第4話 セルフィーユの決意
冬華は広い部屋に居た。
豪勢に彩られた壁に、これまた美しい額縁に入れられ飾られる風景画。大きなベッドはシルクのカバーが掛けられ、薄いカーテンの様なモノが周囲を囲む。
フカフカのソファーの上に腰をすえ、落ち着かない様子の冬華は、部屋の隅で蹲るセルフィーユに目を向けた。
「大丈夫? セルフィーユ」
心配そうにそう問うと、抱えた膝の間から顔を覗かせ、僅かに頷いた。
廊下で突然震えだしたセルフィーユを心配して、ここの兵士の一人に部屋を用意してもらったが、冬華が召喚された英雄と知ってか、だだっ広い豪勢な一室に案内されてしまった。そんなだだっ広い部屋の片隅で膝を抱えて震えるセルフィーユ。一体、彼女に何があったのかと、冬華は疑問に思う。
その後も部屋は沈黙が続き、部屋の時計が時を刻む音だけが部屋に響く。
ソファーに座ったまま腕を組み天井を見上げる冬華は、そのまま息を吐いた。あの時あの部屋で見た血を流す兵士。その姿を思い出し、表情をしかめた。
人の血、人の焼ける臭い、全てを思い出し吐き気をもよおす。すぐに前屈みになり胸を押さえ呼吸を整え、自分を落ち着かせる。あんな事が起こるこんな世界で、自分はどうすればいいのかを考える。
英雄なんて呼ばれているが、実際は何の力も持たないただの女子高生なのだから。
それから、どの位の時を刻んだのか、唐突として部屋の時計が鳴り出した。ボォォンボォォンと、鐘を叩く様に。その音に顔を上げると同時に、部屋の扉が開かれた。
「英雄様! 国王様がお会いしたいとの事です。謁見の間まで、お越しください」
ハツラツとした男の声に、「え、えぇ」と生返事を返すと、甲冑を着た男は一礼し部屋を後にした。扉が完全に閉じられると、冬華は「ふぅ」と吐息を落とし、天井を見上げた。
「仕方ない……行きますか……」
重い腰を持ち上げた冬華は、セルフィーユの方へと目を向けた。震えは止まっている様だが、相変わらず膝に顔を埋めるセルフィーユに優しく微笑み、
「セルフィーユ。私、ちょっと国王に会ってくるから。ここで、ジッと――」
『…………』
冬華が全てを言い終える前に、セルフィーユが何かを呟いた。その声は僅かに冬華にも届いたが、何と言ってるのかは聞き取れず、「えっ?」と、思わず聞き返す。すると、勢い良く顔を上げたセルフィーユがジッと冬華の顔を見据える。
「ど、どうしたの?」
思わずそう聞くと、セルフィーユは瞳を潤ませる。
『あ、あの、き、気をつけて……ください……』
「うん。ありがとう。だから、そんな顔しないの」
『そ、それから、もし……』
そこまで言ってセルフィーユは口をつぐむ。言うべきか迷ったのだ。あの侍風の男の事を。言えば、きっと冬華を危険に――でも、言わないで冬華がもっと危険な目にあったら。自分の中で葛藤を繰り返すセルフィーユは、口をつぐんだまま視線を落とした。
そんなセルフィーユの頭に右手を下ろした冬華は、そのまま優しく頭を撫でた。と、言っても半透明の為、その手に撫でる感触は伝わらない。それでも、その行為をやめず、冬華はセルフィーユの耳元で囁く。
「大丈夫。私がついてる。だから、何でも言って。セルフィーユのそんな顔見たくないから」
『……す、すみません……』
小さな声で謝ったセルフィーユに、「悪い事してないのに謝らない」と、冬華は笑った。
「じゃあ、私、行くね?」
『ま、待ってください』
セルフィーユは決意した。
冬華に、あの男の事を告げる。もしそれで冬華が危険な目に会うならば、その時は自らの身を犠牲にしてでも、冬華を守ろうと。絶対に冬華だけは死なせたくないと。
そんな意思のつまった瞳を真っ直ぐに見据える冬華は、口元に笑みを浮かべると、
「何か、吹っ切れた?」
『は、はい。私、どんな事が会っても、冬華様をお守りします!』
「えっ? あっ……うん。急にどうしたの?」
戸惑い気味の冬華の言葉など、全く聞いていないのか、セルフィーユは突如立ち上がり、天井を見上げる。
「せ、セルフィーユ? 大丈夫?」
立ち上がったセルフィーユに恐る恐るそう尋ねると、セルフィーユは『はい!』と元気に返事をして冬華の目を見据える。真剣な眼差しのセルフィーユに、冬華も表情を変えた。
『冬華様。これから言う事は、私と冬華様だけの秘密にしてください』
「分かった。私とセルフィーユだけの秘密ね」
『はい。実は――』
セルフィーユは廊下ですれ違った侍風の男の事を冬華に告げた。僅かな血の臭いを漂わせていた事。異様な殺気を放っていた事。そして、彼の強大な力の事。正直に全てを打ち明け、更に今後の危険な事に巻き込まれる可能性も告げた。
その話を聞き終え、冬華は数秒瞼を閉じた。
『と、冬華様?』
「大丈夫。大丈夫。私なら出来る……」
小声でそう呟いた冬華は、自分の頬を両手で叩き、「よし!」と声を上げ瞼を開いた。
「セルフィーユ。ありがとう。私も気をつけるね。その男の事」
『はい。そうしてください。きっと、まだこの城内にいるはずですから』
「でも、そんな強大な力を持った人がいたのに、怪我人が出るなんて……」
『……その事なんですが、こうは考えられませんか? その人が斬った……』
深刻そうな表情でセルフィーユがそう言うと、冬華は腕組みをして考える。
「それは、違うんじゃないかな? もしそうだとしたら、何で生かす必要があるのかな?」
『そ、それはそうですけど……』
「大丈夫よ。同じ人間なんでしょ? 多分、仲間が傷付けられて殺気立ってただけだって」
『そ、それなら……いいんですが……』
不安そうなセルフィーユに、ニコッと笑みを見せた冬華は右手を差し伸べ、
「さぁ、行きましょう。とりあえず、ここの王様に会いましょう。まずはそれから」
『は、はぁ……』
相変わらず不安そうに頷くセルフィーユだが、冬華の笑顔を見ていると何とかなる気がした。