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才能のない批評家から、才能ある新人作家への提言

 「あ、はじめまして。君が新人作家の○○かい。あ、どうも。いや、君の作品読んだよ。それでさ、感想だけど・・・・。面白かったよ。・・・・素晴らしかった。これは十年に一人の・・・・・・・・いや、ごめん。これはただのお世辞さ。お世辞はもう十分、他の人から聞いただろ?。君は、これまでに散々。だから、僕は正直な事を言おうと思って、君に面会しているわけさ。まあ、今、僕が君とこうして出会ったのはただの偶然だけど。 

 それで・・・・まず、僕が思ったのはね、君の作品がどうこうという前に、君が「文学」っていうものを信じてるんだな、って事だよ。いや、本当に、立派な事だよ。素晴らしい。・・・・・・文学?。文学だって?・・・・・・・・笑わせてくれるねえ。

 文学。それが、何だろう。そんなものがこの世界のどこにあるんだ・・・?。いや、違うな。悪かった。・・・確かに、君には「文学」の才能がある。新人賞を取ったんだろ?。・・・その年齢で。それで、評者に褒められた?新聞に載った?・・・・いや、悪かったよ。確かに、君には才能があるんだね。悪かった。僕と違って、君は「天才」かもしれない。君は将来、芥川賞を取るのかもしれないね。・・・え?。もう候補になってるって?。・・・・いやはや、それは参った。すごいな、君は、多分、21世紀の夏目漱石かもしれない。

 でも、一言だけ言っておくと、その夏目漱石とかいう作家がもし生きていたとしたら、間違いなく、芥川賞は取れなかったと思うな。・・・芥川は自分の弟子なのに・・・・おかしな、事だね。でも、僕は多分、そんな気がするんだよ。ねえ、君・・・・・聞いてくれ。いや、もう少し、君は現実を、この世界を見るべきだと、僕は思うんだよ。例えば君は、ドストエフスキーを文豪だと見ている。文豪ねえ・・・。そして、その文豪の書いたものをありがたがったり、また、テキスト論だのエクリチュールだの・・・・・・そんな事はどうでもいいんだよ。僕が才能ある若手作家たる君に一つだけ聞きたい事はさ、どうして君の中で『文学』なるものがそんなにも確定した形で、君の頭の中にあるかって事だ。確かに、文学には長い歴史があるさ。そして、それには教科書らしきものもあり、そして文芸雑誌なんていうものがあり、そして、純文学作家なんてものも沢山いるさ。でもさ・・・・それがいったい、何だ?。どうして、そんなもので、定規で線を引くようにして、「文学」を、「言葉で造られた芸術」というものを堅苦しく考えなくちゃいけないんだい?。・・・もちろん、枠組みがはみだす事は、苦しく辛い作業だ。だがね、僕はあえて聞くよ。・・・・どうして、君はそんなに安堵しているんだ?。どうして、君は「文学」なるものをぶち壊そうとしないんだ?。

 例えば、綿矢りさという作家がいるね。彼女はそれなりに良い作家だったと思うんだ。・・・最初の方はね。でも、技術が熟達するにつれ、物語はすべるように進んでいった。彼女の中で、社会に対する抵抗感や、反発心が消えたように、僕には感じるね。・・・別に僕は彼女の人格をくさしているわけじゃない。問題は「作家」としての彼女だ。どうしてなのかな・・・?。君に、聞こう。あるいは、他の作家でもいいさ。白岩玄とか、朝井リョウとか、そのほかの若手作家。彼らはどうしてすぐに、「お話」を書くんだろう。・・・彼らの作品というのは、僕には、とても安堵しているものにしか見えないんだよ。そこにあるのは文学に対する疑いでもなければ、社会に対する反発心でもなく、ただ与えられた物語を描く作家としての姿だ。与えられたって?・・・・誰に?・・・。多分、世界に、だよ。だから、僕は先に言っておいたじゃないか。定規で線を引くように、文学を考えるなって。文学はね、そして、この世界で生きるって事は、受験勉強とは違うんだよ。僕達のやる事は、(僕達が本当に生きようとして、の事だけど)あらかじめ決められた価値観の上で百点満点を出す事ではない。僕達のすべき事というのは、決まった基準の中で、高得点を叩き出す事ではない。どうしてかって?・・・・。じゃあ、僕は逆に聞くけど、何故君は文学なんていうものに関わっているんだ。何故、君は芸術なんていうものを志しているんだ?。作家になるため?、好きな事をしてお金を得るため?・・・・それなら、他にもっといいやり方があるさ。君はFXで金儲けをして、それから歌い手になってモテる事を目指せばいい。

 今の問題はそういう事ではない。問題は・・・いわば、その価値を決定する側にも、様々な事情や限界が存在するという事なんだよ。・・・ドストエフスキーが現れた時、彼はバルザック的世界観を粉々に破壊した。ベートーヴェンが現れた時、彼はそれまでの音楽よりも遥かに強い主観性で過去の音楽を粉々に叩き壊した。・・・こういう事がなぜなされたのか、こういう事が何故、可能だったのか。それは彼らが自分に忠実だったという事、そして何より、彼らが世界と闘う事を選んだからだよ。それが、芸術家というものだと、僕は思うんだがね。・・・例えば、最近、芥川賞を取った作品を読んでみよう。それらほとんどが、最初の二ページくらい読めば、その先は読まなくても良いものだ。なぜって?。・・・もう、聞かなくても、わかるだろう。君は、その本の最初の二ページを読んだ瞬間に、ある既視感にとらわれる。そして、それはその前に芥川賞を取った作品にそっくりかもしれない。そこには、正に「定規で線を引いたような」限界があるんだよ。この限界を突破しないで、どうしようっていうんだ?。

