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ゲート ~白き英雄~  作者: 閃天
ゼバーリック大陸編
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第48話 英雄の守護者

 静けさ漂う中で冬華は息を呑む。頬を伝う血が首下へと流れ、襟元を赤く染める。

 冷ややかな視線をひれ伏すその生物へと向ける少女が、静かに息を吐きゆっくりと視線が冬華の方へと向けられた。殺気が全身を刺す。膝が震え、自分が畏怖しているのだとすぐに理解する。頭では逃げなければと思うが、体が言う事を聞かない。

 開いた瞳孔。激しくなる動悸。体をめぐる動悸の所為で、周りの音は何も聞こえない。彼女の唇が僅かに動き、何かを冬華に告げている様だったが、全く聞き取れない。

 呼吸を乱す冬華の姿に、少女は目を細め僅かに首を傾ける。そして、冬華の着ている制服に気付き、彼女の瞳孔が開く。静かな口調で「あなた……もしかして……」と呟き歩み寄る。

 その動きに冬華の体が跳ね上がり、半歩左足が下がる。恐怖し自然と行った行動に、彼女の動きも止まる。その瞳に僅かな悲しみを浮かべて。

 だが、その刹那、茂みが揺れる音がその場に響き、彼女は逃げる様にその場を去る。緑色の生物の遺体だけを残して。それに遅れて茂みから飛び出したのはシオだった。金色の髪を揺らし、恐ろしい形相でその場に現れたシオは、冬華の姿を確認して怒鳴る。


「何があった!」

「えっ? あっ、その……」

「お前、怪我してるじゃないか!」


 すぐに頬から血を流している事に気付きシオが駆け寄る。肩を上下に激しく揺らし、呼吸を乱しながら。凄まじい殺気を感じここまで急いできたのだ。冬華に何かあったんじゃないかと、心配して。

 そんなシオの姿に、冬華は申し訳なさそうに俯く。半開きの口で荒々しく呼吸を続けるシオは、冬華の頬から流れ出す血を右手で押さえ、静かに問う。


「ここで何があった。それに、アレはなんだ?」


 シオが心配そうな眼差しを向けたまま、自分の後ろに転がる奇妙な生物を指差す。軽く首を振る冬華は「アレが何かは知らない」と静かに答え、震える手で頬を押さえるシオの手を握る。そこでシオも気付く。冬華の体が僅かに震えている事に。

 冬華が落ち着くまで、シオはその手を握り何も言わず、何も聞かずその場に留まった。そこにあったはずの緑色の奇妙な生物の亡骸はいつしか消滅し、そこには冬華とシオの二人だけが残された。

 静けさ漂い、冷たい風が吹き抜けるその場所で、少し落ち着いたのか、冬華は静かに口を開く。


「女の人にあった……」

「女の人?」

「うん。凄く綺麗な人。だけど、何処か怖い印象の漂う人」


 その女性の事を思い出すと体が震えた。あの恐ろしい目が頭に焼きつく。同じ人間とは思えない程怖い目だった。震える冬華の黒い瞳を見据えるシオが静かに息を吐く。すぐに白く凍った吐息が消え、シオはいつもの調子で笑みを浮かべる。


「だから言ったろ? オイラが行くって。きっとオイラが行ってれば、そんな奴ボッコボコだぜ!」

「ううん。多分、即効やられてる」

「即答だな……そんなにヤベェのか?」

「うん。多分、私とシオ、それにクリスが加わっても勝てる気がしない……」


 素直に自分が見た彼女の強さについて述べる冬華。もちろん、大げさに言っているわけじゃない。自分が見て素直に感じた印象だった。体の動き、武器の扱い方。そして、何よりその一撃の破壊力の凄まじさは身をもって感じた。ただ掠めただけなのに、皮膚は裂け血が迸ったのだ。もちろん、自動的に冬華の体を“光鱗”が覆っていたのに。

 そう考えると、間違いなくシオやクリスを遥かに凌ぐ強さを持った人なのだと分かる。そして、あの緑色の生物もおそらく――。

 考えれば考える程恐ろしくなる。この世界が――。そして、帰りたいと言う気持ちが一層強くなった。

 自然と涙が冬華の右目から零れ落ち、頬を伝う。

 不意に零れ落ちた冬華の涙に、シオは戸惑った。泣かせるつもりなど毛頭なかったからだ。どうしていいのか分からず、シオはただただ黙って冬華の隣に居る事しか出来なかった。

