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ゲート ~白き英雄~  作者: 閃天
ゼバーリック大陸編
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第54話 ずれる弾丸

 森の中佇むシオ。

 濃い殺気の中で身構えるシオは、顔の前に出した腕を下ろし、周囲を見回す。銃声がしたが、その弾丸が飛ぶ音が聞こえなかった。これでも聴覚は人より優れている自信があった為、聞き逃したと言う事は無いはずだと、目の前にいる黒衣を着た者をジッを見据える。

 その者の袖口から覗く銃口から僅かに漂う白煙に、シオは弾丸は放たれたのだと確信し息を呑む。放たれた弾丸はどうなったのかと、考えるシオの耳にその黒衣の者の静かな声が聞こえる。


「三……二……一……」

「何の――ッ!」


 カウントを取るその者にシオが声を上げると同時にその右肩を弾丸が貫く。体が大きく後方へと弾かれ、鮮血が迸る。奥歯を噛み締め表情を歪めるシオは、一体何が起こったのか分からないまま後方へと転げ左手で肩を押さえ蹲る。


「うぐっ……。な、何が……」


 苦しそうに右目を閉じ表情を歪めるシオは、佇む黒衣の者へと視線を向ける。全く銃声が聞こえず、一体何処から狙撃されたのか分からない。だが、間違いなくあのカウントの後に弾丸が飛んでくる僅かな音が聞こえた。

 激痛が右肩を襲い溢れる血がとめどなく腕を伝う。肩関節を的確に捉えられ、シオの右腕を動かそうとすると激痛が走る。骨に異常をきたしたのだとシオは気付き、表情をしかめた。

 致命的だったのだ。接近戦で肉弾戦を得意とするシオにとって、利き腕を使えなくされたと言う事はそれ程最悪な状況だった。

 激痛に耐え何とか立ち上がったシオは、血で真っ赤に染まった左手を握り締めると、その黒衣の者へと身構える。何が起こったのか分からないが、彼が攻撃した事は確かな為、目を凝らしその瞬間を見逃さない様にと意識を集中する。

 だが、そんなシオをあざ笑う様に彼の唇が静かにカウントを告げる。


「三……二……一……」

「――ッ!」


 銃弾がシオの右のふくらはぎを掠め血が迸る。僅かに右膝が落ちるが、何とか持ち堪え深く息を吐く。今度は左斜め後ろからの射撃。明らかにあの黒衣の者の居る場所とは違う所からの射撃に、シオは周囲への警戒を一気に強め一瞬で辺りの気配を探る。

 だが、気配があるのは間違いなく目の前の黒衣の者だけ。幾ら奴の殺気が濃くても、他の気配があればシオだって気付く。それに、銃声などの何の前触れもなく突然弾丸が飛んでくるなどありえない。すでになんらかの罠に嵌められているのだとシオは直感していた。

 周囲を警戒するシオに対し、黒衣を着た者はゆっくりと弾を装填すると銃口をシオへと向ける。その音でシオも気付く。奴が弾を装填し自分へと狙いを定めた事を。

 息を呑み意識を集中する。彼の全ての動きに――音に――意識を集中し、五感全てをフルに働かせるシオの耳に僅かに届く。彼の静かな声が。


「――ラグショット」


 その声に遅れ乾いた破裂音――銃声が響き、その音の後に僅かに機械的な声が“カウント一分”と告げる。それが何を意味するのか分からなかった。だが、分かったのはまた弾丸が消えたと言う事だ。銃声が轟いたのに、弾丸の飛ぶ音はやはり聞き取れない。どうなっているのか分からず、シオは渋い表情を浮かべていた。

 静かな風が吹き抜け、静寂が二人の間に流れる。やがて、彼は静かに口ずさむ。


「三……二……一……」

「――ッ!」


 意識を集中するシオの目に飛び込む。異様な光景。それは、突然現れる。彼の放った銃弾がまるで今発射された様に彼の白煙を上げる銃口の先から音もなく静かに。大気を貫く弾丸は一直線にシオへと迫り、その左頬を掠めた。

