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ゲート ~白き英雄~  作者: 閃天
クレリンス大陸編
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第73話 水蓮のお爺さん

 悪党面の男達は呻き声をあげ地面に平伏していた。

 杖を地面に着く老人は、「ほっほっほっ」と大らかに笑い声を上げ、男達を見下ろす。

 唖然とする冬華。一分も経たず、全てを終わらせた老人。その動き、その一撃に見入った。恐ろしい程精確に男達の急所を突く一撃。しかも、どれも反応出来ない程の速度だが、ちゃんと手加減された一撃。故に、男達は蹲っている程度で済んでいるのだろう。

 目の前の光景にただ唖然とするだけの冬華へと、老人は体を向けわざとらしく腰を折ると「ほっほっほっ」とまた声をあげ笑う。


「いやいや。なんとも運が良い。勝手に倒れるとは」


 何事も無かった様に立ち去ろうとするその老人に蹲っていた水蓮がゆっくりと立ち上がり強い眼差しを向け怒鳴った。


「お爺様!」


 と、少々怒った様な声で。その声に老人はビクッと肩を跳ねあげ、静かに水蓮の方へと顔を向ける。穏やかな表情が、僅かながら引きつり、冬華はわけが分からず二人の顔を交互に見据えていた。

 暫く後、冬華は水蓮とそのお爺さんに連れられまた団子屋に居た。一緒に居る老人は、水蓮のお爺さんであり、水蓮の剣術の師範だと、冬華は説明を受けた。先程の悪党は元々剣術道場の生徒だったらしいが、あまりの厳しさに道場から逃げ出し、その技を使い悪さを重ねていた連中らしい。

 水蓮が手を震わせたのは恐怖からではなく、怒りからだったのだ。男達は水蓮の事を知らない様だったが、水蓮は確りと覚えていた。あの頬の十字傷を。自分の道場の技を悪行に使うその男達が許せなかったが、それでも剣を抜かなかったのは理由があった。それは、『どんな理由があろうと、無闇に相手を傷つけてはいけない』と言うのが道場の教えだったからだ。

 だが、水蓮のお爺さんはその教えを簡単に破り、四人組を伸してしまった。その行動に水蓮は不満そうな表情を浮かべ、団子を口に運んでいた。


「全く! お爺様が作った教えではないですか!」

「ほっほっほっ。相変わらず、頭が硬いのぅ」

「なっ! わ、私は教えを守っただけではないですか!」

「じゃから、頭が硬いと言うのじゃ」


 二人のやり取りに、串に刺さった団子を一かじりした冬華は一人苦笑していた。とても孫とお爺ちゃんと言う感じには見えないし、師範と弟子と言う感じにも見えなかった。それ程、二人のやりとりは面白かった。

 暫く、不機嫌な水蓮の小言が続いたが、お爺さんは全く気にした様子は無く、何を言われても「ほっほっほっ」と大らかに笑うだけ。その為、水蓮も諦めたのか小言は言わず黙って団子を食べていた。


「はぁ……。全く。私は未熟者です。あの様な者に一撃貰うとは……」


 肩を落とす水蓮が小声で呟く。そんな水蓮に対し、お爺さんは「ほっほっほっ」と笑い、ポンと右手で肩を叩く。その行動に水蓮のジト目がお爺さんへと向けられ、唇を尖らせる。


「お爺様。楽しんでませんか?」

「いやいや。未熟だと自覚がある事はいい事じゃが、あんまり根を詰めん事じゃな」


 と、言い終えると「ほっほっほっ」とまた大きく笑い、スッと席を立つ。


「ではっ、お勘定はここに置いとくでのぅ」

「あっ! お爺様! ちょ、ちょっと待ってください!」


 立ち去ろうとするお爺さんを追いかけようと、水蓮は立ち上がるが、すでにお爺さんの姿は見えなくなっていた。なんとも元気なお爺さんだと、冬華は苦笑する。小さく吐息を漏らし椅子へと戻った水蓮はガックリと肩を落とし、引きつった笑みを浮かべ、冬華の方へと視線を向けた。


「す、すみません。お恥ずかしい所を……」

「ううん。大丈夫だよ」


 両手を胸の前で振りそう言う冬華に、もう一度深々と吐息を漏らした水蓮は渋い表情を浮かべる。水蓮の悩みでもあった。もう隠居していい歳のお爺さんだが、今も尚現役を続けている。水蓮としては歳も歳なので、すぐにでも隠居して欲しい所だが、今の所お爺さんは止める気は無いらしく、今も尚現役で師範としていい弟子をスカウトして回っている。だが、自分が未熟なのを知ってる為、強く言う事が出来ないのだ。

 落ち込む水蓮の姿に、冬華は困った表情を浮かべる。何故、そんなに落ち込んでいるのか冬華は分からず、遠い目で空を見上げながら静かに団子を口へと運んだ。今日、何個目の団子だろう。もう沢山食べすぎて、お腹も一杯だが、それでもその団子の優しい甘さに冬華は小さく頷き笑みを零す。

 ゆっくりと過ぎる時の中、ようやく立ち直った水蓮が背筋を伸ばし深く息を吐く。その頃には皿に残っていたはずの団子は串だけになっており、その隣で冬華は鼻歌混じりで足をブラブラとさせていた。


