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君という一握の光を見失って途方にくれる僕  作者: 新藤 愛巳
第三章 親愛なる毒姫 波旗零
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素性を知りたい

 そんなこんなで小磯くんと知り合って数カ月、私は今、この寝台列車に乗っていて、そして偶然また彼と出会ってしまった。運命の出会いみたいで素敵だね。


 そう言えば外国の話でこんな事件があったそうだ。

 交通事故を起こしてAさんはBさんに助けてもらった。二十年後、遠くに引っ越したAさんはまた交通事故を起こした。助けてくれたのはまたもやBさんだった……という事件があったそうで、それぐらいの遭遇率だよね。不思議だよね。


 楽しい事が起りそうな予感がした。大変なことが起こりそうな予感もした。


 小磯くんとたくさんお話ししよう。楽しみだなああ。そう思っていたら後ろから声をかけられた。聞き覚えのある声だ。


「こんにちは。波旗さん。いひひひ。依頼は遂行中ですよお」


 ダイニング車の片隅で、顔知りのお姉さんが肩をすくめていた。

 ウエイトレス姿の探偵、波隠真琴はがくれまことさん――勿論、偽名だ――は渋い顔をした。


「困るんですよね。お客さんに探偵の仕事を見られるってのは、プロのあたしとしちゃあ、嫌な気分ですよ。それにしても、小磯良の身辺を調べて欲しいなんて、相手が大物すぎるってか、煙に巻かれてばかりいるってか。本当、嫌になりますよ。尻尾も掴めやしないんですから。どうしてくれるんですか」


 私はごめんね~と謝った。


「彼に助けてもらったことがあって、私は彼の素性を知りたいのさ~」


 波隠真琴は口を眇めた。


「それはずいぶんロマンチックなことで。ああ、貴方にはその気はないのかもしれませんがね。恋人になる気なんてないんでしょうがね。あたしとしては、面倒な相手ですよ。非情な夜の帝王を相手にするなんて。恐いですよ」


 私は首をかしげた。


「ううん? 夜の帝王って、小磯くんは違うよね。豪遊イメージなんて、まるでない……」


「夜の帝王を想像で話さないでくださいよ。まったく。そんなんだから、自分で笑い茸を食べるはめになるんですよ。嫌な客だ」


「え? なんで」


 笑い茸の事を知っているの?

 私と小磯くんだけの秘密なのに。思わす戦慄した。


「それぐらい調べられますよ。あたしは探偵なんで、推理はできませんがね。ああ、小磯さんに頼まれた仕事もしたことがあるんで……でも名探偵ではないので推理出来なくって色々難しいっていうか……」


「名探偵じゃないの?」


「そんな物いやしませんよ。警察に助言する探偵なんて実際、見た事ありますか? 実録警察見て考えりゃ、解る事ですよ。そんな理想の存在なんていやしないんですよ」


「夢も希望も、名探偵もいないのか。がっかりだね……」


「名探偵は全員死にましたからねえ」


 え?


「そうなの? いつの間に? 何だかショックだな。研究室に潜っていたから、そんな事件ぜんぜん知らなかったよ……」


「もっと昔の話ですよ。生き残っているのは私のようなカス探偵だけでね、おやおや、自分でカスと言っちまいました。いやはや、私は慌てん坊ですよ。まったく、仕事を始めて見てわかりましたけど、ろくでもないですよ。この仕事。面倒だし」


「あなたは……探偵が嫌い?」


 私は気になって質問した。嫌な仕事なら、やめてしまえばいいのに。


「やだな、仕事の愚痴を言いたいだけのただの探偵ですよお。へぼ探偵です。自分で言うのは問題ないが、人に言われると腹が立つ方です。注意して下さいよ、波旗さん」


「えっと。探偵さん。小磯くんの事、よろしくね?」


「ああ、良いですよ。面白いこともわかりましたし。ああでも、面白い事ってのは小磯さんの事ではなく別の人の……ああ、お話はこれまで、この列車は面白い。面白い奴が集まって凄い事になっている。高名な占い師、小当たりする勝負師、講演の女王様、誰にでも愛される愛人、毒姫に……まあ一人正体のわからないのもいるけれど、あなたたちのうちの誰かだろうね。死ぬのは、死んでしまうのは……」


 私は慌てた。


「えええ、誰かが死んじゃうの? 冗談だよね……?」


 私の事よりも、小磯くんの生死が気になった。彼だけは死んではいけない人だ。私が助けないと。何としてでも助けないと。


「青い顔して心配しないでくださいよ。死ぬのは一人だけ。一人だけです。それ以上は死なないでしょうよお。だって、殺す方もそれ以上は嫌がるでしょうから。ってか、面倒でしょうし。ああ、犯人の動機? そんなもん自分で考えてくださいよお。あたしはそんなの考えられない人なんだからさあ? 探偵なんて上手にできないし……まああたしは勝ちますけどね」


 ウエイトレスの探偵さんは去っていく。


「やっぱり変な人だ……」


 天下の毒姫に変な人って思わせるなんて相当だよ、あの人。


 小磯くんは私を調べるのに探偵を雇った。

 私も同じことをしてみたのだけれど……。


「上手くいかないな。変な人選んじゃったよ……」


 私は溜息を吐いて、小磯くんの部屋を訪ねた。

 八号車A室、ラウンジ車の近く。

 小磯くんは響鬼野さんとお菓子を手にして話し合っていた。うーん?

 あれ? いいのかな、話しかけても?


「ありゃありゃ、お邪魔だったかな?」


「邪魔だぞ?」


 彼なりの冗談に私は吹きだす。

 付き合いの浅い、響鬼野さんは慌てていたけれど、私は笑顔を見せた。この子は付き合いが長くなると途端に横柄になる子なのだ。甘えているのだ。私に。


 うれしいなあ。


「許さん。ぐりぐりの刑なのだ~」


「大人気ないぞ、波旗~痛い、痛いってえの」


 そのネタで結構、楽しんだ。うふふ。小磯くんとたくさんお話しをするぞ~。


「聞き込みをしてきたよ。この列車の人、私を含めて招待状で集まったみたいだね。小磯くんはなんで乗ったの? ただの物見遊山じゃないよね?」


「京都で音楽を聴く」


「CD買えば済むことじゃないか、小磯くん」


「あ……」


 彼は壮絶に落ち込んだ。

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