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ゲート ~白き英雄~  作者: 閃天
クレリンス大陸編
85/300

第85話 ガルド島

 船はガルド島の港に停泊していた。

 人の気配が薄い港。その出入口には大きな関所があり、門は堅く閉ざされていた。

 港に停泊する船は、冬華達が乗ってきた船一隻だけ。他には何も無い。漁船も客船も、軍船も。

 異様な空気が漂うその港に冬華はゆっくりと降り立つ。静かな足取り、落ち着いた面持ちで。僅かながら警戒していた。ここが魔族の治める地であるのは分かっているから。幾ら、人間と友好的とは言え、この島に居る全ての人がそうとは限らない。

 冬華に続き港に降り立ったのはシオ。のん気に欠伸をし、頭の後ろで手を組んでいた。それでも、耳は澄ませ、辺りを窺う。しかし、さざ波の音しか聞こえない。嗅覚も潮の香り以外何も感じない。

 僅かな違和感。それを感じ、シオは表情をしかめる。

 その後に続き、クリスと水蓮が降りた。それと同時に、船は足場を引き、ゆっくりと沖へと動き出す。まるで、ここに長居はしたくないと言う様に。

 怪訝そうな表情を浮かべるクリス。彼女の目が真っ直ぐに船を見据え、やがて関所の方へと向けられた。関所にも人が居る気配は無く、困った様に息を吐く。

 なるべくなら、陽のある内に宿を探したい。そう考えていた。


「どうする? これから」


 先頭に居る冬華がそう呟く。人の居ない港。目の前には堅く閉ざされた関所。困り果てていた。


「どう……しましょうか?」


 クリスが困り顔で答える。


「とりあえず、ぶっ壊すか?」


 拳を握るシオが、ニッと歯を見せ笑う。


「だ、だだ、ダメですよ! そんな事しちゃ!」


 慌てて止めに入る水蓮。シオの握った拳を右手で握り、僅かに肩を上下に揺らす。

 あまりの慌てっぷりにシオの表情が引きつる。もちろん、彼は冗談のつもりだったのだが、まさか本気にされるとは思わなかった。


「と、とにかく! ここで、騒ぎとか起こさないで下さいね!

 シオ殿は獣魔族ですが、私達は人間で、あんまり歓迎されてないんですから」


 真剣な顔でシオへと忠告する。

 その迫力にシオは「へぇーい」と静かに返事をした。流石に冬華に迷惑はかけられないと、彼も自覚はしているのだ。

 そんな二人のやり取りに苦笑する冬華。その横に並んだクリスは閉ざされた関所を見上げる。腕を組み、頭の後ろで留めた銀髪を揺らす。鼻から静かに息を吐くと、眉間に険しくシワを寄せた。


「おかしいですね。関所に人が居ないなんて」

「もしかすると、人があんまりに来ないからサボってんじゃないかな?」


 深刻そうなクリスへと冬華は冗談交じりにそう告げる。顔の横で右手の人差し指を立てながら。満面の笑み。だが、それも次第に引きつる。流石に、こう言う冗談はよくなかっただろうかと。

 一応、クリスもそれが冗談だと言う事は分かっている。だが、根が真面目な為、


「そうですね。その可能性もあるかもしれません」


 と、冷静に答えた。

 ぎこちなく「そ、そうだよねー」と小声で呟いた冬華は、目を細め額から僅かに汗を零す。スベッた。明らかに。この場を和ませようと頑張った結果。ただ冬華の心に深い傷跡を残した。

 胸を持ち上げる様に腕を組むクリスが、ゆっくりとシオの方へと体を向ける。その行動に、シオは不快そうな表情を見せた。


「何だよ? 今日はまだ何も悪い事してねぇーぞ?」

「今日はって……いつもはしてるんですか?」


 隣りに並ぶ水蓮は苦笑し横目でシオを見据える。船での移動中。シオは何度もクリスに怒鳴られていた。その原因は、彼が精神統一の後に、体の調子を確かめると暴れまわるからだ。しかも、その際に必ず何かを破壊する。床、壁、手すり、危うく船を沈没させてしまう所だった。きっと、あの船は二度と自分達を乗せないだろうと、クリスは内心思っていた。

