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ゲート ~白き英雄~  作者: 閃天
クレリンス大陸編
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第93話 勇ましい者

 雨は上がり、朝を迎えた。

 灰色の雨雲は千切れ千切れになり、蒼い空が顔を覗かせる。

 差し込む日差しは、地上を照らす。

 緑色の水溜りは、日差しに照らされるとすぐに蒸発する。

 まるで、雨など降っていなかったかの様に、土は乾き町は明るく照らされる。

 冬華は呆然と屋敷のエントランスから、その光景を見据えた。神の力を使用した影響で、その体はダルく、軽い頭痛がしていた。

 そんな頭で、これから、どうしたら良いのか、どうすれば良いのかを冬華は考える。何もしないわけにはいかない。水蓮を――、エルドを――、どうにか救い出さなければならない。そう、冬華は考えていた。

 右手で頭を抱える冬華は、大きく開かれた扉の向こうに見える町の光景を見据える。エントランスの階段に座ったまま。昨晩からこの調子だった。体はダルく、頭も痛いはずなのに、冬華は寝ずにこの状態で朝を迎えた。

 何を考えているのかクリスには分からない。だが、クリスは彼女に付き添い、寝ずに朝を迎えていた。

 シオはいつの間にかいなくなっており、その場に居るのは冬華とクリスだけ。そして、その人物を発見したのも冬華とクリスだった。

 ぬかるむ土を踏む静かな足音。その音に冬華がまず立ち上がる。遅れて、クリスは手すりから背を離し、腰の剣へと手を伸ばす。強い警戒心が、自然とその予備動作を行った。

 だが、冬華は、そんなクリスの前に右腕を伸ばす。警戒しなくても良いと言う合図だった。何故、彼女がその様な合図を出したのか、クリスには理解できず、怪訝そうな表情を浮かべる。

 静かな時が過ぎ、やがてその足音の主が姿を見せた。赤紫色の髪を揺らし、背中に剣を携えた若い男だった。足取りは何故だかふら付いていた。

 冬華は目を凝らし、彼の姿を観察する。見た所、緑の雨に侵食されている様子は無い。生き残りなのかと、冬華は考えたが、すぐにそれは違うと気付く。その黒い瞳を見て、彼が人間なのだと分かったのだ。


「あなた、何故、ここにいるの!」


 冬華が声を上げると、彼は足を止め顔を上げる。ここで、ようやく彼は冬華の存在に気付いた。敵意など無い純粋な眼が真っ直ぐに冬華へと向けられ、その口元に薄らと笑みがこぼれる。

 訝しげな表情を浮かべる冬華とクリスは顔を見合わせ、首を傾げた。



「いやー。助かりました」


 コップ一杯の水を飲み干し、男はそう告げた。赤紫色の髪を揺らし、穏やかに笑う男に、冬華とクリスは呆れた表情を向ける。

 ここまで、この男は手漕ぎボートを漕いで来た。おおよそ百キロ程離れた島から。ありえないが、船着場に船が着いた様子もなかった為、彼が言っている事は嘘ではないと冬華は思った。

 だが、クリスは疑いの眼差しを向ける。そんな彼女の眼差しに、男は苦笑し頭を掻く。


「アレ? もしかして、疑われてます? 僕」


 眉を曲げる男が困り顔で首を傾げると、冬華は苦笑する。


「あ、あの……。今の状況で疑わない理由があると思いますか?」


 呆れ顔で冬華が尋ねる。すると、その男は右手で頭を掻き「そりゃそうだね」と大らかに笑う。間が抜けていると言うのか、空気を読まないと言うか、どうにも掴み所が無く、冬華はただただ目を細める。

 穏やかな表情の男に、クリスは不満げな表情を浮かる。どうして、冬華が彼に対し警戒心が無いのかクリスには分からなかった。

 腕を組み訝しげな表情を浮かべるクリスへと男は目を向け、手に持ったコップを差し出す。


「もう一杯、水を頂けますか?」

「ふざけてるのか? お前」


 クリスは拳を握り締め、額に青筋を浮かべる。しかし、そんなクリスへと冬華はにこやかに答える。


「クリス。お願い」

「えっ? わ、分かりました……」


 一瞬、クリスは嫌な顔を見せた。だが、すぐに男の手からコップを受け取り、調理場へと向かった。

 クリスを見送り、男は静かに息を吐き、穏やかな表情を冬華へと向ける。

 二人の視線が交錯する。濁りの無い純粋な瞳を見据え、冬華はニコッと笑みを浮かべた。


「私は、白雪冬華です。あなたは?」


 優しく冬華が尋ねると、その男は慌てて立ち上がる。


「僕は、レッド。勇者って呼ばれてるよ」

「…………えっ?」


 レッドの突然の発言に、冬華の表情が引きつり、身を引く。蔑む様な眼差しに、レッドは苦笑し右手で頭を掻く。以前にもこの様な反応をされた事を、レッドは思い出していた。その為、すぐに慌てて訂正する。


