ!」


 今度こそ、私の勝ちね。


「二人とも低能だな」


 いつのまにか遊戯室に帰って来ていた、司方法一がそう呟いた。

 時刻は七時半、口の周りにソースがついている。


「ギャンブル馬鹿、そこにいなおれ!」


「ハイハイ。女王様。あんたの所に就職させてくれないかね? マネージャーとして」


 司法は黒いクレジットカードを手にしていたわ。知っている。中小企業のオーナーが持つことが多いカード。過去の実績が物を言う。何度か目にした事がある。


「あら。低能と言った私に仕えることができると本気で思っているの、三下が」


「俺を雇ったら低能じゃなくなるかもよ? 女王様」


「私は賢いので、お前など雇わないわ……くくく」


「その発言自体が馬鹿の極みだよな、世間知らずのお嬢様。けけけ」


 私は立ち上がりざまに叫んだ。


「世間知らずのお嬢様、最高の褒め言葉ね。嬉しいわ」


 私はそう言ってにやりと笑って見せた。私はなんて負けず嫌いなのかしら。


 負けず嫌いでなかったら、お兄ちゃんともずっと一緒にいられたかしら?


 ずっとお兄ちゃんに負けてあげればよかったのかしら?

 ねえ?


     ☆     ☆     ☆     ☆    ☆


 私はもともと、路上生活をしていたホームレスだった。

 本物の父は早くに亡くなって、母は私を捨てた。惨めだった。


 雨の日に私を拾ってくれた養父は参上公彦さんじょうきみひこ。お父様だった。

 養父は私に厳しかった。しつけを叩きこみ、マナーを教え込んだ。

 私はそれを綿のように吸収した。今はもう、半分も覚えていないのだけれど。


 養父から実験の為にお前をここに連れて来たのだと言われた。


 その後、お兄ちゃんに引き合わされた。

 お兄ちゃんはその家の奥座敷の牢屋の一室に閉じ込められていた。

 繊細な顔立ち、上品な物腰、気さくな頬笑み。


 寂しそうな瞳。

 私はお兄ちゃんの事が一目で好きになってしまった。恋に落ちたと言ってもいいと思う。

 初恋だった。


 寂しそうなその目が、私を夢中にさせた。

 王子様のように繊細で、紳士のように穏やかで……路上生活の名残が抜けない粗暴な私にも無条件で優しかった。優しすぎた。泡のように儚く、夕日のように暖かい。

 お兄ちゃんは呟く。


「僕はどこにも行けないから。アリス、外を見ておいで。世界のすべてを見てごらん」


 それから私はお兄ちゃんの目になった。


 写真を撮り、ビデオを回し、ネットで情報を仕入れて、色んな話を彼に聞かせた。

 空の話。雲の話。宇宙の話。天気の話。私が若くして講演の女王になったのは、彼と色々な話をしていたからかもしれない。私はずっとずっと、彼とお話をしていたかった。


 その日々は続くと思っていた。


 でも、ある時、私はお兄ちゃんに妖精の話をした。海外に伝わる妖精の話だった。


 私は妖精『幸運』の話が大好きだった。

 お兄ちゃんはとても寂しそうな顔をした。


「アリス。君は、妖精をどう思う?」


「どう思うって、もういないんじゃない?」


 気取ってそう答えたわ。


「なるほどね。この世に不思議は無くなってしまったか……けれど、そう、そうだね……まだリドルがいる。あいつらがいるんだよ」


 彼の声は熱っぽくてまるで何かに取り憑かれているようだったわ。


「リドル?」


 私は何の事だろうと思った。もしかして……。


「リドル。王の力を示す守り神の事かしら? リドルは英語読みで謎という言葉である。謎イコールリドルね。海外でも絵で描かれるわね。エジプトのリドルは猫の形、オスなのに対し、ギリシャのリドルはメスである……エジプトでは王を守る存在なのに、ギリシャでは怪物である。彼らは正反対の存在なのよね」


「よく知っているね、アリス。やはりアリスは賢いよ。素敵だね」


「当然よ! 私は誰よりも賢いの~」


「そうだね。アリスは世界一賢いよ。良く知っているね。僕は知らない事だらけだよ」


 お兄ちゃんはあまり物事を知らなかった。子供のころから閉じ込められていて、外を知らなくて、世間ずれしていなかった。惚れた腫れたに疎くて、でもそこが好きだった。


 その馬鹿さ加減が好きだった。大好きだった。


「アリス、補足をしようか。メソポタミアでもリドルは怪物だと思われていたようだ。そして人の死を見守っていた……現代におけるリドルと名乗る者たちはある秘密結社の人間たちだ。人間といっても人間の道理から外れた者たちなんだよ」


 私は感心した。


「お兄ちゃんこそよく知っているのね。こんな座敷牢の中で……どうやって……」


「そうだね。今の僕には君から貰った携帯電話があるからね。色々あってこうなっちゃったけど」


「ここに来る前があったの?」


 私は不思議だったわ。お兄ちゃんはずっとここで暮らしていたのかと思っていたから。


「後悔はしていない」


「ふーん? 私と出会えたからでしょう?」


 得意げにそう言った。彼の気持ちを知りもしないで。


「そうだね。アリスと出会えたから他には何にも要らないよ」


 お兄ちゃんの嘘つき。

 私は拳を固める。お兄ちゃんは嘘つきだ。


 あの人は後悔しまくっていたのだ。

 その証拠に、あの後、参上家を破壊して、破壊しつくして出て行ってしまった。

 参上家は壊れた家の修繕費で一気に貧乏になり、私は参上の家を追い出された。


 実験は終了、お前はもういらない、お役御免と。私はホームレスに逆戻り……。

 私はお兄ちゃんを捜してやる。


 お兄ちゃんを探し出して八つ裂きにしてやる。

 その為に講演の女王になってやったのよ。


 リドルの赤い招待状も受け取った。だから私はこの列車に乗った。

 大々的に参上アリスが乗るのだと噂も流した。


 覚悟なさい、手ぐすね引いて待っていてやるわ!

 貴様が罠に落ちるのを、ほほほ。楽しみね!

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