表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
君という一握の光を見失って途方にくれる僕  作者: 新藤 愛巳
第三章 親愛なる毒姫 波旗零
11/37

胸に秘めた思い

親愛なる毒姫 波旗零


 私は夜が嫌いだ。夜なんていい事が何もない時間だ。

 静かで、何も聞こえない、嫌な時間だよね……。


 さて、何から話したものか。何も話さないで済むならそれはそれで良いのだけれど、そうもいかないよね。しかし、口を開いたからには、何か話すべきなのかもね?


 そもそも、私と言う人間は科学者じゃない。たまたま理系の学校に入り、たまたま、計算が得意で、たまたま、大学院まで進んだ『運が良い双六に支配された人間』に過ぎない。学校の雰囲気が好きで、研究室の雰囲気が好きで、研究室の先生が好きだった。それで科学をしていたにすぎないんだから、笑っちゃうよね。夢や希望を持つ人の敵だ。


 性格はずさん、片付けは得意。研究テーマも奇をてらっていたみたい。誰もが興味をひく前に、私のレポートにどん引きしたらしい。らしいと言うのは、後で周りにそう聞いたから。毒薬の研究。ありとあらゆる毒薬の、毒の……薬の研究。ついたあだ名が毒の人。


 毒の人扱いは気が引けたけれど、それにも増して私のテーマ、毒薬は魅力的だった。毒薬は人魚の薬と一緒だよね。身体に患者の望む劇的な変化をもたらし、その副作用で患者を苦しめる。私が研究したいのは毒薬ではなく薬なのだと言う事をみんなは気づかなかった。気づかないので、その副作用を調べている私の姿も多少不気味に映るのだろう。


 毒ばかり愛してどうするのと、人でも殺すのかと不気味がられる。でも私にはそれを止める気なんてなかったんだ。


「で? 小樽の毒姫の望むことはなんだ?」


 目の前にいるのは不遜な男の子は小磯良。ハンバーガーを食べている。

 大学に一番近いファストフード店で彼はそう言った。


 いくら彼でも初対面の相手にいきなり毒姫なんて呼ぶような神経は持っていないと思う。


 ただ……私のハンドルネームが毒姫だったのだよ。あの頃は皮肉を込めてそう名乗っていたんだ。

彼の狂ったような音楽が好きで最初はメール相談。抽選で小磯良という人に占って貰えることになって、たまたま住んでいた場所が近くて、たまたま、ファストフード店で会いましょうって話になって、たまたま、出会って、彼の第一声がそうだった。


「毒姫の望むことはなんだ?」 


 魅力的な声で、ワインの様に深みがあった。


 少年。整った顔立ち。少し影がある。でもしゃべると明るい。研究室でいつも飲んでいるカフェモカみたいな人だと思った。


「少年。ここで毒姫はやめてくれ。あまり奇妙な目で見られたくなくってね。あはは」


「ああ、それは無理だよ」


 彼は真顔でそう言った。


「君は特殊な人で、変わろうと努力しても普通の人にはなれない。けれど。人にはない特別な魅力を持っている。そこを伸ばせば、もう毒姫なんて言われないし、僕が誰にも言わせない。協力してやるから、全部話してみろ。聞くだけ聞いてやるよ」


「小磯くん……」


 正直感激した。突き放したようなセリフを温かい声で言われて、参ってしまった。男の人なんて、親しくしたことがなかったから、とても頼れる気がした。


 それから私は小磯くんとお友達になった。小磯くんは毒姫の私にも優しかった。

 私の話す五千の毒の話も楽しんで聞いてくれた。


「毒姫。僕は毒の事をまるで知らないし、理解も出来ないけど……毒姫が一番恐ろしいと思う毒はなんだ?」


「う~ん。笑い茸かな」


「え、楽しそうじゃないか。げらげら腹の底から笑えて」


「楽しくないよ。あれは全身が痙攣して顔が笑っているように見えるだけで、凄く苦しいんだから。誰にもわかってもらえず、そのうちに体で毒が分解されて、元の状態に戻るんだけど……それまでが辛い。幻覚を見たり裸踊りをしたり、人の人生を一瞬で狂わす大変な毒だよ。恐いよ?」


