第61話 後悔
「納得しない者達の説得は我ら三人が引き受けましょう」
ルバールは帰り際にゼノアにそう告げた。
ルバール卿、スターライト卿、ベルゴー卿の三人はどの有権者とも親しく、きっと彼らの言う事なら有権者の皆言う事を聞くだろう。だから、ゼノアも安心して国政の事だけを考える事が出来た。
ルバールとベルゴーは自らの治める町へと帰り、スターライトはジェスの盗んだ魔動車が見たいと言う事で、まだイリーナ城に残っていた。その為、ジェスとスターライトの二人は魔動車のある場所へと向かい、クリスはゼノアと二人会議室に佇んでいた。すでに静まりかえったその場所で、ゼノアは深く息を吐き椅子へと腰掛ける。
これから、この国をまとめる王となると考えると、唐突に気が重くなる。この国の事を考え、国民の事を考え、本当に自分で王が務まるだろうかと思う。国民は認めてくれるのかと。不安そうな表情を見せるゼノアに、クリスは静かに微笑みゼノアの肩を揉む。
「そう、肩に力を入れないでください。大丈夫ですよ。ゼノアさんなら」
「そうか……ありがとう。それで、お前に頼みがあるんだが――」
クリスに対し、ゼノアは静かに告げる。その言葉に、クリスは僅かに驚いた。
王都を抜け、この国の象徴でもある魔法石の埋め込まれた鉄壁の門を超えたその先、数日前に起きた暴動で荒地と化したその平野へと来ていた。ジェスが先導し、その後ろにスターライトとその付き人である蒼い短髪の若い男が着いてくる。腰に四本の剣をぶら下げたその男に、ジェスは妙な空気を感じ、ゆっくりと足を止めた。
静かに足を止めるスターライトとその若い男。まだ、魔動車が見えてはいないが、ジェスは訝しげな表情を浮かべ振り向き、静かな口調で問う。
「さて。俺に何の用だ? ワザワザここまで連れて来たんだ。そろそろ、話してもらおうか?」
ジェスの言葉に、スターライトは困った様に笑みを浮かべると、申し訳なさそうに口を開く。
「すみません。私は、別に気にしていないのですが、彼が……」
スターライトの言葉に、その後ろに居た付き人の若い男が腰の剣を抜き、ジェスの前へと出る。その動きにジェスは眉間にシワを寄せ、スターライトへと不満そうな眼差しを向けた。どういうつもりだと、言うそのジェスの眼差しに、スターライトは小さく吐息を漏らし、視線を僅かに逸らし答える。
「彼は私の付き人で、アース。キミと一度手を合わせたいんだと」
スターライトも乗り気じゃない様だが、アースと呼ばれた若い男は真剣な顔でジェスを見据え、剣を構える。その真剣な眼差しに、ジェスは深く息を吐きその手に剣を転送し、ゆっくりとそれを構えた。静かに時が流れ、ジェスとアースが向かい合う。何故、アースが自分にそんなに絡んでくるのか分からないジェスは、訝しげな表情を浮かべたまま尋ねる。
「手合わせはしてやる。だが、何故、俺に絡む」
「自分は、お前と一度対峙している」
「俺と対峙? 悪いが、そんな記憶は無いな」
肩をすくめるジェスに対し、アースは唇を噛み締めると残る三本の剣を抜き空へと放る。その剣が距離を置き地面に突き刺さり、ジェスは警戒しその剣を見据える。だが、何も変わった様子の無いただの剣にしか見えない。一体、なんの意味があるんだと、怪訝そうな表情を浮かべていると、アースが地を駆ける音が聞こえ、視線をアースへと向けた。
低い体勢で地を駆けるアースが腰の位置に構えた剣を横一線に振り抜くと、それにあわせる様にジェスも剣を振り下ろす。両者の刃が交錯し、激しく火花を散らす。刃を交えたまま睨み合う二人。大人しげなその表情に闘志を見せるアースに、ジェスも遂に本気になり、アースの体を剣ごと弾き飛ばした。
「ぐっ!」
単発の声を漏らし、激しく地面をすべる。蒼い短髪の髪が衝撃で揺れ、その強い眼差しはジェスへと向けられる。一方のジェスもその真紅の髪を揺らし、静かな呼吸でアースを見据える。二人の視線が交錯し、ジェスは不意に思い出す。魔動車を盗み出した時に、見た一人の若い男の事を。そして、それが目の前にいるアースだと言う事に気付き、口元に僅かな笑みを浮かべた。
「そうか……お前、あの時、護衛してた奴か……」
「思い出してもらえましたか?
