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ゲート ~白き英雄~  作者: 閃天
クレリンス大陸編
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第75話 不死身の武者

 激しい衝撃で冬華の体は弾かれる。

 地面を転げ、右手に握った槍を地面に突き立て動きを止める。土ぼこりが激しく舞い上がり、地面には槍を突きたてた跡が線を描く。クリス、シオも同様に足元へと土ぼこりを舞い上げ動きを止める。その三人の視線先に一人の男が佇む。緑色の鎧に侵食され、不気味な声を上げる。緑色の鎧はその男の皮膚へ侵食し、その男の体と鎧が一体となりつつあった。

 息を呑む三人。クリスは二本の剣をその手に握り、頬から血を流すシオは拳を握り痛む左足に僅かに力を込め渋い表情を見せる。


「な、何だ……コイツ」


 クリスが呟く。突如として、コイツが現れた。紅桜を見ていた三人へと、瓦屋根から飛び降り切りかかってきたのだ。クリスは反射的に両手に剣を出し、相手に切りかかったが、武者はクリスの太刀を固い手甲で受け止め弾き飛ばし、続けて殴りかかろうとしたシオへと鋭く刃を振り抜いた。咄嗟に飛び退き距離を取ったが、それでもシオの頬には血が滲んでいた。

 そして、最後に冬華へと切りかかっていったのだ。何とか冬華も槍を出しその一撃を受け止めたが、体は軽々は吹き飛ばされ今の状態へと繋がる。

 得体の知れないその武者を囲い見据える三人は、不気味な印象を抱きながらも戦闘態勢に入った。


「シオ。足は大丈夫?」

「ああ。心配いらねぇー。お前は自分の心配だけしてろ」


 問い掛けた冬華に対し、乱暴な口調でそう告げる。僅かに表情を歪め、額に汗を滲ませるシオ。その口調と裏腹にその左膝には激痛が走っていた。殴りかかろうと踏み込んだ時に痛みがぶり返したのだ。それでも痛みに耐え確りと武者を見据える。

 冷静に状況を確認するクリス。その銀髪を揺らし、凛とした表情でジッと武者を見つめ、同時に冬華とシオの状況を見ていた。冬華に外傷は見当たらない。先ほどの一撃は完全に防いだのだと、安堵する。一方で、シオのその額に滲む汗と僅かに震える左足に、シオはこの先まともに戦う事は難しいだろうと険しい表情を浮かべた。

 静寂の中に舞い散る薄紅色の花びら。すり足で右足を半歩前へと踏み出す冬華は腰を低くし構える槍を引く。

 緊迫した空気の中で三人は様々な事を考えていた。互いに互いを心配しながら。

 そして、動き出す。武者が重い鎧を軋ませて。大きな物音を響かせて。


「シオ!」

「くっ!」


 狙いはシオ。武者も気付いたのだろう。シオの異変に。シオと正反対の場所に居た冬華は表情をしかめ、クリスへと目を向ける。だが、叫ぶ前にクリスはすでに動き出していた。


「掛かって来い! オイラが相手してやるぞ!」


 腰を落とし、両足へと重心を乗せる。左足へと走る激痛に、一瞬表情が歪む。だが、それでも奥歯を噛み締め倒れるのだけは堪える。この瞬間、冬華も悟る。すでにシオは走れる状況ではないと。だから、冬華も走り出す。シオの方へと向かって。

 だが、その時だった。武者は皆の動きを読んでいたかの様に急ブレーキを掛けると反転し、冬華の方へと体を向ける。


「なっ!」


 突然、自分へと背を向けた武者へと驚くシオ。


「くっ! まさか!」


 シオの方へと駆け出していたクリスも、その動きの遅れ上体を起こしブレーキを掛け向きを変える。だが、すでに遅い。武者は突っ込む冬華の方へと駆け出し、その手に持った刀を振り抜く。


