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ゲート ~白き英雄~  作者: 閃天
クレリンス大陸編
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第80話 母の思い出

 夕刻。

 クリスはギルドを出た。その手に幾つかの書物を持って。それは、このギルドの倉庫にある貴重な書物。ギルドに認められた者、それなりの功績を納めた人にのみ貸し出しが許されたモノ。

 クリスが何度もギルドに足を運び依頼をこなしていた理由。それは、功績を残しギルドに認められる為。そして、この保管された貴重な書物を借りる為だった。もちろん、金銭を集めると言う目的もあったが、それはついでだった。

 クリスが借りた書物は計五冊。

 一冊目はこの大陸の歴史。何故、大陸の半分以上が海に沈んでしまったのかと言う疑問。一番の理由はそれだ。他にも色々と気になる所はあった。その為、過去に英雄として異世界から召喚された者がいるんじゃないかと思ったのだ。

 二冊目は召喚術について。冬華を元の世界に帰す為にも、どのような術式があるのかなどを詳しく知る必要があった。

 三冊目。これは伝記。この国に伝わる伝説的な話が書かれた小説の様なモノだ。歴史書には載っていない都市伝説の様な事が書かれている。この様な本には時折重大な事実が書かれている事がある。と、言っても九割がた、ただの作り話だったり噂に過ぎない。それでも可能性があるなら調べるべきだろうと考えたのだ。

 四冊目に、この世界について書かれた伝記。十五年前の英雄戦争の事。三人の魔王の事。色々知らなければならないと、クリスは考えた。

 最後に五冊目。これは、クリスの母が手がけた小説。ただ一輪の花の様に。彼女の母の最初の作品。何故、それがこのギルドに保管されていたのかは定かではない。だが、これはクリスが生まれる前に母が書いた物語。

 幼い頃に母から聞かされた事があった。クリスの事を思いながら書いた小説が私の最初の作品だと。評価される事無く、消えていたと笑っていたが、こんな所で見つけるとは思ってもいなかった。

 その時の母の顔を思い出しクリスは思わず涙ぐむ。だが、それを右手の甲で拭い宿へと戻る。

 部屋へ戻るとまだ明かりは灯っていなかった。冬華もシオも戻ってきていない。その為、クリスは書物をテーブルへと置き、頭の後ろで留めていた髪を一旦解く。ふわっと長い白銀の髪が落ち、軽く頭を振ると流れる様に揺れた。美しく揺れる銀髪をクリスはお下げにし、メガネを掛け椅子へと座る。

 まず最初に手に取ったのは母の手がけた小説。古びた茶色の表紙に描かれた色あせた一輪の花。ツボミなのは、まだ生まれていないクリスへと言う事なのだろう。

 表紙に右手を添え、瞼を閉じる。母の顔を思い出す。今は亡き母の顔を。どんな気持ちでこの本を書いたのかと、考えると涙がこぼれそうになる。それを堪え、ゆっくりとその本を自分の額に押し付けた。暫くそのままクリスは本の匂いを嗅ぐ。埃臭さとインクの匂いしかしないが、それが懐かしかった。母はいつもインクの匂いをさせていた事を思い出す。

 それから、クリスは静かにその小説を読んだ。色々と未熟な文体だが、それでもその文字の使い方が母のモノだとすぐに分かった。それを見た瞬間にクリスの目から自然と涙が零れ落ちる。特別泣けるストーリーではないが母の事を思い出した。

 一旦本を閉じ、クリスは泣いた。ただただ泣いた。母の事を思い出し、ひたすら泣き続けた。そんな彼女の声は部屋の前まで聞こえていた。

 部屋の前でドアノブを握る冬華。少し前に宿に辿り着き、部屋に戻ろうとした時にクリスが泣き出した。その為、冬華は複雑そうな表情を浮かべる。いつも凛としているクリスも自分と変らない女の子なのだと。

 冬華の後ろでシオも俯いていた。複雑そうな表情で静かに息を吐き、冬華の肩へと手を乗せる。振り向く冬華へと首を小さく振る。今はそっとしておこうと言うシオの仕草に、冬華も小さく頷く。暫く一人にしてあげようとドアノブから静かに手を離し部屋の前を後にした。

 数十分程泣いたクリスは涙を拭い、静かに息を吐く。自分の心を静める様に。落ち着きを取り戻し、母の書いた小説を静かにテーブルへと戻す。赤くなった目。それを別の本へと向けた。今、この小説を読むとまた泣き出しそうだと思い、別の本を先に読む事にしたのだ。


「さて……何から読むか……」


 僅かに掠れた声で呟き、テーブルに置かれた本を一冊手に取った。この大陸の歴史が書かれた本。分厚いその本の背表紙を見据えるクリスは小さく吐息を漏らすとそれを開いた。



 数百年前。この大陸は大きな一つの大陸だった。

 一人の国王がその大陸を統括し、大きな権力と強い戦力を保有する国。唯一、当時ルーガス大陸を占めるただ一人の魔王グリビスと、対等に戦う力を持つ国だった。

 しかし、彼らは決して魔王グリビスと戦おうとはしなかった。彼らは魔族とも共存できる。そう信じていた。故に、強大な力を持ちながらも、頑なに争う事はせず、魔王グリビスに和平を求めていた。

 一方で、魔王グリビスもまた、同じような考えをしていた。人間と共に生きるべく道もあるはずだと。そして、彼は決断を委ねる。自らの三人の子供達に。世界を知り、人間を知る旅へと行かせる事にしたのだ。

