酔ってしまったよ
「京都の楽器の美しさが僕を狂わせる……はずなんだよ」
「あそこは湿度が高いから、木の楽器にはよくないよ~。楽器を狂わせるよ。音とか録音したらベロンベロンだよ」
科学に携わる者として知っている事を言ってみた。
「俺のアコースティックギター、イルカ二十三号の音が悪くなるとでもいうのか!」
「名前付けているの? イルカなんて子供っぽいね~。もっとカッコいい物にしときなよ。ジェノサイド五十四号とか」
「ジェノサイドって何ですか? オフサイドの友達ですか?」
響鬼野ちゃんがボケをかました。恐ろしい子だね~!
小磯くんは首を振った。
「違う。イルカは……イルカは……なんでだっけ?」
小磯くんの言葉を遮ったのは響鬼野さんだった。
「あ、もしかして。ギターってイルカっぽいからですか? 昔、父からで聞いたことがあります」
「イルカか……」
私は感心した。随分創造力が豊かだ。あれがイルカに見えるのか~。
「私にはない発想力だよ~」
響鬼野ちゃんはよく物事を覚えている。
なら、辛いことがあった時は物凄く辛いんじゃないだろうか?
私なんかよりも忘れられないんじゃないだろうか?
そんな野暮なことは今ここで言わないけど。
「波旗も一緒にババ抜きしようぜ。楽しいぞ。賭けるのは菓子だ。お前も持ってこいよ!」
小磯くんは菓子をばらまいた。
「あれ? 小磯くんは肉が好きじゃなかったっけ? それにここは持ち込み禁止」
「だからここで買った肉の菓子だ!」
サラミ、カルパス、生ハム。ローストビーフまである……。
「これ、本当にお菓子なの?」
「菓子だよ、どっからどう見ても菓子だよ! お菓子売り場にあったぞ!」
嘘だ。これはおつまみだよ~。ワインのおつまみだよ~!
「で、この申し訳程度に置いてあるマイルドビターチョコレートは……」
「ここに乗る前にくじで当たった」
「それで、このチョコレートに目を光らせている子が……」
「響鬼野来夢! チョコレート大好きです。チョコレート以外は嫌いです」
「それは嫌いなものがほとんどじゃないか~! 世の中が狭くなっちゃうよ~」
「本当はお菓子も尽きです、お肉も……でもチョコレートが最強です!」
「好きな物いっぱいじゃないか~!」
小磯くんは静かに私を見た。
「こいつ一人でいたいってうるさいんだよ。二人じゃつまらないし、三人なら、響鬼野も楽しめると思うんだ。頼むよ、波旗さん」
「ふんふん。なら、四号車の司法さんも連れてこよう」
「司法さんも?」
私の提案に二人とも意外な顔をした。
「ああ、さっき知り合いになったんだよ~。何でも、小磯先生にどうしても占って欲しいんだって。それで、小磯先生の知り合いの私に、ウマの尻尾の毛のキーホルダーをくれたよ。賄賂だそうだ。馬の毛がどんな薬品に耐えられるか実験してみたくなったんだよ」
「実験なんだ……」
二人はひきつった顔で尻尾の毛のキーホルダーを見ていた。
小磯くんはぶつぶつ呟く。
「あいつ、好きな事にしか努力出来ないタイプで金運が無いのに……競馬にはまるなんて最悪な奴だよな……まったく。どう占ってやろう」
「金運ないの~? 司法さんが? 頭がキラキラなのに~」
小磯くんはさらに渋い顔をした。
「だから働けって思う。あいつは金の法則をよく知らないんだ……」
響鬼野さんは目を輝かせていた。
「なら、このトランプで私が司法さんを貧富なきまでたたきのめします! 血が流れないなら何をしても許されますよね。司法さんをまっとうな道に戻すのです!」
「それを言うなら、完膚なきまでだろう、ぽや子よ」
ああ、小磯くんが仏のように神々しい!
「響鬼野ちゃん。君って、何気なく酷いね~。あはは」
「心外です」
私は彼女がただのぽや子でない事を肌で感じ取っていた。恐るべきぽや子だ~。
「私、神経衰弱なら負けたことが無いのですよ!」
「私はだらだらと遊ぶだけさ~」
三対一で戦って司法さんが勝てるものなのかそれがどんな確率なのか興味が湧く。
「じゃあ呼んでこようかな? 司法さんを」
入口を開けるとその時、参上ちゃんが現れた。仁王立ちしていた。この子、なんとなく恐いんだよね~。トゲのドレスを纏っているようなそんなイメージがする。
「全て聞かせてもらったわ。この盗聴器で。面白そうね。菓子の匂いがするわ。黄金の菓子はないの? この私が懐に入れてあげるわ。ほほほ」
「時代劇かお前は!」
小磯くんは眉を寄せた。彼はいつも優しい子なのに辛辣な人には辛辣だ。鏡のような子なんだよね。優しさを優しさで返し、仇は仇で返すみたいな。
でも困っている人や弱っている人には全力で優しい。優しすぎるんだよね……。
「なによ。講演の女王たるもの、黄金の菓子の一つや二つ受け取らなくてはならないのよ。それが大人の事情ってものなのよ!」
「君は毒まんじゅうを真顔で受け取ってそうだけどな」
小磯くんがやけにとげとげしいけど、二人の間に何かあったのかな~?
「けれど、毒まんじゅうが本当にあるなら見てみたいもんだよね~」
「波旗さん。毒まんじゅうは政治家の賄賂を指し示す言葉だ。相変わらず毒は好き抜けないのか?」
「だいぶ抜けたよ。えへへ~。でもね、私が知りたいのは戦国時代に流行った本物の毒まんじゅうの方だよ。私なら、薬品なしでも毒の種類を当てることができるんだけどね~。その時の記述が見当たらないんだよ~」
みんながしんとなった。
「気持ち悪い女ね」
参上ちゃんは今まで私の周りにいた人たちと同じ反応を示した。
あれれ? 変な話をしちゃったかな?
「酔っているのか、波旗」
小磯くんの指摘に私は胸を張った。
「ノンアルコールカクテルを少し飲んでいるけどね。大人のたしなみだよ~」
「それは僕も飲みたいな!」
何となく小磯くんに会うのは照れくさかったから、飲んじゃった。小粋な乙女心さ。
酔ったのはなんでかわからないけど……なんでかな?