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ゲート ~白き英雄~  作者: 閃天
ゼバーリック大陸編
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第8話 本気の手合わせ

 朝を迎えた。

 あれからすぐに眠りに就き、気付けば朝日が部屋に差し込んでいた。

 上半身を起こし、ベッドの上でぼんやりする冬華は、眠そうな眼で、窓の外を見る。鳥のさえずりと、セルフィーユの寝息が耳に届く。セルフィーユは空中に浮かび可愛い寝顔を見せていた。そんな寝顔に思わず笑みをこぼした冬華は、ベッドから立ち上がると、窓の傍まで歩みを進める。

 ゲートに来て初めて迎える朝。清々しい程澄んだ空に、本当に異世界なのかと、疑いたくなる程だった。「んんーっ」と、伸びを一つして、「ほっ」と息を吐く。

 外から聞こえる掛け声に、不意に目を向けると、訓練に勤しむ兵士達の中にクリスの姿を見つけた。


「へぇー。こんな時間から……」


 と、言いかけがっくりと肩を落とした。


「て、今、何時か分かんないんだけど……」


 ため息を吐いた冬華は、いそいそと制服に着替えると、そのまま部屋を後にした。廊下を歩きながら、部屋にセルフィーユを残した事を、不安に思う。冬華以外の誰にも見る事は出来ないわけだから、何の問題は無いと思うが、目を覚ました時凄く驚く事だろう。驚いたセルフィーユの顔が安易に想像できた。


「大丈夫かなぁ……」


 目を細め、そう呟く。何人もの使用人とすれ違っては会釈する。有名人の大変さを感じながら、冬華は外へと出た。

 やや冷たい空気。草木の香り。異世界とは思えぬ程、変わらぬその感覚に、冬華は思わず笑みをこぼす。嬉しかったのだ。自分の世界とここゲートの空気が変わらぬ事が。だから、自然と足取りも軽くなった。

 掛け声のする方へと歩みを進める。掛け声がだんだん大きくなり、角を曲がるとすぐクリスの姿が目に入った。模擬刀を振るい、他の兵を圧倒するクリスに、冬華はただただ感心するしかなかった。

 そんな冬華の存在に、一人の兵士が気付き、そこから次々と他の兵士達に冬華の存在が知れ渡り、ザワザワとし始めた。その光景にクリスも異変を感じ、腕を止め訝しげに振り返る。


「一体、何をざわついて……と、冬華様!」

「あーぁ。冬華でいいよ」

「ど、どど、どうなさったんですか!」


 驚きうろたえるクリスに苦笑した。

 騒然とする兵士達。「あの副隊長が――」と、皆顔を見合わせる。

 苦笑しながら頬を掻く冬華は、とりあえずその場を収拾しようと、クリスの肩を掴んだ。


「クリス。落ち着いて。ほら、深呼吸!」


 冬華にそう言われ、ゆっくりと深呼吸を繰り返す。何度目かの深呼吸で、ようやく落ち着きを取り戻したクリスは、落ち着いた口調で、問う。


「どうしたんですか? こんな所に?」

「えっ、いや、ほら、私、ここに来たばかりだし、英雄だって言われてるけど、私の世界じゃこんな武器とか物騒なモノ扱った事無いし、色々見ておこうと思ってね」


 困り顔でそう答えた。すると、クリスは周囲の兵士達を気にしながら、小さくため息を落とす。

 期待に満ちた兵達の視線。それは、英雄である冬華と、副隊長であるクリスの手合わせが見られるかもしれないと、言う事への期待なのだろう。とは言え、武器を握った事の無い冬華と、手合わせをしようなどと、クリスが思うはずが無かった。

 そんな空気を察し、苦笑し続ける冬華に、クリスも困った表情を見せた。


「す、すいません。軽く、手合わせしてもらっていいですか?」

「えぇっ! ま、待って。わ、私、武器なんて……」

「大丈夫です。私も手は抜きますから」


 クリスが小声でそう言いニコッと笑みを浮かべた。この申し出に冬華は目の色を変えた。


「待って。そんな、八百長みたいな事、出来ない」

「えっ? ですが……」


 困った表情を浮かべたクリスに、冬華が何かを閃いた様にポンと手を叩いた。


「いっそ、本気でやらない?」

「な、なな、何を仰っているんですか!」


 突然の冬華の申し出に、驚きの声を上げた。戦いに関して素人の冬華に、本気でやりあう事など出来るはずが無かった。下手をすれば、英雄に怪我を負わせたとして、国を追放されかねない。だから、クリスも戸惑った。

