第67話 港町ノーブルー
飛行艇は港町ノーブルーの東にある平地へと着陸しようとしていた。
港町ノーブルーは基本的、飛行艇での出入は禁止されている。その為、苦肉の策としてこうして近くの平地へと着陸しようとしていたのだ。もちろん、禁止されているとあり、着陸しようとしていると、そこにノーブルーの警備兵がゾロゾロと姿を見せ、着陸と同時に飛行艇は取り囲まれる。
「おい。どうするつもりだ?」
窓から外の様子を窺っていたクリスが呆れた表情をジェスへと向けると、ジェスは腕を組み小さく息を吐く。こうなる事は予想していたが、ここまで早く囲まれるとは思っていなかった。ジェスの考えでは、飛行艇が囲まれるまで数十分掛かるとしており、その間に飛行艇から降りる予定だったのだ。
その予定が狂ったのには理由があった。現在、ここノーブルーの港にはこの国でも有名な海賊の船が停泊していた。それにより、警備が厳重なモノとなっていたのだ。
そんな事とは知らず、不思議そうに首を捻るジェスは「おかしいなぁ?」と呟く。
「おかしいなぁ? じゃないだろ!」
額へと青筋を浮かべ怒鳴り声を上げるクリスを冬華は苦笑しながら抑える。
「お、落ち着いて! 落ち着いて!」
クリスとジェスの間へと割って入ってそう言うと、クリスは「ですが……」と不満げな声を上げる。いつに無く困った様な表情を見せるクリスに、冬華も困った様に眉を八の字に曲げていた。真紅の髪を右手で掻くジェスは「俺の計算が……」と、呟き眉間にシワを寄せる。
飛行艇を操縦する黒髪を揺らす二十代後半程の男は困り顔でジェスを見据える。操縦桿を握ったまま。
「どうします? マスター」
「うーん……。じゃあ、とりあえず強行突破って言うのは?」
「マスター……マジで言ってます?」
操縦桿を握る黒髪の男が苦笑し尋ねる。中立の町であるノーブルーでそんな事をすればどうなるか、操縦士である彼はよく分かっていた。もちろん、ギルドのマスターであるジェスも分かっている。ここでそんな事をすれば、この大陸の全ての国を敵に回すと言う事は。その為、すぐにあははと、笑い「冗談だ」と明るい口調で言い放った。
呆れた様子の黒髪の男は小さくため息を吐くと、ジト目をジェスへと向ける。
「冗談キツイッスよ。マスター……」
「冗談言ってる場合なのか?」
二人の会話にクリスが割ってはいる。その冷ややかな視線を向けるクリスに、ジェスは目を合わせようとしない。見なくても想像出来る。クリスの怒った顔が。その為、ジェスは腕を組んだままあらぬ方を見据えていた。
困り果てるそんな中で、外から声が響く。
「ここを何処だと思ってるんだ!」
警備兵の声が響き、ジェスは小さく舌打ちをする。冬華は困った様にクリスの横顔を見据え、そこにシオが大欠伸をしながら現れる。夜遅くまで色々考えていた為、今まさに起きた所だったシオは、眠気眼を擦り尋ねた。
「一体、何の騒ぎだよ?」
「あっ、シオ。おはよう」
笑顔で挨拶する冬華に、シオも「おふぁよふぅ」と欠伸混じりに答え、寝癖だらけの金色の頭を掻く。その合間から覗くうな垂れた獣耳が妙に可愛く見え、冬華は思わず笑みを浮かべる。冬華の視線に気付いたシオは怪訝そうな表情を浮かべ、軽く首を傾げた。
「な、何だ? 何か顔についてるか?」
「ううん。別に何も。ふふっ」
「何がおかしいんだ?」
不思議そうな表情で冬華を見据えるシオは、右手で頭を掻きながら眉間にシワを寄せる。
何度も首を傾げるシオに対し、腕を組むクリスは頭の後ろで留めた長い白銀の髪の毛先を揺らしシオの方へと顔を向け、目を細めた。こんな状況の中よく寝ていられるな、と言いたげな眼差しに、シオも目を細める。