「きゃっ!」


 突然の攻撃。前かがリになっていた冬華の体は大きく弾かれ、上体が伸びる。咄嗟に柄でその一太刀を防いだが、腕ごと槍を振り上げ、腹部が完全に無防備となっていた。


「しまっ――」

「疾風――……」


 奥歯を噛み締め、目の前の武者を見据える。不気味に輝くその瞳。そして、乾いた唇から聞こえたかすれた声。嫌な寒気が体を襲い、遅れて武者の手に持つ刀が不気味な光を放つ。


「冬華!」


 クリスとシオが同時に叫ぶ。だが、その瞬間、武者の声も告げる。


「――乱れ裂き!」


 腰の位置で構えられていた刀が素早く幾重にも放たれる。斬撃が――、疾風が――、冬華の体を衝き抜け、そのまま冬華の体を吹き飛ばす。爆音を響かせ、冬華の体は地面へと何度も叩きつけられ、激しい衝撃と大量の土煙を巻き上げ、中央広場に見えていた大きな紅桜の木にぶつかり、激しく薄紅色の花びらが散る。

 約百メートル程向こうで広がる衝撃と舞う土煙。驚くクリスとシオ。目の前で冬華が斬られた。自分達が守らなきゃいけないはずの冬華が。遅れて湧き上がる怒り。その怒りを最初に爆発させたのはシオだった。


「冬華ぁぁぁぁっ!」


 叫び、同時に地を蹴る。左膝の痛みなど忘れ、刀を携えるその武者へと向かって。

 声に気付き振り返る。だが、その武者の視界にシオの姿が入る事は無い。何故なら、振り返ると同時にその顔へとシオの右拳が叩き込まれたからだ。兜が砕け、鮮血が舞う。地面へと頭部から叩きつけられ、地面は大きく陥没し、大量の土が空へと舞う。大きく弾む武者の体。だが、その目はまだ死んでいない。不気味に輝き、両手を地面に着き後方へと飛びすぐに立ち上がる。


「くっ!」


 僅かに痛みが走る右拳。その拳には砕けた兜の破片が突き刺さり、血が滲み出ていた。飛び散ったのは武者の血ではなく、シオの血だったのだ。

 渾身の一撃を叩き込んだはずなのに、その武者は全くの無傷。痛みすら感じていないのか、ただ不気味な無表情の顔でシオを見据えていた。


「何なんだ! お前は!」

「伏せろ! シオ!」


 後方から聞こえたクリスの声に、シオはすぐに身を屈める。その頭の上を大きな刃が通過し、金色の髪の毛先を掠め、一直線に武者の体へと叩き込まれる。鈍い金属音が響き、火花が散った。そして、甲高い音を起て、その身に纏っていた鎧が砕ける。

 武者は両足を地に着けたまま滑る様に後方に吹き飛ばされ、その口角から僅かに血を垂らす。砕けた鎧。常人ならば大刀を直撃されれば真っ二つになるが、その砕けた鎧の向こうは全くの無傷だった。

 呼吸を乱すクリスは大刀を消し、その手に再び二本の剣を召喚し構える。


「どうなってる……。今、間違いなく手応えを感じたのに……」

「ああ。オイラもそうだ。凄いいい感じの手応えだったのに……」


 横並びに立つクリスとシオは怪訝そうな目をその武者へと向けていた。手応えはあったのに、全くの無傷。鎧が硬かったからと言えばそうかも知れないが、鎧を砕く一撃を受けて傷一つついていないのはおかしな事だった。

 険しい表情を見せる二人は、すぐに重心を落とすと構え、動き出す。


「シオ!」

「ああ。分かってる。次は技をぶちかます!」


 シオはそう告げ、拳へと精神力を込める。それを見届けクリスは上体を低くすると、一気に加速し武者へと迫った。両手に持った剣の刃を交差させ、右足を踏み込み武者へと突き出す。澄んだ金属が響き、火花が散る。交錯する刃へと武者の刀が振り下ろされたのだ。

