第49話 悪趣味な部屋
「戻ってきたーっ!」
冬華が両拳を突き上げ声を上げる。
戻ってきたのだ。あのジェスのギルドがある村に。小さな村の中央にそびえる巨大な砦。相変わらず場違いに見えるその砦を村の入り口から見据える冬華は、その目を潤ませる。特に思い出など無いはずなのに、何故かその砦が懐かしく思えた。
相変わらずセルフィーユは冬華の隣で浮遊し、「帰ってきましたねぇー」と笑みを浮かべ、シオは何故だか仏頂面でセルフィーユとは反対側に立ち視線をそらしていた。ここに着くまでシオとセルフィーユは何かと小競り合いをし、それを冬華が何度も宥めると言う事が繰り返されていた。その為、シオは不貞腐れた様な表情を浮かべていたのだ。
背筋を伸ばし笑みを浮かべる冬華は村を見回す。二週間前と変わらぬその光景に、冬華は一瞬何か違和感を感じていた。訝しげに眉間にシワを寄せると、セルフィーユとシオの顔を交互に見る。その視線にシオとセルフィーユは首を傾げる。
『どうかしましたか?』
「どうかしたのか?」
ほぼ同時に二人がそう告げる。声が重なり、二人して互いの顔を睨み合うと、冬華が二人の間に入り苦笑しながら答える。
「う、うん。ちょっと静か過ぎないかな? って」
「そうか?」
『そうですか?』
また二人の声が重なり、お互い不快そうな表情を出す。険悪な空気が流れる中で、冬華一人が困った表情を浮かべる。先日からセルフィーユとシオはずっとこの調子だった。その為、冬華もどうしたらいいものかと、悩んでいた。
小さくため息を吐いた冬華は両肩を落とし、村へと足を踏み入れる。その瞬間、村中に響き渡る警報。その音に冬華もシオも耳を塞ぎ、セルフィーユは慌てた様に周囲を見回し声をあげる。
『な、なな、なんですかっ! コレ!』
「前はこんなのなかったのに……」
耳を塞ぎ叫ぶ冬華が眉間にシワを寄せ前方へと視線を向けると、そこに数人の武装した者達が武器を構え立っていた。怪訝そうな表情を浮かべるシオは、その者達の顔を見据え耳から手を離し拳を握る。一方でセルフィーユは慌てて冬華の前へと移動し、両手をかざす。聖力が回復し、以前と変わらぬ感覚が戻っていた。その為、セルフィーユは二つの覚えのある気配を察知し、声を上げる。
『クリス様に、ジェス様です!』
「えっ? クリスに、ジェス?」
セルフィーユの声に、冬華は顔を挙げ目を細める。その視界に確かにクリスとジェスの姿が映った。ジェスが右手を上げると、武装した集団は武器を納め静かに一歩下がる。それと入れ替えに前へと出たジェスは、渋い表情で冬華を見据えていた。
逆立てた真紅の髪を僅かに揺らし、鋭い眼差しを向けるジェスに、冬華は訝しげな表情を浮かべる。一方で、大人びた綺麗な顔の眉間にシワを寄せるクリスは、頭の後ろで束ねた銀髪の髪を揺らし、困った様な表情を浮かべジェスの背中を睨む。
「おい……どこが完璧なセキュリティーなんだ?」
「完璧だろ? こうして警報が鳴っ――」
「思いっきり誤報じゃないか!」
クリスが怒鳴ると、ジェスは苦笑し「おかしいなぁ?」と右手で頭を掻く。そんなジェスにジト目を向けたクリスは、呆れた様に大きく吐息を漏らすと、ジェスの横をすり抜け冬華の前へと出て深く頭を下げる。
「お帰りなさい。冬華様」
「ただいま。クリス。あっ、それから、様は止めて……」
少々困った様に笑顔を見せる冬華は、右手で頬を掻く。頭を深く下げるクリスに対し、シオは「うわぁー」と声を上げ蔑む様な眼差しを向け、その眼差しに顔を上げたクリスは鋭い目つきで睨む。殺気の込められたその眼差しにシオも鋭い眼差しを向ける。
