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ゲート ~白き英雄~  作者: 閃天
クレリンス大陸編
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第79話 精神力と肉体強化

 冬華と水蓮の手合わせは数時間に渡り続いた。

 数分の休憩を決着が着く度に入れながら。すでに十戦程行っているが、現在二勝八敗と冬華が負け越していた。

 力とそのリーチでは冬華に分があるが、技術と俊敏性では水蓮に分があった。いや、それ以外も細かい点で色々と冬華は劣っている。そして、一番の優劣がついているのは、体力。

 数分と言う短い時間の休憩。それで体力が回復するわけも無く、すでに冬華の呼吸は乱れていた。額から溢れる大量の汗。それが、地面へと落ちる。

 それに比べて水蓮の方は殆ど呼吸は乱れていない。額には僅かな汗が滲むだけ。同等に激しく動いているにも関わらず、対照的な両者。体力に自信があるわけではないが、それでもここまで体力に差が出るとは思っていなかった。

 最近では早朝の鍛錬を怠っていたが、クリスと何度も手合わせをして体力はついていると思っていた。それだけに、この差に大きなショックを受けていた。

 大きく肩を揺らす冬華は、片目を閉じると苦しそうな呼吸を繰り返す。落ち着いた表情で冬華を見据える水蓮。その手に握る木刀を構え、ゆっくりと右足を前へと踏み出す。その動きに冬華も静かに足を前へと踏み出した。

 これで十一回目となる手合わせ。すでに冬華の敗戦は濃厚だが、それでも冬華の目は闘志を秘めていた。その為、水蓮も油断する事無く静かで淡々とした呼吸法で冬華を見据える。

 二人の足はゆっくりと動く。冬華は引き摺る様に土煙を舞い上げ、水蓮は静かな足取りで。二人の距離が徐々に狭まり、冬華の間合いに水蓮の足が僅かに踏み込む。だが、冬華は動かない。十回も手合わせをしている為、分かっていた。ここで突きを放っても届かないと。それに、無駄な攻撃が出来る体力も残っていなかった。だから、冬華は意識を集中し、全神経を研ぎ澄ます。

 張り詰めた空気。刺す様な冬華の眼差し。その眼差しに水蓮も今まで以上に全ての神経を研ぎ澄まし、精神力を体内へと圧縮する。

 ゆっくりと時は動き出す。静かに確実に。水蓮の足は冬華の間合いへと侵入する。睨み合い、お互い相手の動きを予測し動き出す。冬華は右へと跳び、水蓮は右手の剣を振りぬく。木刀が空を切り、水蓮は表情を強張らせる。読みが外れた。まさか、体力が底を尽き掛けている冬華が意味の無い行動を取るなど思いもしない。

 奥歯を噛み締め、冬華へと目を向ける。すでに冬華は次の行動に移っていた。右足でブレーキを掛け、激しい土煙を巻き上げる。そして、左足を踏み出す。槍はすでに引かれていた。いつでも突きが出せる状態。来る、と判断し、水蓮は防衛行動に移った。だが、次の瞬間、冬華の姿が水蓮の視界から消える。激しい土煙と「はわっ!」と言う声だけを残して。

 突然の事に驚く水蓮。何が起こったのか分からず目を白黒させる。その水蓮の足元で「ふぎゅぅぅぅっ」と言う声が聞こえ、水蓮は視線を落とす。そこに冬華は倒れていた。右足の踏ん張りが利かなかったのか、それともただ足を滑らせたのかは不明だが、冬華はうつ伏せに倒れ動かない。


「だ、大丈夫ですか? 冬華殿」


 恐る恐る心配そうに尋ねる。すると、冬華の頭がコクリと小さく頷き、ゆっくりと起き上がる。不満そうに頬を膨らせた冬華は、目を細め水蓮を見据えた。その口から小さな吐息を漏らし、唇を尖らせる。


「ぶーっ……水蓮って体格に似合わず体力凄すぎるよ」


 服についた土を払う冬華がそう言うと、水蓮は一瞬不思議そうな表情を見せた。だが、すぐにクスクスと笑う。ムッとした表情を浮かべ、冬華はパンパンとミニスカートの埃を払い、水蓮を睨んだ。その視線に水蓮はクスクスと笑い小さく頭を振る。


「ち、違いますよ。別に、冬華殿をバカにしてるわけじゃないんですよ」

「むーっ。じゃあ、どう言う事なの?」

「実は、私、反則をしてまして……」


 苦笑しそう口にする水蓮に、冬華は目を細め首を傾げる。反則をしたと言われても覚えが無い。手合わせ中に何かした様子も無かった。その為、冬華は訝しげな表情を浮かべ水蓮を見据える。