 この時、旅立った三人。一人は北の大陸へ、もう一人は南の大陸へ、最後の一人はここクレリンス大陸へ旅立った。

 北に向かった龍魔族の血を引く者は、目の当たりにする。その残酷な光景を。人間が魔族に行う非道な行いを。だから、彼は戦う道を選び、北の大陸に魔族を守る為、人間と戦う為に魔族だけの国を創り上げた。

 一方、南へ向かった獣魔族の血を引く者は、豊かな自然に心を癒され、その自然の中で暮らす事を決める。そして、小さな国を立ち上げた。それは、彼が自由を好み、自由に生きたいと言う表れからだった。

 最後にここクレリンス大陸へと渡った者。魔人族の血を引くその者は、女性だった。彼女はこの国の王の妃として迎え入れられたのだ。美しく誰にでも優しく、魔族でありながら人間からも好かれる不思議な人物だった。



 クリスは静かに本を閉じる。すでに百ページ程読んだ。冒頭に長々と著者の自慢話の様なモノが入っていた為、未だにコレだけしか本文は読み取れていない。

 メガネを外し、目頭を押さえた。不意に立ち上がったクリスは窓の外へと目を向ける。夕焼け空はいつしか暗く星が無数に彩っていた。テーブルに置かれたランプの火がクリスの吐いた吐息で僅かに揺れる。

 静かな室内に突如「ぎゅぅぅぅっ」と小さな音が鳴った。クリスの腹の虫が鳴いたのだ。朝からギルドで仕事をこなし、昼はギルドの倉庫で本を探していた。その為、今日はまだ何も食べていなかった。左手でお腹を押さえるクリスは、机へと突っ伏すと深く吐息を漏らす。


「お腹が空いたぁ……。冬華は何処に行ってるんだ?」


 弱々しい声。流石にお腹が空いているとあって、腹から声を出す事が出来なかった。目を細め、「うぅーん」と声を漏らすとそのまま顔を伏せ、篭った声で「とーかー。早く戻ってくださーい」と嘆いていた。

 冬華とシオが部屋に戻ったのはそれから一時間後の事だった。


「ご、ごめん。遅くなって」


 両手を合わせる冬華。シオは全く気にした様子は無く、テーブルに料理を並べる。本を片付けるクリスは、肩を僅かに落とし苦笑し冬華へと顔を向けた。


「だ、大丈夫ですよ。しかし、今日はやけに豪勢なんですね」


 テーブルに並べられる料理にクリスは僅かながら驚いていた。

 これは、冬華とシオが彼女を元気付けようと無理して買ったモノだ。資金の方は少なかったがそれでも何とか交渉しやすくしてもらった。この手の交渉が得意の冬華。テーブルに並ぶ料理は全て定価の十分の一の値段で買ったモノだ。

 料理を並べ終えたシオは交渉している冬華を思い出し、呆れた顔をする。アレは交渉と言うよりも強引に値引きさせたと言う方が正しい。それでも、店の主人は嫌な顔一つしておらず、「お嬢ちゃんには負けたよ」と嬉しそうに笑っていた。

 これも冬華の魅力の一つなのだろうと、シオは静かに息を吐き笑みを浮かべた。


「さっ! 食べようか!」

「そうですね」


 テーブルに並んだ料理を前に、三人は椅子に腰掛ける。

 焼き魚、オニギリなど、和風の料理が並ぶ。やはり、ここは何処か日本に似ていた。主食もゼバーリック大陸ではパンだったが、ここではご飯。味付けも味噌やしょう油などが主流となっていた。

 竹筒で出来たお椀。それに豆腐の入った味噌汁が注がれ、大きな葉を皿代わりにして焼き魚とオニギリが並ぶ。梅干やたくあんなどの漬物も並んでいた。

 シオとクリスにとっては初めて見る食べ物もあり、僅かに困惑した表情を浮かべる。シオはこの大陸に来るのが初めてで、クリスも前に来た時はそこまで長く留まらなかった。その為、この辺の食事に関しては全く知らない事ばかりだった。


「え、えっと……これは……」


 クリスが恐る恐る右手の人差し指と親指で黄色いたくあんを摘み上げる。すると、冬華はえへへと笑い説明する。


「それは、たくあん。漬物で、美味しいんだよ?」

「つ、漬物?」


 この国では漬物と言う文化があるらしい。しかし、クリスが知らない所を見ると他の大陸ではやはり漬物と言う文化は無い様だった。困った表情を見せる冬華は、とりあえずたくあんを一つ摘み口へと運ぶ。コリッコリッといい音をたてるたくあんに、クリスの表情は更に険しくなる。


「た、食べれるんですか?」

「あ、当たり前でしょ……」


 クリスの言葉にジト目を向ける冬華。今、実際に目の前に食べたじゃないと。そんな眼差しを向け苦笑していると、突然「ひやぁぁっ!」と言うシオの声が響いた。


「ど、どうした?」

「んんんーっ!」


 言葉にならない声をあげるシオは、更に盛られた赤いシワくちゃの丸いモノを指差す。それを見て冬華は口を押さえ笑う。彼女のその表情にクリスとシオの怪訝そうな顔が向けられた。


「ふふっ。これは、梅干。すっぱいけど、好きな人は好きなんだよ。私はちょっと苦手だけど……」

「さ、先に言えよ……」


 口を窄めたままシオがそう呟き、冬華は「ごめんごめん」と、小声で謝った。その後、食事は終始和やかに進んだ。クリスもシオも、初めて食べるモノに少々戸惑いがあったが、それでも全てを平らげていた。

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