「それじゃあ、そろそろ行きましょうか?」

「んっ? ああ。そうだね」


 微笑み掛ける冬華に、水蓮は困った様に目尻を下げながら微笑んだ。お代を払い、二人は団子屋を後にする。トボトボと足を進める。堂々と男らしく背筋を伸ばし足を進める水蓮の少し後ろを歩む冬華は、キョロキョロと周囲を見回していた。

 やっぱり、何処を見ても昔の日本の様な印象があり、江戸時代はこんな情景だったんだろうかと、思っていた。キョロキョロする冬華に気付いた水蓮は足を止めると、振り返り苦笑する。


「と、冬華殿。その様にキョロキョロしていますと、また迷子に――」

「ま、迷子じゃないもん!」


 水蓮の声を遮る様に子供の様に冬華が叫んだ。先程までキョロキョロしていたのに、迷子と言う単語に対し驚くほどの反応を見せる冬華に、水蓮は驚き目を丸くしていた。よっぽど迷子だと思われたくないのだと水蓮は苦笑し「そ、そうでしたね」と呟いた。

 むくれ面で水蓮の後ろを歩む冬華。頑なに迷子ではないと言い張る冬華を先導する水蓮は小さく肩を揺らして笑っていた。もちろん、冬華には気付かれない様に静かに。

 あまりにも面白かったのだ。子供の様な冬華の様が。そんな水蓮の背中をジト目で睨む冬華は小声で尋ねる。


「何か、変な事考えてない?」

「い、い、いえ……な、何にも……」


 問いに対し声を震わせ返答する水蓮に、冬華は一層頬を膨らす。肩を震わせる水蓮の姿に絶対笑っていると判断したのだ。むくれる冬華は眉間にシワを寄せる。

 と、その時、見知った声が呆れた様に冬華の耳へと届いた。


「何、変な顔してんだ?」


 幼さの残る低音の声へと視線を向けた。そこに居たのは金色の髪を揺らし、獣耳をピクッピクッと動かすシオだった。妙なモノを見る様に眉間にシワを寄せるシオは鼻をヒクヒクと動かすと、冬華の方にゆっくりと足を進める。


「な、何? 急に?」

「……お前、何か食ったろ?」


 顔を近付けそう告げるシオに冬華はビクッと肩を跳ね上げると引きつった表情を浮かべ、シオから視線を外す。その行動が、すでに何か食べましたと、言っているとも知らずに。ジッと眉間にシワを寄せたまま冬華の顔を見据えるシオに、水蓮は不審そうに首を傾げ左手で鞘を力強く握り、冬華の方へと顔を向けた。


「知り合いですか?」


 静かな水蓮の言葉に冬華は話を逸らす為に慌てて口を開く。


「う、うん! そ、そうなの! 彼は、私と一緒に旅をしてる魔族のシオ」

「ま、魔族……ですか……」


 マジマジとシオの姿を見据える水蓮の視線が頭の上の獣耳で止まる。そこで、水蓮はようやくシオが獣魔族であるのだと理解し、警戒する様に腰を僅かに落とす。

 中立国で、人間と魔族に隔たりが無いとは言え、見知らぬ獣魔族の存在に警戒を強めていたのだ。その水蓮の僅かな殺気に気付いたシオは冬華に向けていたジト目をゆっくりと水蓮の方へと向け、そのまま冬華へと尋ねる。


「で、コイツは?」

「え、えっと、彼は水蓮。散策してる時に出会ったの」

「ふーん……」


 水蓮の姿をジッと見据えるシオ。見慣れない和服姿にワラジを履いた水蓮の姿は何処か違和感の様なモノを感じていた。

 二人してお互いを警戒し観察する。重苦しい空気に挟まれ、冬華は苦笑しその場に止まる。沈黙は数分程だったが、それがとても長く感じた。誰から何かを言うわけでもなく、二人は自然と視線を外すとお互い警戒を解く。

 シオは水蓮の右手が震えているのに気付き、水蓮はシオの左足が震えているのに気付いて。

 小さく息を吐き冬華へと視線を向けたシオは、また鼻をヒク付かせ冬華を睨む。


「で、何食ったんだ?」

「な、何って……」


 視線を泳がせる冬華は惚ける様に「何だったかな?」と声をあげシオへと背を向けた。その行動に目を細めるシオは、不服そうな表情を浮かべ、


「一人だけずるいぞ! てか、何か食いに行くなら起こせよ!」

「い、いやだなぁー。別に、食べに行くつもりじゃなくて、散策してたらたまたまだよぉー」


 絶対にシオへと視線を合わせようとせず愛らしくそう返答する冬華に、唇を尖らせるシオは小さく吐息を漏らす。


「はぁ……まぁ、いいけどさぁ。資金少ないんだから、あんまり無駄遣いするなよ?」

「だ、だから、無駄遣いなんてしてないよぉー。ねっ、水蓮」

「え、えぇ……全面的に、私が出しましたから……」


 その水蓮の言葉に、シオの目の色が変わる。


「おい! どう言う事だ! 奢ってもらったって言うなら話は別だぞ!」

「な、なな、何言ってるのかな? お、おお、奢ってもらったなんてねぇ?」

「…………」


 呆れた眼差しを向ける水蓮は、困った様に右手で頭を掻くと、小さく吐息を漏らす。争い事を見るのは好きではなかった為、この口論を収める為に静かに口を開く。


「よければ、ご馳走しましょうか? 幸い、すぐそこが団子屋ですし」


 と。困り顔で告げる。その言葉にシオは先程まで警戒していたとは思えぬ程目を輝かせ「いいのか!」と嬉しそうに水蓮の顔を見据えていた。

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