 苦笑していた水蓮はやがて真剣な表情を見せ、静かに息を吐く。両手を胸の位置まで挙げゆっくりと精神力を練りこむ。その手の平が薄らと光を帯び、冬華は小さく首を傾げる。それが何なのか分からなかった。

 水蓮はその手を握り腰の位置に移動させ、瞼を閉じ意識を集中する。拳を包む光りがゆっくりと全身へと広がり、その状態を維持する。静かに息を吐く水蓮は、ゆっくりと瞼を開く。


「今、私は精神力を全身にまとっています。この状態を維持し、この精神力を体内へと圧縮する」


 全身を包む光が弱まり、やがて消えた。いや、消えたわけではなく、その光が水蓮の体の中へと取り込まれたのだ。本来なら、練りこみ放出し技として繰り出す。それが、精神力を扱う時の流れだ。だが、水蓮が行っているのは全くの正反対。内へと取り込む事。

 腕を組み小さく鼻から息を吐く冬華は小さく首を傾げる。一体、何を行ったのかさっぱりわからない。そんな冬華の顔を見上げる水蓮は、笑みを浮かべる。


「この技は相手を攻撃する為のモノではなく、自分を強化する技なのです。今、シオ殿に教えているのもこの自らの肉体を強化する技です」


 その説明で冬華は納得し小さく頷く。そして、ポンと手を叩くと今までの手合わせを思い出す。確かに、水蓮は合間合間に精神力を練っていた。何か技を出してくるんじゃないかと警戒はしていた。しかし、何も無かった為その後は全く気にしていなかったが、まさかこんな行動を取っていたとは思わなかった。

 腕を組み「そっかー」と感嘆の声をあげる冬華は小さく何度も頷く。だが、すぐに「んっ?」と声を上げ不思議そうに水蓮を見据える。


「でも、普通、精神力を使っている方が疲れるんじゃないの?」


 当然の冬華の疑問。精神力は使えば減る。しかも、体力との関連性が強く、精神力を使えば体力もそれだけ消耗する事になる。それなのに、精神力を使っているはずの水蓮よりも、精神力を使っていない冬華の方が先に体力がなくなった。本来なら、精神力も使っている水蓮の方が先に疲れそうだが、一体どう言う原理になっているんだろうと。

 その当然の質問に対し、水蓮は「ふふっ」と含み笑いをし答える。


「実はですね。精神力を放出・撃ち出す技と違って、体内に留め強化する技は消費する精神力が全然違うんですよ」


 笑みを浮かべ、静かに説明する。

 放出し撃ち出す技はその精神力を魔力へと変換し、撃ち出すと言う作業をしなければならない。だが、必要な分だけ魔力に変えると言うのは難しく、どれだけ鍛えた人であっても必ず余分に精神力を消費してしまう。それ故、精神力を魔力に変換し放つ技は、疲れると言うイメージがもたれている。

 しかし、水蓮の行った肉体強化。その技は精神力を外に放出するのではなく、体内に圧縮する。しかも、肉体強化に用いるのは純粋な精神力。魔力に変換する必要が無い為、消費量を抑える事が出来るのだ。更に言えば、これは体内へと留める為、精神力が外にもれ出る事が無い。故に無駄に精神力を消費する事が無いのだ。

 簡潔な説明が終わり、冬華は「ほへーっ」と間抜けな声を上げた。一応、理解はしている。ただ、納得がいかない。それでも精神力は消耗している。だから、その分体力も失われているはず。それなのに水連には殆ど疲れは見えていない。自分と同じだけ激しく動いているんだから、それだけ体力は消費したはずだと。