 だが、笑顔ながらも、真剣な眼差しを向ける冬華に、諦めた様に吐息を漏らし、その申し出を受ける事にした。


「分かりました。ですが、本気でやると言った以上、手は抜きません」

「えぇ。私も、今の自分がどれ程ダメな奴なのかって、知りたいし、ここにいる人に、私は英雄なんかじゃないんだって、見せたいから」

「何を仰っているんですか? 冬華は、ここに来たばかりで、戦い方を知らないだけで、きっとすぐに私を追い抜いていってしまうでしょう」

「だと良いんだけど」


 苦笑しながら、冬華は壁に立てかけてあった棍棒を手に取った。何故、そうしたのか分からないが、不思議とそこに手が伸びた。棍棒を持った冬華に、クリスは一瞬不思議そうな顔をし、怪訝そうな表情を浮かべる。


「冬華は、本当にそれでいいんですか? 木刀でもいいんですよ?」

「いいのいいの。何か、コッチの方がしっくり来るから」


 木刀よりも棍棒の方が手に馴染んでいる様に感じ、冬華は何故かこれなら対等に戦えると思えた。

 扱った事も無い棍棒を片手で軽々と回転させ、次に腰の位置で器用に回転させる。その冬華の手付きに、クリスの表情も変わる。

 その瞬間悟った。本気で行かないと、負けると。


「では、これより、英雄様と副隊長の模擬戦を始めます」


 若い男の兵士が、場を仕切る様にそう告げる。冬華は右手に握った棍棒を腰の後ろに構え、クリスは二本の木刀を握り、堂々とした佇まいで冬華を見据える。


(あれ? 二刀流? でも、昨日は確か……)


 二本の木刀を握るクリスを目の当たりにし、不意にそんな事を思った冬華だったが、そんな考えはすぐに吹っ飛ぶ。開始を告げる様に、若い男の兵士が両腕を交差させ振り下ろすと同時に、クリスが冬華の間合いへと踏み込んできた。


「くっ!」


 何とか距離を取ろうと、冬華は後ろに飛んだが、それよりも早くクリスが間合いを詰め、右手の木刀を振り抜く。


「うっ!」


 木刀が冬華の左わき腹を捉え、ミシッミシッと軋む。だが、冬華の表情は僅かに歪んだだけで、それほど変化は無い。一方で、クリスは真剣な表情を浮かべたまま、後方へ飛び退き距離をとった。


「お見事です。棍棒を間に入れて致命傷を避けるなんて、初めて戦闘をした者とは思えぬ動きでした」

「お世辞なんて良いわよ。今の一撃、本物の剣だったら、私は真っ二つよ」


 そう言いながら、左わき腹の位置にとっさに立てた棍棒を構え直し、苦笑する。正直、ここまで凄いと思っていなかった。一撃の力強さは、そこら辺にいる男性とほとんど大差ないだろう。

 女性でありながら、そこまでの力を備えたクリスに、脱帽していた。だが、それ以上に驚いたのは、体が勝手に動くかの様にクリスの一撃を防いだ事だった。扱った事の無いはずの棍棒、自然と動く体。まるで、一度経験した事のある様な感覚だった。


「行きますよ。ボーッとしないでください」


 クリスの言葉で我に返ると、すでに目の前にクリスがいた。左腕が振られ、木刀が迫る。体が自然と反応し、左手に持っていた棍棒を、腰の位置で回転させ、右手に持ち替え防ぐ。が、すぐにクリスの右腕が振りぬかれた事に気付いた。

 だが、気付いた時には、激痛が体を襲った。


「うぐっ!」


 左わき腹をえぐる様に入った木刀。骨が軋む音が痛々しく耳に届く。冬華は吐血し、その場に蹲る。そんな冬華の姿に周囲に集まった兵士達は静まり返った。

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