「い、勇ましい者で、勇者ですよ! 決して、危ない人じゃないですからね!」

「そ、そうですか……」

「ちょ、な、何で、急にそんなに余所余所しくなるんですか!」


 半歩下がった冬華に、レッドは慌てて叫ぶ。

 完全に他人行儀で余所余所しい。しかも、その視線は明らかにドンドン冷めていく。

 その為、レッドは必死に「違うんです、違うんです」と、何度も叫び、両腕を振り説明する。自分の父が十五年前の英雄戦争で、そう呼ばれていた事、自分がその称号を受け継ぎ旅をしている事などを。

 その必死の説明に冬華は表情を引きつらせながら、「わ、分かったよ」と半信半疑ながら納得した。

 クリスが戻ってきたのは丁度その説明が終わった頃だった。

 その後、また一連の流れの様にこのやり取りが繰り返された。今度は冬華では無くクリスが、彼の「勇者」発言に引き、レッドはまた必死に説明する事となった。冬華はそんな光景を見てただただ笑っていた。

 結局、それだけで、一時間以上も無駄に費やし――


「はぁ……なんだか、疲れました……」


 ため息を吐き、レッドはガックリと肩を落とす。その目が僅かにうつろだった。流石に、二度も同じ説明をするのは辛かったらしく、その表情は暗い。

 苦笑する冬華は、少々レッドを哀れに思う。一方で、クリスは呆れた眼差しを向ける。


「恥かしくないのか? 自分で勇者とか言って?」

「い、いや、だから、僕は自分からではなく……て、もういいじゃないですか! この話は!」


 顔を真っ赤にして怒鳴るレッドに、クリスは「しかしなぁ」と、不満そうな表情を浮かべる。やはり、勇者と自分で言っている辺りを、クリスは信用出来ないのだ。

 元々、クリスも勇者と言うモノは知っていた。過去の資料にも、英雄と共に旅をしたメンバーの中に勇者と言う役職があったのを記憶している。ただ、それが、勇ましい者で勇者などとは、クリスも予想はしていなかった。

 呆れた様にため息を吐いたクリスは、腕を組みジト目をレッドへと向ける。その眼差しに、赤紫色の髪を掻くレッドはただただ苦笑した。


「それより、どうしてレッドはここに?」


 唐突に冬華が疑問をぶつける。エルドも言っていたが、ここは魔族の島。人間が進んで来たがる様な場所ではない。しかも、手漕ぎボートで来るなど、絶対にありえない。そう冬華は思っていた。故に、その目は疑いの眼差しだった。

 困り顔のレッドは、小さくため息を吐き、渋々と言う感じで語りだす。


「僕がこの島に来たのは、調査の為ですよ」

「調査? 一体、何の調査だ?」


 腕を組んだままクリスが尋ねる。すると、レッドは右手の人差し指を立てた。


「緑の雨についてです」


 レッドの言葉に冬華もクリスも表情を変え、口を噤む。二人の様子を見るまでも無く、レッドは静かに言葉を続ける。


「昨夜も降っていた様ですね。僕の調査では、あの雨が降った場所は三箇所」

「さ、三箇所!」


 驚き冬華が声を上げる。クリスも声は上げないモノの驚いた表情をしていた。

 大きく一度頷くレッドは「そうです」と小さく口にし、また言葉を続ける。


「ただし、降ったのはこの大陸だけ。そして、降ったのはまるで狙った様に、魔族の領主が治める島ばかり」

「ちょっと待て。その言い方だと、まるで誰かが狙ってあの雨を降らせている言い方だな」


 訝しげな表情でクリスが尋ねる。その目は真剣で、レッドの顔をジッと睨む。実際にクリスが見てきたわけじゃない。だから、実際に別の島で降っているかなど分からない。しかし、現にこの島では降った。それが、もし、故意に行われているとすれば、それは誰かが人間と魔族を争わせようとしている。そうクリスは考えていた。

 その答えに行き着いたのはクリスだけじゃない。冬華も一緒だった。だから、真剣な顔で考え込む。


「その事については、僕もまだ良く分かりません。

 ただ、それを故意で行っている者が居る。その可能性はゼロでは無いでしょう」


 レッドも確証が無い為、不安げな表情だった。だが、それでも、口調は強い。この緑の雨の現象には必ず裏に何者かの存在があると、レッドは直感していた。これでも、彼の直感は良く当たる。この島に来たのも、生存者が居ると言う直感からだった。

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