第39話 僅かな希望
穏やかな空気の流れる一室。
相変わらず、アオは気味の悪い行動を取り、ライが茶々を入れ笑いが起きる。
そんな中で、冬華のそばへと移動したセルフィーユは、その背中を見据え思う。
(冬華様は本当に帰ってしまうんでしょうか)
と。不安そうな表情を浮かべるセルフィーユと、不意に冬華は目が合った。その表情からすぐにセルフィーユの感情を読み取った冬華は、「ごめん」と小声を謝り俯く。セルフィーユ自身、冬華の気持ちは痛いほど分かっていた。だから、セルフィーユはそんな冬華に笑みを浮かべる。
『いいです。私は……その……大丈夫ですから』
「うん……本当、ごめんなさい」
深々と頭を下げる冬華に、セルフィーユの姿を見る事の出来ない、アオ・ライ・レオナの三人は、その先にセルフィーユが居るのだと把握する。
何も言わずその光景を見据えるシオとその三人。静寂が漂い、静かに時が流れる。
その空気の中、いち早く口を開いたのはアオだった。冬華とセルフィーユがどんな話をしていたのかアオは知らないが、ここから本題に入るべきだと、直感したのだ。
「この辺で本題に入るが、冬華はこの世界にどうやって来たんだ?」
「えっ?」
「唐突だな。リーダー」
「いきなり過ぎでオイラ達がビックリしたぞ」
突然のアオの発言に驚きの声を上げた冬華に続き、ライとシオが苦笑交じりに声を上げる。そんな二人の言葉を無視し、アオは今までとは違う真剣な表情を冬華へと向けもう一度問う。
「で、どうやってこの世界に来たんだ?」
「ど、どうやってって……それは、儀式で呼ばれて?」
疑問形で返答した冬華は小首を傾げと、アオは軽く首を振る。
「違う。確かに、この世界で儀式を行って呼んだのかもしれない。でも、この世界に来る前に何かあったはずだ。一体、何をしてこの世界に来たんだ?」
「えっ? あぁ……そう言う事……えっと……」
視線を上の方へと向け、右肘に左手を沿え、右手を口元へ持ってきた冬華は、中指で唇を触りながら人差し指で鼻の先をトントンと叩き、この世界に来る前の出来事を思い出す。
「えっとねぇー。あの日は丁度、日直で……」
「日直?」
「うん。えっと、当番みたいな感じかな?」
唐突に疑問を投げかけたライにそう返答し微笑み、更に冬華は記憶をたどる。
「そうそう。確か、黒兎と一緒に次の授業の準備で……」
「授業?」
「訓練みたいなものよ」
「へぇーっ」
また、疑問を抱いたライにそう答え冬華はニコッと微笑む。
「それで、パソコン室に行って……」
「パソコン?」
「だーっ! ライ! 話が進まないだろ! 疑問に持った事は後で質問しろ!」
珍しく声を荒げたアオに、ライは驚き「ご、ごめん」と謝る。そんな光景に苦笑するレオナは、視線を冬華へと移し、「話を続けて」と、静かに告げた。
レオナの言葉に頷いた冬華は、更に自分の記憶をたどり、あの日の事を思い出す。
「そう、確か、一台だけパソコンが起動してて、その画面にネットゲームが……」
「ネットゲームって?」
「んんーっ? 網でやる遊びじゃないか?」
冬華の話の合間にライとシオのそんな会話が聞こえ、冬華は思わず笑いを噴出す。
「ぷふっ!」
「な、何だ? 急にどうした?」
突然笑いを噴出した冬華に、アオは驚き目を丸くする。流石に真剣に話を聞いてくれてるのに申し訳ないと思いながらも、笑いをこらえる事が出来ず冬華はは口元を押さえながら軽く頭を下げる。
「ご、ごご、ごめ、ごめんなさい……ぷっ」
声を震わせ謝る冬華に、シオとライも不思議そうな顔を向ける。
「急にどうしたんだ? 冬華は?」