 しかし、彼女の体がシオに向いたのはそんな事ではない。


「シオ。聞こえるか? この向こうの声?」


 真剣な表情で、静かに尋ねる。その声に、シオは気付く。船を降りてすぐに感じた違和感に。そして、その表情はいつになく真剣な表情に変った。

 シオの変化にクリスは険しい表情を見せ、静かに冬華の肩を掴む。


「えっ? 何?」

「冬華。下がってください」


 静かにそう告げる。何がなんだか分からず、冬華は「えっ? えっ?」と不思議そうな声をあげた。息を呑むクリスとシオ。その視線は真っ直ぐに関所へと向く。

 シオが感じた違和感。それは、声だった。ここに降りてから一度も声を聞いていない。もちろん、冬華やクリス、水蓮の声ではない。この島に住んでいるはずの人々の声を。

 何かが起こっていると直感し、身構える。小さい島とは言え、このガルド島には千人弱の魔族が住んでいる。それなのに、一つの声もしない。しかも、関所には誰も居ない。

 二人の様子に冬華と水蓮も辺りを警戒する。何の気配も感じない。冬華を下がらせ、前へと出るクリス。その手に一歩の剣を呼び出すと、それを腰の位置で構える。

 精神力を集中するシオ。左膝の痛みを消す為、その精神力を左膝に集める。

 水蓮も意識を集中し、いつでも瞬功が使える状態。皆が警戒し、次の行動に備えていた。


「どうする?」


 左膝へと精神力を纏わせたシオが、静かに尋ねる。


「とりあえず、ここを破って、向こうを確認してみないと……」

「ですが、もし、私達の勘違いなら、これは問題になりますよ?」


 不安げな水蓮。信用していないわけじゃないが、問題になるのは避けたかった。


「だからって、このままってわけにもいかないわよ。

 もし、何かが起こっているなら、私達は助けないと」


 当たり前の様にそう告げる冬華。その言葉にクリスもシオも小さく頷く。冬華がそう言う人だと言うのは重々分かっていた。だから、クリスは剣を振り上げ、シオは拳を腰へと構える。

 関所の門。一応、それは鉄で作られていた。どれ位の分厚さなのかは分からないが、おそらくちょっとやそっとの力では破る事は出来ないだろう。

 だが、二人は同時に踏み込む。そして、放つ。クリスは迅速の一太刀を。シオは高速の突きを。凄まじい衝撃音が轟き、鉄の門が窪み、裂ける。窪んだのはシオの放った突き。裂けたのはクリスが放った一太刀。

 音を立て前方へと倒れる二つの鉄板。その厚さは十センチ程で、重量感のある大きな音を立て土煙を巻き上げた。


「ふぅ……」

「さぁ、行きましょう」


 シオが静かに息を吐き、クリスは淡々とそう告げた。

 唖然とする冬華と水蓮。確かに二人が強い。だが、一発の突きと、一太刀でこの鉄の門を破壊するとは思わなかった。

 舞う土煙。その向こうに広がる町並み。リックバードと同じく紅桜の木が薄紅色の花びらを舞わせる。同じ空気。同じ雰囲気。立ち並ぶ建物もリックバードと同じく和風。静かなその場所に漂う異様な臭い。その臭いにいち早く気付いたのはシオ。表情を歪めすぐに叫ぶ。


「全員、下がれ! 血の臭いだ!」


 その声に、先頭に居たクリスがバックステップ。遅れて、冬華と水蓮。そして、最後にシオが吹き飛ぶ。衝撃を体に受けて。


「うがっ!」


 横転し、激しく地面を転げる。揺らぐ土煙に開いた一つの穴。それが、ゆっくりと塞がる。


「シオ!」


 冬華が振り返る。横転していたシオは、動きを止め、体勢を整える叫ぶ。


「オイラは平気だ! 前だけを見ろ!」


 シオの怒声。その声に、冬華は視線を前方へと戻す。土煙の向こう。薄らと影が浮かぶ。数人の影が。そして、魔力波動。刹那に、クリスが叫ぶ。


「魔術だ! ここから離れろ!」


 クリスの声。それに遅れ、轟く。


「ウェーブカッター!」

「ウィングスピア!」


 土煙が裂け、水の刃が波の様に幾重にも重なり、鋭い風の槍が無数に飛ぶ。

 右へと飛び退く冬華。

 左に跳んだクリス。

 瞬功を使用し、跳躍する水蓮。

 身を伏せるシオ。

 四人の間を抜ける激しい水の刃と風の槍。冬華達の遥か後ろで爆音。そして、爆風。土煙が舞い、水飛沫が降り注ぐ。

 息を呑み、体勢を整える冬華。その光景を目の当たりにし、瞳孔を広げる。殺意の込められた本気の攻撃。人間だから歓迎されていない。それは分かるが、いきなり。そう思い、激しい怒気を込め視線を戻す。


