プロローグ
はじめまして、鳶尾です。今回、初めて長編小説に挑戦します。自分も高校時代ラグビーをやっていたのでその時の経験を生かせればと思っています。拙い文章になるかとは思いますが、ラグビーをやっている人にも、よく知らないという人にも伝わる話にしていきたいと思いますので、よろしくお願いします。
ーーーあいつが楕円球を抱えたまま疾走してくる。味方のタックルを1人、また1人と避けながら進んでくる。俺と目が合った。あいつはにやりと笑いながら俺を鮮やかなステップで抜き去っていく。すれ違う瞬間あいつが俺に向かって何か囁いてきたーーー
「…またこの夢か」
勝吾は全身にびっしょりと汗をかきながら目を覚ました。息を調えながら時計を見ると、まだ午前3時。あの夢を見るといつも飛び起きてしまう。
「…ちくしょう」
悔しさを滲ませて、勝吾は自分の足を見た。もう昔の用には走り回れない足を。そしてため息を1つ吐くと布団に潜った。
「頼むから高校時代に戻してくれ…」
もはや日課となってしまった祈りを今日も捧げ、勝吾は再び眠りにつくのだった…
高津勝吾は現実的な人間である。過去に戻れると本気で思っているわけではないし、基本精神的に強い人間なので後悔はあまりない。
しかし、1つだけ。毎晩願わずにはいられないほど後悔していることがあった。勝吾が高校3年間を捧げたラグビーに関することだった。
勝吾は県立の蔵内高校に入学後、それまでやっていたサッカーを辞め、ラグビーを始めた。顧問に熱心に勧誘されたことがきっかけだったが、楕円の形をしたボールを持って自由にフィールドを走るのは楽しく、勝吾を虜にした。同期の中でもうまい方だったこともあり、二年生の秋大会の後、主将に任命された。
主将になってからも一層真剣に取り組み、入部当初は弱小だった部を県でもベスト4に導くことに成功した。くじ運にも恵まれたが、顧問の熱心な指導とそれに耐え抜いた自分たちの努力の成果だと実感していた。
そんな中迎えた準決勝。勝てば決勝進出が決まる試合。相手の常勝高校は、ラグビーの全国大会である花園に二年連続出場している強豪だった。
蔵内高校の士気は高く、序盤は互角の戦いを見せた。しかし後半、1人の選手の登場によって均衡は一気に崩れた。
二階堂伸也。この2年間、一時足りとも忘れたことはない。
主将にも関わらず、途中から出場。プレー中もこちらをバカにしたようなプレーが何個もあった。完全に遊んでいることはわかったが、止められなかった。身長189cm体重95kg。高校生離れした体に、100m走を10秒前半で走る圧倒的身体能力。こちらが三人ががりでタックルしても倒れず、嘲笑うかのようにパスを繋いできた。この男にディフェンスを突破され、トライを量産された。そのまま試合終了。後半に50点取られる大敗だった。プレー中の態度に苛立ちもしたが、ラグビーの試合後はノーサイド、すなわち味方なくお互いを称えあうものなので、主将同士の握手の際も「俺たちの分まで頑張ってくれ」と、スポーツマンらしい言葉を勝吾も言った。
二階堂はにっこりと微笑み、勝吾の耳元でこう言った。
「雑魚にしてはよく頑張ったほうなんじゃない?」
一瞬何を言われたか分からなかった。頭がそれを理解したときには二階堂はすでに立ち去っていた。呆然とした勝吾を負けたことによるショックだと思ったのか、チームメイトが、スタンドで応援してくれた人びとへの挨拶に行こう、と促した。その後のことはよく覚えていない。とにかく屈辱的だった。あんな男に俺は負けたのか。こんな試合が、俺の高校最後の試合なのか。悔しすぎて涙も出なかった。こうして勝吾の高校3年間は幕を閉じた。
大学でやり返してやろうと思った。二階堂ほどの男なら強豪に行くだろうし、自分も強豪に行けば試合できるだろうと思った。しかし、センター試験当日、降り積もった雪でスリップした車が歩道を歩いていた勝吾を轢いた。下半身を酷く打ち、歩けはするものの一生走れなくなってしまった。二度とラグビーはできなくなった。
手術の後、毎夜勝吾は泣いた。大好きだったラグビーができなくなること以上に、あいつに、二階堂にやり返してやれないことが悔しくて泣いた。センター試験を受けれなかったのでその年は浪人することとなった。勉強漬けの一年だったが、ニュースで聞こえてくる二階堂の華々しい大学での活躍は、勝吾にとてつもない敗北感を与えた。
今は国立大学の1年生で経済学を学んでいる。将来の夢は特にない。きっと無難に会社員としてどこかの企業で定年まで働き、家庭を持ち、それなりの暮らしをするのだろう。それ自体には思うところは特にない。今、胸中を占めている思いは1つだけ。
ーーーあいつともう一度戦って、勝ちたいーーー
それだけでいい。それ以外は何もない。この2年間、消えることのない悔しさを、無念を晴らしたい。高校時代に戻してくれ。頼む。叶うことない願いを、今日もまた勝吾は繰り返し願う。復讐心を胸にした勝吾の祈りは、この日、ついに実を結んだ。
プロローグ 完
読んで頂き、ありがとうございました。この話は3日に1回程度の更新を予定しています。プロローグは入れたいところまで入れたら長くなってしまいました。今後はもう少し短くなると思います。また、後書きの方にはその話に出てきたラグビー用語の解説や、ラグビーのルール解説等を載せていきたいと思っています。よくわからないルールがあれば感想のほうにどしどし書いていただければと思います。