睨み合う二人に冬華は小さくため息を吐き、間へと割ってはいる。
「はいはいはい! 喧嘩はダメだから!」
声をあげ二人の体を手で押さえる。右手に柔らかな感触を感じ、冬華は眉間にシワを寄せクリスの顔を見据えた。その視線にクリスは不思議そうに首を傾げる。
「ど、どうかしましたか?」
「あのさぁ……大きくなった?」
右手を押し付けたクリスの胸を凝視し呟くと、クリスは慌てて冬華から離れ両腕で胸を隠す。
「な、何を言ってるんですか! そ、そんなわけ……」
赤面し耳まで赤く染めるクリスに、冬華はその胸に触れていた右手を見据える。暫し右手を見据えていた冬華はすぐに大きなため息と同時に両肩を大きく落とす。あからさまに落ち込む冬華に、クリスはアタフタとしていた。そんなクリスを横目で見据えるジェスは、その胸へと目を落とす。シオ以外の周囲の男の視線がクリスへと集まり、セルフィーユを初め女性陣は醒めた視線を男子陣へと向けていた。
クリスもその視線に気付いたのか、鋭い眼差しをジェスへと向ける。すると、ジェスは腕を組みながら静かに問う。
「そう……なのか?」
「知るか!」
拳がジェスの顔面を貫く。「ぐほっ!」と、声をあげ後方へと倒れ込むジェスの鼻から鮮血が噴き出ると、周囲のメンバーの慌てた声が響く。
「ま、マスター!」
「き、貴様、マスターに何を!」
「コイツが妙な事を聞くからだ!」
その声にクリスが赤面し怒鳴ると、周囲は大騒ぎとなる。
冬華は落ち込み自分の胸を見下ろし、どうしていいか分からずオロオロとするセルフィーユ。その横でシオは全く騒ぎに興味が無いと耳を掻き、クリスは恥ずかしそうに赤面したまま俯いていた。クリスの拳を受けたジェスは鼻を押さえ苦悶の表情を浮かべる。その目に涙を浮かべながら。
その騒ぎに収拾がついたのはそれから数十分後の事だった。
冬華達はジェスの部屋に集められていた。ギルドの中でも広く場所を取るその場所に集められた冬華達は、その広々とした部屋に冬華とシオは驚き感嘆の声を上げる。
「すっごーい」
「随分金使ってるなぁ……」
豪勢な部屋を見回す。例の如くセルフィーユは浮遊し壁をすり抜け別の部屋を見回りに行き、その場に残ったのは冬華、クリス、シオ、ジェスの四人だけだった。
広々とした豪勢な部屋にたった四人。長テーブルに冬華とシオ、クリスとジェスが対面に座り静かな時が過ぎる。興味津々に部屋を見回す冬華に、ジェスは薄らと口元に笑みを浮かべる。
「凄いだろ? これでも、自慢の部――」
「趣味が悪いな」
自慢気に語り出そうとしたジェスの言動を、クリスが刃物の様に鋭い切り口でそう即答する。その言葉に凍り付き微動だにしないジェスを尻目に、冬華は数回頷きクリスの意見に賛同した。
「だよね! 私も、何か悪趣味だなぁーって思ってたんだよ!」
明るい笑顔を見せる冬華は胸に押し込んでいた本音をぶちまけ、安堵した様に深く息を吐く。だが、その言葉によりジェスは多大なる精神的なダメージを受けていた。呆然と椅子に座りうなだれるジェス。自分が設計し、自慢としていた豪勢な部屋をこうもボロクソに言われるとは思っていなかったのだ。
そして、この瞬間ジェスは悟った。このギルドに居る連中も密かに冬華やクリスと同じ感想を抱いていたであろう事を。それが更にショックでジェスは暫く立ち直れそうになかった。