「何だよ? その目」
「いいや。この状況下でよく寝れたなと思ってただけだ」
「だから、状況を教えろよ」
「えっとね、飛行艇じゃ、ノーブルーに入れないんだって」
クリスと睨み合うシオに、冬華が明るく答える。その答えにジェスは苦笑し、シオは呆れた様な表情を冬華へと向けた。ニコニコと笑みを浮かべる冬華に、シオは肩を落とす。
「お前……楽しそうだな」
「うーん。とりあえず、落ち込んでてもしょうがないでしょ?」
「まぁ、そうだな……。けどさぁ、飛行艇の停泊がダメなんだろ? オイラ達が降りてすぐに飛び立てばいいんじゃねぇの?」
シオが不意にそう告げると、ジェスは真剣な表情で頷く。考えていた。確かに停泊は禁止されているが、すぐ飛び立つなら大丈夫だろうかと。深く考えるジェスへと視線を向けた冬華は軽く頭を右へと捻ると、クリスと顔を見合わせる。クリスもジェスが何を考えているのか分からず訝しげな表情を浮かべていた。
暫く沈黙が続き、シオは眠そうな虚ろな目でウツラウツラと頭を揺らす。まだ眠いのだろう。頭を揺らすシオを横目で見ながらクスクスと冬華は笑い、クリスはその姿に呆れた様な眼差しを向けていた。
数十秒の後、ジェスは考えをまとめ声を上げる。
「よし! 降りるぞ!」
「降りる? 捕まりに行くのか?」
「まぁ、俺に策がある」
ドヤ顔でそう言うジェスにクリスはジト目を向ける。ジェスに係わった策でまともなモノがあっただろうかと、考えていた。冬華も同じく引きつった笑みを浮かべていた。あんまりいい予感はしなかったからだ。
そんな女性二人の視線にジェスのドヤ顔も徐々に引きつり、やがて両肩を落とし凹んでいた。
「と、とにかく、降りるぞ……」
気持ちを引き摺りながらジェスはゆっくりと出入口へと向かう。冬華もクリスも何処か不安があったが、渋々とジェスの後に続き、半分寝ているシオはアースに引き摺られて出入口へと連れて行かれた。
「とりあえず、俺に話を合わせろ」
「うん。とりあえず、ジェスに全部任せるね」
ニコニコと笑みを浮かべる冬華にジャスは「おう!」と声をあげ、飛行艇のドアを開く。ドアの隙間からプシューと空気が抜ける音が聞こえ、ドアはゆっくりと上へと開かれる。階段がゆっくりと地上へと向けて降りて行き、外の光景が広がった。
数十人と言う警備兵が警戒する様に武器を構え怖い顔を向ける中、ジェスは両手を挙げながら階段をゆっくりと降りる。そのジェスの格好を見据え、目を細めるクリスは静かに隣に居る冬華へと目を向けた。すると、冬華も少々困り顔でクリスに顔を向ける。
「ど、どうしようか?」
少々震えた冬華の声。流石に武装した警備兵の殺気に怯えていた。クリスもまた、警備兵が殺気立っている事に違和感を感じ、訝しげな表情を浮かべる。飛行艇が来た位で殺気立ち過ぎじゃないだろうかと。
一方、眠気眼だったシオもその殺気に完全に目を覚まし、臨戦態勢をとろうとしていた。それは獣魔族であるシオの本能がそうさせたモノで、シオの体を引いていたアースはその行動に思わず手を離し身を退く。だが、その瞬間にシオの体が床へと倒れ、後頭部を激しく床へとぶつける。
「うごっ!」
鈍い音が響き渡り、冬華とクリスが振り返る。青髪を揺らすアースが肩で息をし瞳孔を広げるその先でシオが頭を押さえ蹲っていた。その光景に二人は呆れた様な眼差しを向け、殺気立っていた警備兵達も唖然としていた。
その後、唖然とする警備兵とジェスの話し合いの末、今回だけと言う理由で何とかノーブルーへと入る事を許された。