あなたがほしい
たとえそうすることで失うとしても。わたしはあなたが欲しいことを隠さない。
キスをした。
呼吸の温度すら分かるほどの距離にある、驚愕に見開かれた目を見つめ返しながら、頭の中が冴え渡るのを感じた。
このひとが欲しい。だからわたしはこのひとを失ってしまう。
「…諒子?」
躊躇うような声を、睨むように見つめた。
溢れるな。もうずっと、長い長いあいだ唱え続けた言葉。溢れるな。
「謝らんよ」
は、と浅く息が漏れた。少しだけでいい。一瞬だけでもいい。キスしたかった。
失うのは怖い。でも、じりじりと首を絞めるような息苦しさにもう耐えられない。このひとを前にすると、やさしい気持ちになれない。相手を思いやる余裕を持てなくて、いつも自分の気持ちばかり。誰よりも好きで、一番ほしくて。
「謝らん。…千代にも」
何なんだよ、と、ひとりごとのような呟きが聞こえた。いつもより低い声。怒っているのかもしれない。
相手にも気持ちが、あるのだ。あるんだろう。
分かっていても、抑えられない。分かったつもりで、押し付けてしまう。みんなは、自分の気持ちとひとの気持ちにどうやって折り合いを付けているのだろう?
「謝りたくない」
強い口調で言うつもりが、情けない声になってしまった。
抑えられない。けど、せめて嫌われたくはないよ。わたしを好きになってほしいよ。あのこじゃなくて、わたしを。
すき、と囁いた呟いた。懇願するように。
終わりかけた夏のぬるい風が、てのひらの汗を宥めるように吹いた。