 ・・・僕は色々、言い過ぎたかもしれない。君のような、若き才能溢れる作家に、僕は色々と言い過ぎたのかもしれないね。僕は・・・・何の賞も取っていないのにね。・・・でも、僕が君に付け足しておきたい事はさ、今、人が君の作品を読んで、いいとか悪いとか、まるで〇〇のようだとか、ニュースで取り上げられたりとか、そういう事において、そうしたなかで、君の作品を深刻に受け止めている人間が何人いるかって事だ。・・・・・いや、それ以前に、あまり僕も言いたくない事を言ってしまうと、そもそも君自身が自分の作品を深刻に受け止めているのか、という事が僕には心配なんだ。なあ、君。・・・・君はもう、新人賞でもらった金で遊ぶ事を考えてるのかしれない。それはいいよ。思う存分、遊べばいい。だが、君が心血注いだ作品を、君自身が蔑ろにするような事があってはならないと僕は思うんだ。それは君の宝だから。・・・・でも、もしかすると、これも言いたくない事だけど・・・・・・君自身、それに心血を注いでいないのかもしれないね。君はその作品に、自分の魂を捧げたと言えるだろうか。そして、君はそれを言えない、そこまでの自信がないから、その変わりにインテリ的な饒舌やら、また戦術的な営業論、(何故、私の本が売れたか)でごまかそうとしているのかもしれない。そう考えると、僕は不安なんだよ。・・・大体、僕には専門用語を切ったり貼ったりして、ごたごた言っている連中の事がよくわからないしね。・・・でも、彼らの事なんて、どうでもいいではないか。どうして、君まで、彼らの仲間入りをしたがるんだい?。どうして?。君は、自分の作品に自分を捧げた、と心から言えるだろうか。もし、言えないなら・・・・・・残念だね。でも、それは普通の事だし、当然の事でもある。だが、君はデビューしてしまったので、そこはいくらでもごまかしが聞く立場なわけだ。君は作品の事も文学の事もほっぽりだして、その周辺で活動するようになる。そして、その内には「いかに、人生を良く生きるか」みたいな本を新書で出したりする。そして、人はそれを「はあ、偉い人は違うねえ」と思って読むのかもしれない。だけど、君が本当にすべき事はそういう事ではないんだ。まず、今の君がすべき事は、作品の中で生きる事だ。現実の自分を捨て、作品の中で、作家として呼吸する事だ。そして、そういう作品を生み出す事だ。夏目漱石を見たまえ。彼はそういう風に生きたではないか。

 僕が君に言いたい事は以上だ。好き放題言って、悪かったね。でも、君は僕と違って才能がある。だからこそ、君はもっと自分自身にならなければならない。・・・あるいは、才能なんてない方が伸びるのかもしれないね。・・・よく、わからないけど。でも、僕が思うに、世間というやつと互角のゲームをする事は、僕ら個人にはいつも許されていない。世間というものと個人がゲームをすると、いつも100対0くらいで負けちゃうものなんだよ。・・・あるいは、それは勝っているように見える時もある。でも、その時は大抵、世間の人間のおもちゃにされている時なんだ。・・・ほとんどの人間は物事を趣味的に見ている。浅く、薄く見ている。だけど、君の人生がそれに合わせて、浅く薄くなる必要はない。だから、それから身を守る為には、孤独が必要なんだ。君自身しか持てない、大切な孤独というものが。・・・・・・それでは、僕は去るよ。僕は、期待しているよ。君の新作に。君はこれから傑作を書く人間だ。だから、僕はしがない一読者の身分として、君の作品を待っている事にする。まあ、世の中に負けない事だよ。そして、世の中に闘いを挑むべきだね。僕達は。それが絶対に負ける闘いとわかっていても、それでも、それはやってみる価値があると思うんだよ。それでは、僕はもう去るよ。さよなら。・・・・新作、楽しみにしているよ。」



 そんな無法な言葉を浴びせかけられた才能ある新人作家は、頭を一つ振って立ち上がり、街のにぎやかな方へと歩いて行った。彼は、今突然浴びせかけられたそんなろくでない言葉を早く忘れたかったのだった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 現代版『若き詩人への手紙』ですね! [気になる点] むしろ素晴らしい点なのですが、作家にとって都合の悪い点を書きます。それは作家が文学を書くことが不可能になってしまうところ。
[良い点] 「わかっている」こと。 [気になる点] ちょっと読みづらいかもしれない [一言] 「デミアン」とか「死に至る病」とかに強く共感された方ではないでしょうか。僕はああいった作品が好きです。
2014/05/02 11:01 退会済み
管理
[良い点] なろうで二人称は珍しい [気になる点] モテるためにと称して底辺と上位がハッキリわかれているニコ動の歌い手は志が低すぎるし(実際にモテている奴を見たことがない)、 多数が首つってるギャンブ…
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