 クリスの両肩へとのしかかる重圧。それにより、僅かにクリスの足は押される。


(な、何だ……この力は……)


 驚き奥歯を噛み締める。これでも力に自信があるクリスだが、何故だかその腕に力が入らない。まるで体力が奪われている。そんな感覚だった。

 奥歯を噛み締めるクリスの頭上で声が響く。


「離れろ! クリス!」


 その声にクリスはバックステップでそこから離れる。その影響により武者は前のめりになり、僅かによろめく。その瞬間、武者の体を影が覆う。

 ゆっくりと顔を上げると、その視線の先に月明かりを背に跳躍するシオの姿があった。


「これでも喰らえ! 獅子爪激ししそうげき!」


 シオの体から放たれる闘気から生まれる獅子の姿が、シオの背後へと浮かび、蒼い光を放つ左右の拳を一度ずつ突き出すと、その動作に鼓動する様にその背後に浮かんだ獅子も左右の腕を振り下ろす。放たれる三つの鋭利な衝撃。だが、それを予期していたのか武者は後方へと跳躍し距離を取った。


「チッ!」


 舌打ちするシオ。それに遅れ、鋭利な衝撃が地面へと突き刺さる。激しい爆音が響き土煙が舞い上がる。そして、地面には格子状の深い跡だけが残されていた。

 土煙の中に着地するシオは、表情を歪める。着地の衝撃で左膝の痛みを思い出す。奥歯を噛み締め震える左膝へと手を着く。


「シオ! 退け!」


 クリスの声が背後から聞こえ、シオは歪めた顔を上げる。目の前に迫る武者の姿が土煙の向こうに見え、シオは痛む左膝に力を込め横に飛ぶ。地面を転がるシオ、それに遅れて甲高い金属音が響く。

 交錯するクリスの右手に握った剣と武者の刀。火花を散らせ弾ける二人。クリスは続けざまに左手の剣を振り抜く。重々しく鈍い金属音と同時に火花が散る。右手の手甲で刃を防がれていた。そして、いつ持ち替えたのか分からないが、左手に握られた刀が下からクリスへと襲い掛かる。


「くっ!」


 身を仰け反らせ、刃をかわす。切っ先が僅かに前髪を掠め、美しい白銀の髪が舞う。目の前を散る銀色の毛を見据え、その向こうに見える不気味な顔の武者を睨む。だが、そこでクリスはある事に気付く。


(な、何だコイツ!)


 瞬間的にクリスは飛び退く。本能的に危険を察知したのだろう。それに遅れ、武者の刀が横一線に空を切り、鋭い太刀風だけを広げる。

 地面へと手を着き、勢いを殺すクリスは、呼吸を乱しシオへと視線を向ける。苦しそうに蹲り左膝を抱えるシオの姿に、クリスは小さく舌打ちをし武者へと目を向けた。

 クリスは目の当たりにした。こけた頬、窪んだ目。カタカタと上下する顎。それはもう生きてはいない。ただの屍だと言う事を。緑色に変色してはいたが、間違いなくあれは――。

 そう考えれば全ての説明がつく。シオが顔面を貫いた時の事、クリスが大刀で体を切り裂いた時の事。すでに屍だったから無傷だったのだ。

 眉間へとシワを寄せ、その生きた屍を見据える。どうすればいいのかを考え、クリスは一つの答えを出し、その手の二つの剣を消し大刀を取り出す。


「全てを焼き払う」


 大刀を振り上げ、精神力を練る。大刀が薄らと輝き、その刃を徐々に炎が覆っていく。その根元からゆっくりと。足元から吹き上げる熱風が、クリスの衣服を、髪を激しく揺らす。奥歯を噛み締め、大量の精神力を大刀へと注ぐ。漏れ出す精神力が光となり夜空に散った。

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