第7話 クリスの想い
広々としたクリスの部屋。
大きなベッドの他にあるのは、小さな棚とその上に置かれた花を活けた花瓶だけで、他は何も無いとても殺風景な部屋だった。
椅子も無く、ベッドに腰掛ける冬華は、不思議そうに辺りを見回す。
「すみません。何も無い部屋で」
「ううん。別に、気にする事無いと思うよ」
恥ずかしそうに笑うクリスに、冬華も笑いながら答えた。
部屋を物色する様に飛び回るセルフィーユは、唇の下に人差し指を持っていくと、小首を傾げる。何か気になっている様だったが、冬華は何も聞かずクリスを見据える。
壁に寄りかかり、窓の外を窺う。何かを警戒している様にも取れるクリスの行動に、冬華も少なからず疑問を抱いた。多分、セルフィーユも冬華と同じ事思ったのだろう。ゆっくり冬華の横へと近付くと、小声で『あのー』と呟いたが、冬華は唇に指を当てそれを止めた。
何も言わず時が過ぎる。冬華は待つ。クリスから話しかけるのを。
沈黙が長い時間続き、陽が沈み始めた頃、クリスは決意した様に小さく息を吐き、口を開く。
「私は、幼い頃、前英雄様に会った事があります」
夕日を見据えそう告げた。その言葉に冬華は小さく「そうなんだ」と呟いただけで、セルフィーユも『やっぱりですかぁ』とニコニコ笑みを浮かべていた。
二人とも薄々そんな気はしていた。そもそも、セルフィーユの存在を知っていたと言う時点で、少なからず、前英雄と接点があったのだろうと。
そんな冬華の反応に、クリスは目を伏せ少し表情を和らげた。
「驚かないんですね」
「別に、驚く事じゃないでしょ? それだけ有名な人だったなら、尚更でしょ?」
「そう……ですね。ただ、あの頃の私には、その隣りに居た聖霊も見えていたんですが……今は……」
クリスが首を左右に振る。そんなクリスに、残念そうな表情を見せるセルフィーユは、冬華の方へと顔を向け、
『どうして、見えなくなってしまったんでしょうか?』
と、疑問を投げかけた。その問いに苦笑する冬華は、「何でだろうね?」と、首をひねった。
そんな二人のやり取りなど分からず、クリスはもう一度窓の外へ目を向ける。
「当時、あの聖霊が見えていたのは私だけの様でしたが、あの人の話ではきっと見えるのには意味があると。きっと、こうなる事を知っていたのでしょう」
一度目を伏せてから、ゆっくりと冬華の方へ視線を向ける。冬華にも伝わる。クリスがその英雄と呼ばれた人の事をどれだけ尊敬していたかと言うのが。
冬華の隣りで目を輝かせるセルフィーユ。
『凄い方だったんですね。前の英雄様も、聖霊様も。私達も負けてられませんね』
期待に満ち溢れたその表情に、「そ、そうだね」と、苦笑しながら答えた冬華だったが、一体、何が負けてられないのだろうと、内心思っていた。正直、勝ち負けは無いと思っているからだ。
小さくため息を吐いた冬華はクリスの方へと視線を向けた。
「それで、クリスはその人にあこがれて騎士に?」
「いえ……。私はあの人の力になりたくて、騎士になりました。しかし、私が騎士になった頃には、すでにあの人は……」
クリスの口ぶりから、もう英雄と呼ばれた人はいなくなったのだと理解した。出なければ、新しく英雄を召還する必要は無いだろう。
自分に負わされた重大な使命に、不安を覚え、大きなため息を吐いた。
「あ、あの、その、そんな、落ち込ませるつもりでは……」
「ご、ごめん。話を聞いてると、その人凄い人だっただなって、思って」
「す、すいません。落ち込ませるつもりじゃなく、伝えたかったんです」
「伝えたかった?」
冬華が聞き返すと、クリスは一層真剣な眼差しを向ける。
「はい。一人で背負わないでください。あの人は、全てを一人で背負い、最後には……だから、私にも手伝わせてください。あなた一人に、全てを背負わせたくない。あの時は何も出来ませんでしたが、今ならそれが出来ます! だから!」
懇願し涙を浮かべるクリスに、冬華は困った様に頭を掻く。
「あ、あのさぁ、気持ちは嬉しいけど……」
冬華が視線を逸らすと、クリスは両肩を落としうなだれる。
「わ、私じゃ、力になれませんか? 私じゃダメなんですか!」
叫ぶクリスに、冬華は小さくため息を漏らし、
「クリスはこの国の兵の副隊長なんでしょ?」
「やめます」
「即答!」
きっぱりと即答したクリスに驚く。流石にそこまで即答するとは思わなかったからだ。
普通もう少し考えるだろ、と思いながら苦笑する冬華に、目を潤ませるクリスは、
「お願いします! あなたの力になりたいんです!」
と、冬華の手を握った。そこまでされては流石の冬華も断る事が出来ず、「わ、分かった。分かったから」と、渋々返答した。
しかし、冬華にとってもクリスが一緒に居てくれる事は、願っても無い事だった。ゲートと言う世界に来て日が浅い冬華にとって、一国の隊の副隊長を担っていたクリスの力は強力なモノだった。それに、冬華自身も戦い方を教わる上で、これ程頼れるものは居なかった。
「と、とりあえず、手、放そうか?」
「はっ! す、すみません!」
冬華の言葉で、握っていた手を放したクリスは、顔を真っ赤にしてその場を離れる。そんなクリスの反応に、目を細める冬華は「私、そう言う趣味無いわよ?」と呟いた。その言葉にセルフィーユは『そう言う趣味って何ですかぁ?』と興味津々だったが、冬華は笑って誤魔化した。
「それじゃあ、そろそろ私も部屋に戻るわね。今日はなんだか疲れたから……」
冬華がベッドから立ち上がると、クリスは慌て出す。
「す、すいません。配慮が足らず!」
「気にしないでいいって。それより、お風呂とかある?」
「お風呂ですか? ありますよ?」
「それじゃあ、案内してもらえるかな? 汗流しておきたいし」
笑いながらそう言うと、クリスは困り顔で、
「でも、替えの服が……」
「クリスのを貸しててくれない? 少しの間でいいからさぁ」
「私のですか? でも……」
冬華の体をまじまじと見据えたクリスは、申し訳なさそうな感じで、「サイズが……」と呟く。その言葉に冬華はショックを受けた様に呆然とするが、クリスの言うとおり二人のサイズは一回りほど違っていた。特に胸の辺りなどが。
鎧なんて着てる癖に何であんなに発育がいいんだと、拳を握る冬華に背後から、
『胸の大きさが全てじゃないですよ?』
と、小さいとはいえ冬華よりも膨らんだ胸を揺らすセルフィーユ。本人に悪気があるわけじゃないだけに、冬華の胸に深く突き刺さる。両肩を落とし落ち込む冬華に、首を傾げるクリスとセルフィーユだった。