第41話 英雄戦争
バロンは、シオの父である獣王ロゼの側近にして右腕の男だ。
国内有数の強さを誇り、先の戦い――英雄戦争――にて、獣魔族第一軍を率いて獣王ロゼと共に戦った獣魔族の中では英雄的な存在の男。持っている魔力は少量だが、それを補う程の怪力と俊敏性を兼ね揃えている。
この男がシオとフリードに戦い方を教えた師でもある。元々、子供好きのバロンは、暇さえあれば町の子供達に色々な事を教えていた。その為、シオが生まれるとロゼに戦い方を教えて欲しいと懇願されたのだ。
「でも、どうして、バロンがここに?」
ボロボロの衣服を着替えるバロンに対し、シオが尋ねる。一方、部屋の隅では壁の方を向く冬華が俯き耳を赤くしていた。
ボロボロの衣服を脱ぐと、鍛え上げられた引き締まった肉体があらわとなる。その肉体には無数の傷跡。先の戦いで負った古傷だった。それだけ凄い戦いがこの世界ではあったのだ。つい最近まで。
「実は、ここが襲撃されるかもしれないと、ロゼ様に言われてな。久しぶりにフリードの顔も見たいと言う理由で私が様子を観に来たと言うわけだ」
替えの衣服を着ながらそう告げるバロンに、シオは「ふーん」と声をあげ二度頷いた。バロンが服を着たのを確認し、セルフィーユはゆらゆらと冬華に近付く。
『冬華様。もう大丈夫ですよ』
「そ、そう……」
顔を真っ赤にする冬華は、ホッと肩から力を抜くと、シオとバロンの方に振り返り足を進めた。
穏やかに笑うバロンと、冬華の視線が交わる。
「で、人間のキミがどうしてシオと一緒に?」
「あーぁ……実は、コイツ……異世界から来た英雄なんだ」
シオの一言にバロンは驚愕する。目の前に居る英雄が、以前この世界に来た英雄とあまりにも違いすぎたからだ。驚くバロンに冬華は首を傾げる。何を驚いているのか分からず、隣にいたセルフィーユと顔を見合わせた。
驚くバロンに、シオは不思議そうな表情を浮かべ問う。
「どうかしましたか?」
「いや……本当に、このお嬢さんが英雄……なのか?」
信じられないと言いたげなバロンの口振りに、シオは苦笑する。
「ま、まぁ、そう言う事になってるみたい……」
「あはは……す、すみません。英雄っぽくなくて……」
ガックリ肩を落とし冬華は弱々しく笑う。自分が一番分かっている。英雄なんて言われる様な人間ではないと。
落ち込む冬華の姿に一層、以前見た英雄とは違った印象を受け、バロンは驚き首を傾げた。
そんなバロンに、シオは冬華と一緒に居る経緯を説明し、バロンは腕を組み頷く。
「そうか……英雄として異世界から……。同じ異世界から来た英雄とは思えないな」
「そ、そんなに違いますか?」
不安そうな顔をしながら苦笑する冬華に、バロンは大きく頷く。
「ああ。私がその英雄を見たのは最終決戦の時だったが……それは、凄まじいモノだったぞ」
「その、最終決戦って何なんですか?」
バロンの言った不意の一言に、冬華は尋ねる。その問いに対し、バロンは小さく頷く。冬華が異世界の人間である事を思い出したのだ。
「最終決戦って言うのは、十数年前に実際に行われた英雄戦争の事だ」
英雄戦争。
十五年前、この世界に冬華と同じ様に異世界から呼び出された一人の少女。歳は冬華と同じ位で妙に落ち着いた印象があった。儀式によって呼び出された少女だったが、当初は誰も彼女を世界を救う英雄だとは思わず、儀式は失敗に終わったと思われていた。
だが、そんな彼女は一人で世界を巡りながら信頼できる仲間と出会い勢力を強め、最終的に人間軍を率いて魔族と激突した。その戦いがあった地は、魔王デュバルが治めるゲートの中心にあるルーガス大陸。