「裸踊りか……恐いな……」


 小磯くんは真剣な顔でしきりに何か考えているようでした。


「でも、なんでそんなに詳しいんだ? 毒姫」


「なんでって……」


 私は沈黙してみたのだよ。そして笑顔で自分自身を指した。


「少し食べてみた」


「自分で試す奴があるかー! アフォーか!」


「知っていた? アフォーダンスって、環境が動物に与える意味って言葉だそうだよ~」


 小磯くんは胸倉を掴んで私の頬を掴みました。


「お前は何をやっている、吐け!」


「自分だから良いでしょう? 人に試す奴の方が問題だよー!」


「どっちも大問題なんだよ! 二度とするな、この腐れドアホが!」


「きゃー。助けて~」 


 馬鹿馬鹿しくなったので私たちは息を切らして笑い合った。


「小磯くん、良い子も悪い子も普通でない子も真似しちゃいけないよ~」


「お前が言うな! 心配しただろうが! 無茶苦茶をする奴だな。僕がしかってやる!」


 小磯くんは真剣な顔で私を見た。


「なあに?」


「この前、探偵を雇ってお前を調べたんだけどさ。お前の親父ってさ」


 凄い事を言いだす子だ。探偵を使って私の素性を調べたなんて、

 私たちの信頼関係が崩れるなんて思わなかったんだろうか?


 せめてネットか図書館で新聞記事を調べるくらいにしておいて欲しい。少なくとも本人には言わないで欲しいのに。


 でも、私はそんな事で彼への態度を変えたりしないタイプの人間で、きっと彼はそんな事もとっくに知っている人間で……。


「そうだね。新聞にも載ったからね。うちのお父さんのことは」


「お前の親父ってさ、投与された最新の治療薬で亡くなったそうだな」


「うん。薬は毒にもなる。典型的な例だね」


「憎いのか? 薬が」


「でも私は薬のことを嫌いになれなかった。どうしても嫌いになれなかった。なぜだろう、なんでだろうって思ったよ。なんでかな。なぜお父さんの時だけそんな事になったのかなって。分量がわかれば、全ての薬品の絶対大丈夫な分量が解れば、そうなれば、誰も死なないで済むのに……なんでなのかな? なんでよく調べなかったのかな……? なんでもっとよく試さなかったのかな?」


「お前はそうやって、自分に毒を試し続けるのか? 馬鹿な奴だな!」


 彼の手が熱くて、私はどうにかなると思った。


「わかんないよ。自分でも分かんない……」


 ただそれは一つのきっかけだったのかもしれないけど、私は今まで止まることができないでいた。崖を目指して止まれないイノシシだった。


 そんな私に小磯くんはこう言った。


「いつか僕がお前を変えてやるから、毒姫なんて今すぐやめろ。もういいんだ」


 どうしてだろう。気がつけば熱い涙が両眼から流れていた。年下の男の子の言葉なのに。


 その言葉は胸に沁み入っていた。


 私は父を愛していた。おしゃれで軽妙だった父。

 父一人子一人で育った。なんで死んでしまったのか理解できなくて、なんで助けられなかったのかも理解できなくて、なんで私は何も出来なかったのかと悔やんで、私は毒の研究を始めたのだ。その事を、その日の事を思い出した。


 今更、毒を調べても、そんな事をしても、もうどうにもならないのに、何も出来ないのに、辛いだけなのに、傷を舐めるように、かさぶたをどかすように、心を埋めるように、私は何度も辛い事を繰り返した。もうどうにもならない事を、どうしょうもない事を繰り返した。


 父が死んだ薬というものの正体を知ろうとして、自分を傷つけた。傷つけ続けた。


「毒姫やめるよ……もうやめる……」


「そうしろ。お前の親父さんだって、きっと心配する」


 小磯くんは私を見つめた。


「知っているか、薬って漢字は草冠を取ると楽しいという漢字になるんだぞ。楽しくなれ」


「違うよ。薬を飲むと楽になるんだよ。もう。仕方ないな~。小磯くんは勉強ができない本当にダメな子だね」


 どっちが慰められているのか、慰められているのかわからなかったけれど、あの時から私たちは特別だった。特別になろうと思った。彼を助けられるなら死んでもいい。


 それでいい。私は恋ができない体質なのだ。だから、私たちはずっとこんな状態で、明日も明後日も続いていく関係なのだ。彼の隣にいられるのならば、私は何を捨ててもかまわない。彼の為なら死んでもかまわない。そうやって私は生きて行くんだ。彼が誰かの事を胸に隠していたとしても。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