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君という一握の光を見失って途方にくれる僕  作者: 新藤 愛巳
第二章 一人ぼっちの名探偵 響鬼野来夢
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傍にいて

 私が必死に言い募ると、


「見た目は普通じゃないな。占い師なんて占ってもらったら、そいつとはサヨナラした方が身のためさ。やつら自分の受けた傷を消すために、人に奉仕する連中だ。優しくされても乗ってはいけない。あんたが不幸になるだけだよ。お嬢さん」


「そんな事ありません! 小磯先輩は! 小磯先輩は! おかしいんです! おかしい人なんです! 私はもう不幸です! これ以上、不幸にはなりません!」


 思わず大きな声が出て……私は五反田さんから逃げ出しました。

 小磯先輩……。流れる銀髪に紫の目。そんな私を普通の人扱いしてくれた人なんて、初めてでした。


 彼が初めてでした。

 小磯先輩は占いをする相手として私を見ています。


 私は小磯先輩を友達として見ています。

 私に話しかけてくれる人なんて、めったにいなかったから。


 小磯先輩とお話しして私は舞い上がっているのです。

 だから小磯先輩は目を覚まさせるために私にキスをしたのかもしれません。


 私は腹をくくって服を着替えて歯を磨きました。

 別に、何もないけど、何かあった時の為に……なんて考えないんだから。うん。

 噛みつかれたら噛みつくくらいの気持ちで。そうだよ、恐くない、恐くない。


 いつの間にか私の部屋のドアの隙間が開いていました。


 私はそっと忍びこみます。


「小磯先輩」


 小磯先輩は泣いていました。列車の外を見つめて泣いていました。美しい風景を眺めて泣いていました。


「世界はこんなにきれいなのに……それを見ようとしない人がいる」


 私の事です。


「心にゆとりが無いからだよ」


 私は小さな声で答えました。本当にゆとりがないのです。

 扉の隙間から覗く私を見て小磯先輩は初めて人の存在に気がついた顔をしました。


「ああ、君か」


 膨らんでいた心がしぼんでいくのを感じました。


 彼は何か遠くの事を気にしている人だったのです。私など、素通りして行くあの景色と同じでした。小磯先輩は取りつくろうように言いました。


「ごめん。考え事をしていた」


「うん。私もいきなり、ドアを開けてごめんね」


「少し寂しくなった。傍にいてくれないか」


 彼は私の隣に並びました。列車の走行音が小さく聞こえます。景色は絵の具を溶かしたように流れて行きます。小磯先輩は私の髪に触れました。


「君の髪は綺麗だな」


 小磯先輩の言葉に正直、私は傷つきました。

 名探偵殺人事件。あの私の人生を狂わせた事件が終わって……。

 事故から帰った私の髪は、真っ白になっていました。


 一夜にして髪の色が変わってしまったのです。染めようとしても染まらなかったのです。

 私の恐怖は、髪染めで何とかなるものではなかったのです。色が入らないのです。

 私はそれを何と思えばいいのでしょうか。小磯先輩の何の意図もない褒め言葉を何と受け取るべきでしょうか。彼は何も知らないのに。知らないで、光りを受けて輝く私の髪を褒めてくれているのに……。珍しいと。美しいと。


 なのに、私は心から喜べないのです。やはり一人でいるしかないのです。

 私は何と答えたら良いのでしょう。


「ありがとう。お菓子を一緒に食べてくれて」


 一瞬、何もかも打ち明けられたらと思いました。相談出来たらと思いました。でも、占い師と相談者にはなりたくなかったのです。なぜでしょう、そんな者にはなりたくなかったのです。


 友達になりたかったのです。これは私のわがままです。わがまま故に、あの事件は起きたのかもしれません。


 恐らく食堂車にいたウエイトレスは、今や数が少なくなってしまった探偵でしょう。

 そんな匂いがしました。


 小磯先輩はあの人を嫌ったけれど、正当に評価しなかったけれど。

 私にはわかりました。そして彼女が何かに備えていることにも気がついてしまいました。

 だけど、わかったのはそれだけで、それゆえに。私は忘れていたのです。


 恐怖も、悲しみも。スーツケースの中に忘れてきていたのです。あの惨劇の日に。

 ウエイトレスが身につけていた、猫のバッジが絨毯に転がっていた時、私は思いました。

 何かよくないことが起ころうとしています。惨劇の幕が落ちようとしています。私は気がついてしまったのです。だけど、何も出来ないことは解っていました。あの時のように。

あの日のように。


 でも小磯先輩が力を貸してくれるなら……怖くて恐くてたまらない私が戦えそうな気がしたのです。でもそれが出来ないことはわかりきっていました。だって、私はすべてを諦めるためにこの列車に乗ったのですから。

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