自分は、あの時、あなたの大胆な行動に目を奪われ、まんまと魔動車を盗まれてしまいました。
あの時の事は後悔しても仕切れません」
「悪かったな。護衛の面子をつぶしてしまった様で」
悔しげな表情を浮かべるアースへ対し、剣を構えを解きその剣を肩へと担ぎながらそう告げると、アースは静かに首を振り、その強い眼差しをジェスへと向けたまま楽しげな笑みを浮かべ答える。
「自分が後悔したのは、あの時、あなたと剣を交えなかった事。
ギルドマスターとしてすでに名を馳せていたあなたと、対峙しながら剣を交えられなかった事が――」
力強くそう延べアースは地を蹴る。衝撃で土煙が巻き上がった。その動き出しに、ジェスは鼻から静かに息を吐くと、落ち着いた様子でアースを見据え、その剣を一気に振り抜く。大気を裂く一撃が横一線に振り抜かれ、激しい衝撃が向かってくるアースを襲う。咄嗟に剣を出したアースを襲ったのは、風の刃。それは、ジェスが最も得意とする一撃――。
「疾風」
ジェスは静かに呟き、アースを見据えた。
疾風。精神力を刃へとまとわせ、その刃を横一線に振り抜く事で疾風の刃を生み出し前方の敵を攻撃する技。風属性の技で、最も単純で扱いやすいが、それ故に最も力の差が明白に現れる技でもある。
ジェスが初めて覚えた技が疾風だった。ジェスはこの技と共に成長し、この技と共にあのギルドを建ち上げた。故に、この疾風と言う技はジェスにとって最も信頼の置ける切り札だった。
疾風を受けたアースは、地面に二本の線を描き後退し、土煙を巻き上げる。何とか剣で刃を受け止めたが、相手は風。完全に押さえ込む事が出来ず、頬や衣服は僅かに切れていた。小さく肩を揺らすアースは、嬉しそうに笑みを浮かべ、スターライトはそんなアースの姿に頭を抱え深くため息を吐いた。
アースの悪い癖だった。自分と同等かそれ以上の相手と真剣勝負を楽しむと言う。元々、彼はただの冒険者だった。その彼がスターライトの付き人をしているのは、彼がスターライトと言う男を認め、自分よりも強いと判断したから。その男の強さを吸収する為に、護衛を行っているのだ。
故に、彼は飢えていた。強者と戦う事に。若いからこそより強さを求め、強者との戦いに臆す事なく挑戦していく。
「この程度ですか?」
「今のはほんの挨拶代わりだ。次はもっと威力をあげる」
アースの弾む様な声に、ジェスも笑みを浮かべ答える。ジェスもまたアースの強さを認め、彼の本気が見たいと思っていた。それに、彼なら本気を出しても大丈夫だろうと、ジェスは判断したのだ。コレまで、溜まりに溜まった鬱憤。それを、吐き出す為にも都合の良い相手だと。
静かに息を吐くジェスは、すり足で右足を前へと出し、その口元へ笑みを浮かべる。
「悪いが、加減はしない。俺も、最近色々ストレスが溜まってたんでな。本気で相手をしてやる事にした」
「光栄に思う。個人とは言え多くの人を束ねるギルドのマスターの本気を直に味わえるなんて」
「後悔するなよ」
「後悔しない様、全力で行かせて貰います」
アースが笑みを消し力強く地を蹴ると、ジェスもまた同じく地を蹴る。二人の刃が激しく交錯し、火花と衝撃を広げ、その衝撃で地面が窪み土煙が激しく舞い上がった。