 不満そうな表情を浮かべる冬華に、水蓮は静かに息を吐く。


「納得行きませんか?」

「うん。精神力の消費は抑えたけど、結局、私と同じだけ動いてるわけだから、私よりも体力があるって事でしょ?」

「いえ。そんな事無いですよ。多分、私の体力は冬華殿よりも少ないと思います」

「えぇ? 絶対嘘だ!」


 水蓮の言葉に猛抗議する。そんなのは絶対に嘘だと、大声を上げる冬華に、水蓮は苦笑する。


「確かに、冬華殿と同じ位動いてますが、それも結局精神力で強化しているので、体力はそれ程消費していないんです」

「でも、凄いスピードで走り回ってたじゃない」


 冬華は思い出す。素早い動きで冬華を翻弄する水蓮の姿を。


「アレは、瞬功しゅんこうと言って、俊敏性強化の術です。持続時間は数分程ですが、その間動くスピードは二倍から三倍程になりますね。

 ただし、その代償として力が半減します。素早く動けますが、一撃一撃の威力は小さくなってしまいます」

「でも、水蓮、地面砕いてたじゃない」


 冬華は思い出す。その木刀で地面を砕く水蓮の姿を。


「それは、剛力ごうりきと言って、攻撃力強化の術です。持続時間は瞬功と同じです。その間、腕力・脚力を強化。それにより、一撃一撃の破壊力が格段に上がります。

 しかし、その代償として防御力と言いますか、非常に打たれ弱くなってしまいます」

「えっ? でも、私の攻撃受けても何度も立ち上がって……」


 冬華は思い出す。なぎ払いで強打したはずの水蓮がすぐに立ち上がった事を。


「それも、堅固けんこと言う防御力強化の術です。持続時間は瞬功・剛力と同じです。その間、肉体を鋼の様に堅くし、全てのダメージを半減させると、言ったモノです。

 代償として、その俊敏性が失われてしまいます」

「むぅーっ……」


 膨れっ面の冬華。今、思い返すとそうだった。確かに、冬華の一撃を受けた後、水蓮の動きは鈍かった。単にダメージを受け、足にきているからだと思っていたが、そうではなかったのだとここでようやく理解する。

 ほかにも、素早い動きをする時は翻弄するだけで攻撃は殆ど行わず、攻撃を捌くだけ。そして、地面を砕いた一撃を放った時は、すぐに距離を取り間を置こうとしていた。

 説明されどうしてあの様な行動を取ったのかようやく理解する。全く違和感を感じさせず戦闘の流れも崩さず、その様な行動を取った水蓮に、冬華はただただ感心し驚かされていた。

 そんな冬華に、しゃがれた声が静かに告げる。


烈破れっぱと、呼ばれる術もあるがのぅ」

「お、お爺様! それは、禁術です!」


 突然告げられたお爺さんの言葉に水蓮がものすごい形相で振り返り睨む。その目にお爺さんは相変わらず「ほっほっほっ」と穏やかに笑う。そんなお爺さんへと目を向ける冬華は軽く首を傾げると、「烈破?」と不思議そうに呟いた。その言葉に水蓮は凄く嫌そうな表情を浮かべ目を伏せる。すると、お爺さんが代わりに答えた。


「烈破は瞬功・剛力・堅固。全ての効果を得る事の出来る術じゃ」

「ふぇっ? それって、凄い術ですよね? どうして、禁術に……」


 一瞬驚き、すぐに訝しげな表情を浮かべる冬華が首を傾げる。眉間にシワを寄せる水連は俯き静かに口を開く。


「確かに、全ての効果を得る事が出来ますが、それ故にリスクも高いんです」

「り、リスク……」


 水蓮のあまりの迫力に息を呑む。そんな冬華へと不安げな表情を浮かべる水蓮は、拳を握り締め肩を震わせる。この術に何か嫌な思い出でもあるんだろうか、と冬華は直感的に感じた。


「瞬発力、腕力、脚力、そして、防衛力。全ての能力が上がると言う事は、それだけ肉体に負荷が掛かる事になるんです。

 しかも、烈破の場合は消費する精神力も相当のモノ。使用者はその強大な負荷に耐え切れず壊れる」

「こ、壊れるって……じょ、冗談だよね?」


 苦笑し問い掛ける冬華に、水蓮は小さく頭を振った。その行動にそれが真実だと冬華は理解し、表情を険しくする。それが、事実だとすると、禁術とする理由も納得だった。危険過ぎる。肉体を強化する代わりに肉体を壊す術。認められるわけが無い。そんな危険な術が、正当な術だと。

 険しい表情を浮かべる冬華が俯き考え込む。その中で、水蓮は鋭い眼差しをお爺さんに向ける。そして、道場の中で精神統一を繰り返すシオの背を、お爺さんの体越しに見据え、静かに尋ねる。


「お爺様……。まさか、彼に――」

「そのまさかじゃ。ワシ等人間の肉体は耐え切れんかもしれんが、獣魔族なら――」

「自分の言っている事が分かっているんですか!

 それは、彼がどうなってもいい……そう言っているのと同じなのですよ!」


 食って掛かる水蓮だったが、その声にシオの静かな声が答える。


「強くなれるなら、オイラは何だってする。守るべきモノがある。守りたいモノがある。

 それに、獣魔族なら耐えられるかもしれない可能性があるなら、やってみる価値はある。

 どうせ、今のままじゃまともに戦う事も出来ないんだ。やってもやらなくても一緒だからな」


 静かで穏やかな声。すでに決意は固い。揺るがない。守るべきモノの為に自らを犠牲にしても良いと言うシオの強い意志。水蓮に、その意志を崩す事などできず、ただ硬く拳を握る事しか出来なかった。

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