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ゲート ~白き英雄~  作者: 閃天
クレリンス大陸編
70/300

第70話 冬華対クリス

 船がノーブルーを出航して二週間。

 穏やかな航海が続いていた。

 波も気候も穏やかで、静かに航路を東北へと向けていた。

 穏やかな日差し、穏やかな風を感じながら冬華は甲板でクリスと鍛錬をしていた。すでに日々の日課となっていた。槍を突き出す素振りから始まり、基本的な足の運び、攻撃へと繋げる為の防御の仕方までみっちりとクリスに教わっていた。

 もちろん、槍と剣とでは使い方が全く違う為、クリスの教え方が正しいわけではないが、それでも冬華の槍捌きは上達しつつあった。今の冬華なら並みの兵士数人を相手にする事も容易いだろう。

 そして、今日も鍛錬の締めであるクリスとの本気の手合わせが始まろうとしていた。傷を手当て出来るセルフィーユがいない為、使うのはもちろん木で出来た模造品。

 意識を集中する様に静かに深呼吸を繰り返す冬華は、その手に持った模造品の槍を構えた。それに遅れてクリスも剣を構える。静まり返り、空気が張り詰める。船員達はそんな二人の手合わせを見ようと甲板に集まり、人だかりが出来ていた。シオもその光景を船の操舵室の屋根から見据えていた。


「お前は、鍛錬しなくていいのか?」


 屋根から足を下ろし手すりに身を預け甲板を眺めるシオに、背後から静かな声が聞こえる。その声に顔を横に向け視線だけを後ろへと向けた。その視線の先に居たのはこの船の船長であるグリーだった。無精ひげを生やした顎を右手で触りながら、口元に笑みを浮かべるグリーは短い黒髪を揺らしながらシオの隣へと歩み寄る。

 歳は三十後半程のグリーの顔を見上げシオは鼻から静かに息を吐き視線をゆっくりと甲板の二人へ戻す。手すりに肘を着き身を乗り出すグリーもまた同じ様に息を吐き、甲板を見据える。

 床を蹴り間合いを詰めるのはクリス。だが、そのクリスへと冬華は槍を突き出す。突っ込んでくる勢いを殺す為に行った行動だろうが、クリスは突き出された槍を剣で右へと払い、そのまま冬華の右側へと回り込む。

 しかし、冬華も吹き込んだ右足へと力を込めると、弾かれた槍を強引に右へと振り抜く。大きく風を切り振りぬかれた槍をクリスは右手に持った剣で受け止める。大きくしなった柄から生まれる重々しい一撃にクリスの体が大きく弾かれた。


「くっ!」


 声を漏らすクリス。怪力を持つクリスの上半身が大きく弾かれる程の力を生みだすそのしなり。その破壊力に表情を歪めたクリスは、体勢を立て直す為にその場を飛び退く。


「どっちが勝つと思う?」


 シオの隣でその光景を眺めるグリーが静かに問い掛ける。シオは目を細め鼻から息を吐くと静かに答える。


「当然、クリスだよ」

「へぇーっ。でも、あのお嬢ちゃんも大分やる様だけど?」


 無精ひげを生やした顎を触りながらそう述べたグリーへ、シオは頬杖を付き答える。


「まぁ、冬華も大分強くなってるけど……やっぱ、経験が違う。

 あんただって実際見て分かってるだろ? 何で一々、オイラに聞くんだよ」


 不愉快そうな表情をグリーへと向けると、グリーは穏やかに肩を揺らし笑う。


「ああ。悪い悪い。実際、どう思ってるのか、と思ってな」

「はぁ? 何だよ? 意味不明だな」

「いや。仲間の事をどれだけ知ってるのか、そう言う事だ」


 穏やかな視線をシオへと向け、二人の視線が交錯する。何が言いたいのか全く分からず、首を傾げたシオは小さく息を吐き眉間にシワを寄せたまま冬華とクリスの方へと顔を向ける。

 相変わらず、クリスと互角に渡り合う冬華だが、徐々にクリスのペースになりつつあった。突きが次々とかわされ、何度も懐へと入られる。それでも、冬華は何とかクリスの攻撃だけは防いでいた。

 呼吸が僅かに乱れる冬華に対し、殆ど乱れぬクリス。これが、シオの言った経験の差だった。殺気を込めた一撃を交えたクリスの攻撃。それは、精神的に冬華の体力を奪っていたのだ。

 目を細めるシオ。次で決着が着くと読んでいた。


「終わりそうだな」

「ああ……」


 今の状態でよくやった方だと、シオもグリーもクリスでさえもそう思っていた。だが、クリスが間合いと詰めると、それはおきた。突如、冬華がその手から槍を離したのは。その行動に驚き僅かな隙が生まれたクリスの胸へと冬華は左肩からぶつかる。大した衝撃ではないが、僅かにクリスの足が押し出され、その行動に眉間へとシワを寄せる。何かをするつもりなのだと。だが、そう思った時、クリスの左手首を冬華が左手で掴み、そのまま担ぎ上げる様に腰を居れ一気に前方へと体を倒す。

 クリスの視界が一転する。空が――床が――逆さになり、何が起こったのかを理解する前にクリスは背中から甲板へと叩きつけられていた。その光景に誰もが驚き、言葉を失う。静かなその場に響き渡る冬華の乱れた呼吸。