「いきなり、何するのよ! 失礼じゃ――」


 ここで、冬華は言葉を呑んだ。土煙の向こうから姿を見せた数人の魔族に。


「な、何……あれ……」


 驚く。緑色に変色した肌に。開かれた口から零れ落ちる唾液に。虚ろな眼差しに。

 この光景を以前に見た事があった。あの氷河石を採りに行った時、あの魔族の集落で。荒れ狂うケルベロス。そして、イリーナ城前で起こった暴動時の兵士達。彼らの状態に似ていた。

 心音が激しく脈打つ。嫌な予感が頭を過ぎる。だから、自然と冬華の表情は強張る。また、あの力を――。

 その冬華の気持ちにシオは直感し、叫ぶ。


「冬華! 何も考えんな! オイラ達がどうにかする!」


 すぐ立ち上がり、地を蹴る。思い返される記憶。イリーナ城にこだました冬華の呻き声。胸に刻まれたあの時の覚悟。

 シオが飛び出し、視線はクリスへと向く。彼女と僅かに視線が交錯。その瞬間、彼女は小さく頷く。先程の言葉と、今の視線で彼女も理解し、走る。その剣を腰の位置に構えて。

 遅れて、跳躍していた水蓮が低い体勢で着地。左膝が硬い地面に落ち、右足ふくらはぎに力が篭る。着地の衝撃に奥歯を噛み締め、すぐに顔を上げる。視線は正面。土煙の向こうから姿を見せた数人の魔族へと。


(瞬功の効果はあと三分……。いざとなれば強制的に……)


 小さく頷き、水蓮も地を蹴る。

 左からクリス。右からシオ。そして、正面から水蓮。三人が一気に迫る。十人ほどの魔族。

 四人の尖った耳。これは魔人族。

 三人の獣耳。それは獣魔族。

 残り三人は耳の付け根から角を生やした者。おそらく龍魔族。その龍魔族が大きく息を吸う。

 その音に異変を感じるシオ。何かをする気なのだと直感。そして、叫ぶ。


「気をつけろ! 何かする気だ!」


 その声にクリスも水蓮も加速する。だが、三人の目の前に立ちはだかる獣魔族。どの獣魔族も皆分厚い筋肉で覆われた体を揺らし、あわせた様に右拳を振りかぶる。


(くっ!)

(まずい!)

(瞬功解除!)


 シオが表情を歪め、クリスが眉間にシワを寄せる。そして、水蓮はすぐに瞬功を解く。三人の足が同時に止まり、後方へと飛ぶ。遅れて、振り下ろされる。三人の獣魔族の拳。それが、地面へと突き刺さり、衝撃音が広がる。

 地面に亀裂が生じ、僅かな間を空け砕ける。砕石が土煙と共に舞い、三人の道を塞ぐ。


“ガアアアアッ!”


 遅れて轟く咆哮。それが、衝撃を生み、舞う土煙を貫く。土煙に開いた風穴。直後に三人を襲う衝撃。シオ、クリス、水蓮の順に後方へと弾かれる。

 小柄な水蓮の体が大きく宙を舞う。

 シオは手を着きバク転し、体勢を整える。

 両足を踏ん張り、何とか踏みとどまるクリス。それでも、衝撃で上体は仰け反る。

 地面に激しく背中から落ちる水蓮。


「水蓮!」


 冬華が振り返り、叫ぶ。


「かはっ!」


 咳き込み、鮮血が吐き出される。

 堅固。それを使用する前にブレスが直撃。元々、打たれ弱い水蓮に、この一撃は致命的だった。龍魔族のブレス。その破壊力はそれ程強力だった。

 本来、うたれづよいはずのシオも、剣で咄嗟に防いだクリスでさえも、その膝を落とす。口元から僅かに血を流して。

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