第66話 約束した
冬華達は現在、ジェスの飛行艇で港町ノーブルーへと向かっていた。
つい先日、ジェスの命でギルドのメンバーが飛行艇でイリーナ城へと乗り込んできた。小型の飛行艇だが、それでも数百人は乗れるであろう広さがある。冬華とシオ、そして、クリス。この三人とジェス、アースの五人がイリーナ城で飛行艇に乗り込み、飛行艇にはクルーを合わせ十数人しか乗っていない。元々、ジェスを迎えに来るだけだった為、この少人数でやってきたのだが、まさかここから港町であるノーブルーに行くとはクルー一同思ってはいなかった。
静かに進む飛行艇。燃料は魔動車同様に魔法石。今は燃費の良い火の魔法石を使い、ゆっくりとノーブルーへと進んでいた。
小型ながらも六つの個室があり、冬華とクリスの二人が相部屋となっていた。
二つ並んだベッド。その二つのうちの右側のベッドに腰掛ける冬華は、腕を組み窓から外を見据えるクリスへと目を向ける。まさか、クリスが一緒に着いて来ると思って居なかった。いや、本当は着いて来て欲しくなかった。クリスにもシオにも。これ以上、自分の所為で誰かが傷付くのは見たくなかったからだ。
シオには直接告げた。
「もう着いて来ないで」
と。だが、その瞬間に顔を叩かれた。思いっきり。そして、怒られた。
「ふざけるな! 約束しただろ! オイラがお前を守るって!」
と。シオは真剣だった。自分の左膝がどんな状態なのかも考えずに。今、シオの左膝はまともに戦う事も出来ない状態。それで、どうやって守ると言うのだろうと疑問に思ったが、それでもシオの気持ちが嬉しかった。思わず泣き出しそうになるのを堪え、笑顔でシオの同行を許可した。
シオとはそんなやり取りがあったが、クリスには出て行く事も話していなかった為怒っているんじゃないかと不安だった。
静かな時間が過ぎる。未だ一言も話さないクリスに、冬華は俯き手を組み親指同士をイジイジと弄り出す。困った末にどうしたらいいのか考えていた。そして、意を決し拳を作ると、胸の前で両拳に何度か力を込め、自分に何かを言い聞かせ息を吐き口を開く。
「く、クリス!」
思わず声が裏返る。その声にクリスは驚いた様子の表情で冬華を見据える。腕を組んだまま穏やかな表情で。そんなクリスへとベッドから立ち上がった冬華は深々と頭を下げる。
「ごめん! 何も言わないで!」
と。
その声にクリスは表情をしかめ、静かに瞼を閉じる。謝るのは冬華ではないと、クリスは思っていた。だから、静かに頭を下げる。そして、ゆっくりと口を開く。
「申し訳ありません」
「えっ?」
顔をあげ、驚く冬華。どうして、クリスが頭を下げたのか分からなかった。そもそも、クリスが謝る事なんて一つも無い。
うろたえ困惑する冬華は、どうしていいのか分からず「えっ? えっ?」と何度も声をあげ、そんな冬華にクリスは更に言葉を続ける。
「余計な気を使わせてしまって……。私は、冬華についていくと決めたのに……。
あなたを元の世界に帰す為に協力すると言ったのに……本当に申し訳ありません!」
声をあげ深々と頭を下げ続けるクリスの姿に、冬華は慌てて「か、顔を上げてよ!」と、震えた声で告げる。嬉しくて、今にも泣き出しそうになった。自分に着いて来れば、きっと辛い事になる。大変な戦いに巻き込まれるかもしれないのに、そんな自分を元の世界に帰す為に協力してくれるなんて。
この世界で知り合った皆、優しい人ばっかり。親切にされるばかりで、何も返せない自分が情けなく思う。
顔をゆっくりとあげたクリスは驚く。涙目で冬華がクリスを見つめていたのだ。今にも零れ落ちそうな涙を堪える冬華の姿にクリスは戸惑いうろたえる。
「ど、どど、どうなさったんですか! と、冬華?」
「う、ううっ……み、皆凄く優しくて……わ、私、私……」
声を震わせる冬華にクリスは柄にも無くオロオロとしていた。
一方で、その隣の部屋でシオは一人体を動かしていた。痛みの走るその左足を。包帯を巻き確りと固定した左足で片足立ちするシオは、そのまま膝を曲げ体をゆっくりと沈めていく。全体重を乗せられ左膝は悲鳴を上げる様に軋む。激痛がシオの左膝を襲う。奥歯を噛み締め表情を歪めるシオの呻き声が響く。
「ぐぅっ……がぁぁぁっ!」
額に大粒の汗を滲ませ、シオの体が床へと崩れる。左足が震え激痛だけが膝に残っていた。左手で左膝を握るシオは、大きく肩を揺らせながら体を起こそうと足に力を込める。だが、左膝に力が入らず壁に捕まり何とか立ち上がった。
「はぁ…はぁ……」
「おいおい。無理はするなよ」
突然、部屋に響く声に、シオは顔を上げる。開かれたドアの前にジェスが立っていた。心配そうなその眼差しを向けるジェスに対し、シオは眉間にシワを寄せ強い目つきで睨む。だが、ジェスはそんなシオに対し小さなため息を交え言い放つ。
「無理してそれ以上膝を悪くすると、冬華に迷惑が掛かるだけだぞ」
「分かってる……けど、こんなんじゃ足手まといにしか……」
悔しがるシオは拳を握り鼻筋にシワを寄せる。静かな部屋の中で、二人の視線が交錯する。
ジェスもシオの気持ちが分からないわけではなかった。だが、冬華の事を思い焦れば焦る程悪い結果になる事だけは目に見えていた為、ジェスは静かに忠告する。
「膝に痛みが残っているなら無理はさせるな。それは、お前へと制限だと思え」
「制限? 何で、オイラが制限されなきゃ――」
「獣魔族はただでさえ身体能力が高く、足腰に掛かる負担は大きい。
十分に休めて傷が癒えたとしても、お前がその足で全力で戦えるのは精々五分が限界だろう。
なら、その制限された五分の内にどうやって敵と戦うか、どう言う力を見につければいいのかを考えろ。
じゃあな。俺から言える事はこれだけだ」
静かにそう忠告したジェスは、シオへと背を向けると右手を軽く振りながら部屋を後にする。ドアが閉められ、静かな空気が漂う。俯くシオは、左膝を左手で握り確りと見据えると、眉間にシワを寄せ呟く。
「制限された時間内で戦う方法……」
と、静かに。ジェスに言われて初めて気付く。自分は獣魔族としての能力にどれだけ頼りきっていたんだろうかと。今までその頑丈な肉体と無駄に高い体力で力押ししで何とかしてきた。だが、これからはそうは行かない。考えなければならない。自分が全力で戦う為の方法を。
その頃、部屋を出たジェスは、不安そうな表情でため息を吐く。すると、ドアの横に立っていたアースが怪訝そうな表情で問い掛ける。
「いいんですか? あんな助言をして?」
と。短い青髪を逆立てたアースに、穏やかな表情を見せるジェスは静かに鼻から息を吐き告げる。
「助言か……。まぁ、でも、俺が助言しなくてもアイツなら何れ、自分で気付くだろうけどな」
「しかし! 彼はいずれ敵に――」
「ならないよ。あいつはな」
アースの声を遮り、静かにそう述べたジェスは口元に薄らを笑みを浮かべる。そんなジェスの姿にアースは不満げな表情を浮かべ、部屋のドアを見据える。すでにシオとジェスの間にはそれだけの信頼関係があるのだと、アースは理解した。