 体をゆっくりと起こし、空を見上げる冬華。その肩口で黒髪が潮風に吹かれ、揺れ動く。小さな胸を上下させ、呼吸を整える冬華は、深く息を吐き出し嬉しそうな笑みを浮かべる。


「えへへ……今のは会心の出来……だったかな」


 額から汗を流し肩で息をしながらそう告げる冬華の顔を、甲板に仰向けに倒れ見上げるクリスは、ゆっくりと体を起こす。全くの予想外の攻撃に驚いていた。まさか、あそこで背負い投げをしてくるなんて予測出来るわけが無かった。

 呆然とするクリスの背中を見据える冬華は、膝へと両手を置くと苦しそうに表情を歪める。やはり、クリスの殺気を交えた攻撃に大幅に体力を削られていたのだ。


「まさかの結果だな」


 驚き苦笑するグリーが呟く。シオも呆然とその光景を眺めていた。まさか、クリスがあんな奇襲を受けるなど思ってもいなかったのだ。



 暫くざわめいていた甲板も静まり返り、集まっていた船員達も居なくなり、その場に冬華とクリスだけが残っていた。ようやく冬華の呼吸も整い、クリスも落ち着きを取り戻す。流石に冬華のあの背負い投げには驚いた。まさか、小柄の女性である冬華に投げられるとは思っていなかったのだ。

 しかし、実践ではあまりお勧めできたモノではない。その為、クリスは困った表情を浮かべ冬華の顔を見据える。


「冬華。一ついいですか?」

「んっ? うん。いいよ」


 不安そうな表情を浮かべるクリスへと満面の笑みを浮かべる冬華。この状況で先程の戦術について忠告するのは心が痛むが、その危険性を教える事も冬華の為だろうと、クリスは意を決し口を開く。


「冬華。申し上げ難いのですが、あの……」

「うん。言いたい事は分かってる。さっきのアレでしょ?」

「えっ、あっ、はい……。正直、武器を持った相手に無防備に突っ込むのは……。

 確かに相手の初見の場合は驚き、反応が遅れるかも知れませんけど……」

「武器を投げ出し、無防備になった状態で、相手に突っ込めばそれだけ自らを危険にする。

 まぁ、クリス相手に手合わせとは言え一本決めたのは大きいんじゃねぇか?」


 クリスの声を遮り、シオの声が響く。左足を僅かに引き摺りながら歩み寄るシオは、頭の後ろで手を組みニヤニヤと笑みを浮かべていた。その表情にクリスは表情をしかめると、僅かに鋭い視線をシオへと向ける。


「まぁまぁ、誰でも油断はするって」

「うるさい! 黙れ!」

「ま、まぁまぁ、怒らないで」


 クリスを笑顔で宥める冬華に、シオは「そうだそうだ」と、拳を突き上げる。その行動が一層クリスの逆鱗に触れる。


「き、貴様……」

「シオ! ややこしくしないで!」


 冬華はシオへと怒鳴り、シオは「へーい」と面倒臭そうに返答し口を噤んだ。

 シオを睨むクリス。そんな険悪な空気の中、冬華は表情を引きつらせ笑みを浮かべると、ふと思う。


「そう言えば、私たちが向かってる大陸ってどう言う所なの?」


 冬華の疑問に、シオは首を傾げる。シオはゼバーリック大陸から出た事が無い為、他の大陸の事を全く知らない。一方でクリスは腕を組み静かに口を開く。


「確か、クレリンス大陸でしたね。

 あそこは……大陸と言うよりも、多くの島国が集まった地域ですね」


 眉間にシワを寄せ、そう説明する。

 クリスもあの大陸についてはよく分かっていなかった。実際、クレリンス大陸は大陸と言うよりも多くの島国が集まっている場所で、年中暖かいと言う事と、一年中美しい桃色の花を咲かせる木があると言う事だけを知っていた。

 一体、あの島国がクレリンス大陸と呼ばれているのかは、常々疑問を抱いていた所だった。

 押し黙るクリスに、冬華とシオは顔を見合わせ、困ったように眉を曲げる。暫しの間が空き、呆れた様なグリーの声が響く。


「おいおい。お前ら、何も知らないのか?」

「えっ? グリーは知ってるの?」


 グリーの突然の声に、冬華が不思議そうに尋ねる。シオとクリスは「何も知らない」と言う言葉に憮然とした表情を浮かべ、青筋が薄らと額に浮かんでいた。二人の眼差しにグリーは僅かに表情を歪めたが、すぐに視線を冬華にだけむけて説明する。


「実は、クレリンス大陸は半分以上が海へと沈んだ大陸なんだ。

 何故、沈んだのかは定かではないが、もし沈んでいなければ、ゼバーリック大陸と同等の大きさだと言われている」

「それじゃあ、あの島は全て元々一つの大陸だって言うのか?」


 多少驚きながらも静かにそう尋ねるクリスに、グリーは腕を組み首を傾げる。そう言う伝説が船乗りの間では語り継がれているが、実際にそうだったと言う確証も無い為、そうだとは言い切れず、歯切れの悪い声で「まぁ、そう……だな」と、静かに答えた。

 ただ、それが本当だとすると一体、どうして大陸の半分以上が海に沈んだのかと言う疑問が生まれ、冬華もクリスもシオも、腕を組み唸り声を上げる。正直、大陸が沈むなど考えられなかった。

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