五つの国から選りすぐられた数十万の兵を率いる少女は、その頃誰もが認める英雄となった。その彼女が五つの国をまとめ、陣頭指揮をとった最初で最後の大戦だから英雄戦争と呼ばれる様になったのだ。
その際、ルーガス大陸には三人の魔王が集まり、英雄率いる人間軍と戦いを繰り広げた。
そこに、バロンも居た。当時二十代半ばだったが、すでに獣王ロゼの右腕とし一軍を率いて前線で戦闘していた。その時だった。バロンが英雄と呼ばれる少女を目の当たりにしたのは。薄らと光をまとう白銀の胸当てを着た彼女は、スカートで戦場を駆け次々と魔族を斬り付けるその姿は鬼気迫るモノがあった。バロンは彼女の右腕的な存在の男と戦っていた為、彼女自身と直接対峙したわけじゃないが、それでもその時の彼女が圧倒的に強かった印象が残っていた。
だが、この大戦は双方共に多くの死人を出したが、決着はつかなかった。消えたのだ。英雄と呼ばれた彼女が。忽然と――
「えっ? き、消えたって……」
「私にも詳しくは分からないが、そう聞いている」
「聞いてる? 直接みたんじゃ……」
不思議そうな顔を向けるシオに、バロンは残念そうな表情を浮かべる。
「私は彼女の右腕だった男に瀕死の重傷を負わされていた。三人の魔王様がただ一人の異世界から来た少女と戦う姿を、私もこの目で見たかったのだがな」
残念そうに笑うバロンに対し、冬華は腕を組み考える。その異世界から来た人が忽然と消えた。それは、元の世界に戻ったと言う可能性が高い。そう思ったのだ。だが、そうだとすると、冬華が元の世界に戻る為にはその地に行かなければならない。魔王デュバルが治めるルーガス大陸に。
考え込む冬華に、バロンは思い出した様に言葉を続ける。
「そうそう。その時、魔族側にも不思議な少年が居たな。魔剣を持った一人の少年が」
「そんな話、聞いた事ないけどな?」
腕を組み首を傾げるシオに対し、バロンは渋い表情を浮かべる。
「まぁ、彼は記録には載っていない。魔王デュバル様が彼に関しては記録しないと言う事を皆に懇願していた。理由は分からないがな」
「ふーん。それでも、その人は? 今でも健在なんですか?」
シオの言葉にバロンは静かに首を振る。
「死んだよ。彼は。英雄戦争が始まる数日前に。英雄である彼女に会いに行くと言ったきり、戻ってこなかったらしいからな」
「えっ! そ、それじゃあ、その人英雄に?」
「さぁな。それは分からない。何せ、彼は一人で出ていったからな。その真実を知るのは、人間達と英雄と呼ばれた彼女だけだからな」
遠くを見る様に目を細めるバロンに、シオは何度も頷く。
考え込んでいた冬華は、恐る恐る挙手する。
「あ、あの……」
「んんっ? ああ。悪いな。何か、私だけ話しこんで。何か聞きたい事でもあるのかな?」
「い、いえ。その……英雄さんは……消えたのを見た人って……」
「デュバル様だ」
静かに告げたバロンに冬華は首を傾げる。先程の話では最後に英雄と戦ったのは三人の魔王。それなのに、英雄が消えた姿を見たのはデュバル一人。それは聊か不自然に思えたのだ。
「あ、あの……どうして、デュバルさんだけなんですか?」
「詳しい事は分からない。ロゼ様はその時の話をあまりしたがらないからな……」
眉間にシワを寄せるバロンに、冬華とシオは顔を見合わせる。
「えっ? それじゃあ、誰も詳しくその事知らないの?」
「おかしいだろ? 英雄って呼ばれてた奴だぞ?」
「私もおかしいとは思ったが、英雄が消えたのは事実だ。それによって、あの大戦も終幕を迎えたのだからな」
険しい表情を浮かべるバロン。やはり、バロンも何処か納得はしていなかったのだ。
消えた英雄と魔王デュバル。英雄戦争。冬華が元の世界に戻る為の鍵は、きっとそこにある。冬華はそう考えていた。