 ギリギリで体を捻りかわしたのだ。それでも、頬をかすめ鮮血が舞い散る。左頬に焼ける様な痛みを感じ奥歯を噛み締めるシオは、ようやく彼の行った攻撃を理解した。

 体勢を大きく崩し、バックステップで距離をとったシオは、左手を地面に着き足をすべる様に引きずらせ勢いを止めると、彼の姿を真っ直ぐに見据え一気に間合いを詰める様に駆け出す。


「もう、その弾丸にはあたら――」


 その時、真横からシオの左膝へと弾丸が減り込む。激痛がシオを襲い、鮮血が迸る。踏み込んだ左膝が弾かれ、体は大きく前へと傾く。踏ん張る事が出来ずそのままシオは顔から地面へと倒れ込み、数メートル程土の上をすべる。僅かに地面が抉れ、シオの頬は擦り切れ血が滲んでいた。

 うつ伏せに地面に倒れるシオ。僅かに震える左足。打ち抜かれた膝からは血が止め処なく溢れ、地面に血の池が広がりつつあった。

 彼の使う技の正体はおおよそ分かっている。

 ラグショット。その名の通りずれる射撃。彼の放つ弾丸は、銃声よりも遅れて発射される弾丸。その為、音もなく突然放たれた様に感じるのだ。原理さえ分かればかわす事などシオにとっては容易いモノだ。ただ遅れて発射される弾丸なのだから。意識を集中していればかわせる程の反射神経はもっていた。

 だが、分からないのは、先ほどから彼の位置では無い所から飛び交う弾丸だ。彼以外この場所に気配は無い。仮に気配を隠しているにしても、銃声も無いのに発砲するなどありえない。出来たとしてもなんらかの音が聞こえてくるはずなのだ。

 地面にうつ伏せに倒れるシオの姿に、黒衣を着た者は静かに銃を袖の中へとしまい、カウントを取る。


「三……二……一……」

「――ぐっ!」


 カウントが終わると同時にシオの体を弾丸の雨が襲う。真上から打ち出される様に何発もの弾丸が全身を貫く。それでも、まるで致命傷だけは避ける様にシオの皮膚だけを裂き派手に血飛沫を舞い上げていた。

 地面に無数の穴が開き、そこへとシオの血が流れ込む。血にまみれ意識がもうろうとするシオは、ゆっくりと顔を挙げその男の顔を見据える。何とか立ち上がろうと、左手を地面に着き力を込めるが、体を僅かに起き上がらせただけで腕から力が抜け崩れ落ちた。血飛沫が舞い周囲へと赤い斑点を広げ、シオの瞼が揺らぐ。指先の感覚が薄れているのが分かり、やがて思考が働かなくなる。血を流しすぎたのだ。

 今にも瞼が落ちてしまいそうなシオの下へと、足音が近付く。


「ラグショット」


 銃口がシオの頭へと向けられ、引き金が引かれる。乾いた破裂音が轟き、男の腕が衝撃で弾む。銃口から白煙が昇り、遅れて機械的な声が告げる。


『カウント十分』


 と。僅かに聞こえたその声で、シオは確信する。ラグショットは、その時間のずれを調節出来るのだと。シオを襲った無数の弾丸も、右足のふくらはぎを掠めた弾丸も、左足を打ち抜いた弾丸も、全て彼が事前に仕掛けた弾丸。シオの行動すら見透かし緻密ちみつに計算された策だった。

 遠退く意識の中で、彼が静かに告げる。


「運試しと行こうか。十分の間に仲間が来れば助かる。だが、このまま誰も来なければ、お前の頭は吹き飛ぶ。

 獣王の息子。お前の運命は果たして……」


 シオの意識はそこで途切れた。遠ざかる足音が僅かに聞こえる。ハッキリと分かった。死ぬんだと。体が重く、地面へと沈んでいくそんな感覚だった。

 ――十分後。

 彼はまたその場に戻ってきていた。まだ血生臭い臭いが漂うその場所に。だが、そこに残っていたの僅かに血の沁み込んだ地面にポッカリと開いた穴だけだった。シオの姿はなく、静かに風が吹きぬける。


「運命はまだ彼を生かしたか……」


 静かに呟いた男はゆっくりと踵を返すと、その場を立ち去った。

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