 静かに流れ行く時。どれ位時が過ぎたのか、シオは静かに口を開く。


「オイラが守るから……お前が、元居た世界に帰るまで……オイラが絶対守ってやる。だから、元気出せ。まだ、頼りないだろうけど、絶対、守ってみせるから」


 拳を握り締めるシオが、静かに伝えたその言葉に冬華は素直に頷く。シオの覚悟が伝わった。握った拳から滴れるその血に。だから、冬華は静かに頷く。何度も何度も。そして、呟く。


「ありがとう」


 と、静かな消えそうな声で。その声は普通の人なら聞き取れなかっただろうが、獣魔族であるシオには聞き取れた。その消えそうなか細い声を。だから、シオは照れ臭そうに鼻を啜り笑みを浮かべた。こう言う風に礼を言われる事になれておらず、少しだけこそばゆく感じたのだ。

 ようやく二人の間に流れていた重苦しい空気が晴れ、冬華の体の震えも止まった頃、一人残されたセルフィーユはボーッと空を見ていた。静かに歩み寄る足音にも気付かず、その気配にすら全く気付かないセルフィーユに静かに問い掛ける。綺麗な女性の声。


「あなた……聖霊?」


 静かな問い掛けにセルフィーユはハッと我に返りその声の主を探す。キョロキョロと周囲を見回すセルフィーユの姿に、静かな足取りで一人の少女が歩み寄る。夜の闇にも映える長い白髪を揺らし、穏やかな表情を見せる少女は、セルフィーユの姿に笑みを見せた。

 彼女の姿に気付き、セルフィーユは驚き息を呑む。


『あ、あなたは……』


 怪訝そうな表情を浮かべるセルフィーユに彼女は静かに歩み寄り、その手を額へと当てる。触れる事の出来ないはずのセルフィーユの額に沿う様に当てられたその手が輝く。


「聖霊……英雄の守護者……」

『英雄の……守護者?』


 彼女の言葉にセルフィーユはオウム返しの様に問う。だが、その意識が薄れる。彼女の手から放たれる光が、セルフィーユの体を優しく包み込み眠りへといざなっていた。

 もうろうとする意識の中、彼女の声がセルフィーユの耳へと届く。だが、何を言ったのか分からない。確かに何かをセルフィーユへと伝えているのだが、意識が薄れ聞き取れなかった。だが、彼女が何か大切な事を伝えたそんな気がしながら、セルフィーユの意識は途切れた。

 意識を失ったセルフィーユが目を覚ましたのは、それから数十分後だった。冬華の呼び声に、ゆっくりと瞼を開く。その霞む視界に映る冬華とシオの顔に、セルフィーユは呟く。


『冬華……様……』

「だ、大丈夫? 何があったの?」


 心配そうな表情を向ける冬華にもうろうとするセルフィーユは気付く。その頬が裂け血の痕が残っている事に。


『ど、ど、どうしたんですか! その傷……』

「えっ? ああ、ちょ、ちょっと……」


 驚くセルフィーユに戸惑いながらそう返答すると、セルフィーユの視線がシオの方へと向けられる。


『し、シオさんですね! お、女の子の顔に傷をつけるなんて! 最低です!』

「オイラじゃねぇーよ! てか、何でオイラがんな事するんだよ!」

『こう言うデリカシーの無い事するのシオさんだけじゃないですか!』

「ま、まぁまぁ。落ち着いて。でも、元気になってよかった……」


 セルフィーユを宥め、安心した様に吐息を漏らした冬華の姿に、セルフィーユは嬉しそうに笑う。


『はいっ! 何だか、体の底から力が湧いて来るんです!』

「空元気じゃないだろうな?」

『違いますっ! シオさんと一緒にしないでください!』


 そう言ってそっぽを向くセルフィーユにシオは青筋を浮かべる。


「誰が空元気だコラ!」

『そうでしたそうでした。シオさんの場合、元気バカでした!』

「お前のことを少しでも心配したオイラがバカだったよ!」

「ま、まぁまぁ。落ち着いて」


 苦笑しながら冬華は二人を宥めていた。

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