「もしかして、気分が悪くなったのか?」
「無理させ過ぎたんじゃないか? リーダー」
「そ、そうか……悪い、それじゃあ、少し休むか?」
心配そうな三人に対し、レオナは少々冷たい視線を向ける。
「アオ、ライ、二人ってすっごく優しいのね。私、そんなに優しくしてもらった事無いけど?」
「えっ? そ、そうか?」
「いや、俺はどんな娘に対しても優しい男だぜ? リーダー」
二人して罪のなすりあいをするアオとライに、ジト目を向けるレオナは小さくため息を吐くと、冬華の方へと視線を戻す。ようやく、笑いが収まり落ち着きを取り戻した冬華は、その視線に笑顔を向けると「もう大丈夫です」と小声でつげ、静かに息を吐いた。
「そう? それなら、話続ける?」
「はい」
「そ、そうか。それで、そのネットゲームがどうしたんだ?」
明るい冬華の返答に、アオは多少遠慮がちにそう尋ねる。その言葉に冬華は瞼を閉じ思い返す。画面に映っていたネットゲームの名前を。薄らと覚えているが、その名前が出てこない。暫し冬華のうなり声が聞こえ、その声にシオとライは顔を見合わせる。セルフィーユも冬華の背後を心配そうに行ったり来たりしていた。
「べ、別に、無理して思い出さなくてもいいんだぞ?」
「い、いえっ、もう、ほとんど出掛かってて……」
眉間にシワを寄せる冬華はアオの言葉にそう返答すると同時に、そのゲームの名前を思い出す。
「そうだ! ワールドオブレジェンド! 確か、そんなタイトルのゲーム!」
「ワールドオブレジェンド?」
「えっ、あっ、はい。確か、そのゲームに登録したら、突然ゲートを開くって機械的な声が聞こえて……」
「この世界に呼び出されていたと?」
「はい」
力強く答えた冬華に、アオは腕を組む。言っている事の半分以上が分からなかったが、それでも何とか情報を纏め上げ、答えを導く。
「要するに、そのネットゲームとやらに登録したら、この世界への道が現れて、この世界に引き込まれたと言う事か……だとすると、この世界と冬華の世界を結んでいるのはそのゲームと言う事になるな」
「でも、どうやって戻すの? この世界にネットゲームなんて無いわよ?」
「いや、ネットゲームは無くても、向こうと繋がる事が出来るモノがあれば、きっと向こうへの道が開けると思うんだ」
「向こうに繋がるモノ……」
アオの言葉に冬華は腕を組み考える。ここと、向こうを繋ぐモノは何だろうと。暫し腕を組み考えていると、不意に頭の中に過ぎる。手の平サイズの機器の事を。だから、アオに真剣な表情を向け口を開く。
「ねぇ、この世界って、電話って……ある?」
「電話?」
アオが首を傾げレオナと顔を見合わせる。だが、レオナは頭を左右に振り、申し訳なさそうな表情を向けた。アオの視線が続けてライに向けられるが、ライも肩を竦め首を左右に軽く振る。その行動で、冬華も分かった。この世界には電話は無いのだと。
肩を落とし落ち込む。そんな冬華の姿にセルフィーユも少しだけ肩を落とし、残念そうな表情を浮かべていた。
そんな冬華に対し、アオは眉間にシワを寄せ首を傾げる。
「どう言うモノなんだ? 電話って?」
「あっ、いや、無いなら、いいよ」
「いや、代用出来るモノがあるかもしれないし、詳しく聞かせてくれるか?」
「えっ、あぁ……うん。通信機……? みたいなモノかな?」
困った様に笑みを浮かべながらそう答えた冬華に、シオが呟く。
「通信機って……アレだよな? ギルドとかに置いてあるオーブの事じゃないか?」
「そうか……オーブか。アレなら確かに通信も出来るか……」
「あの……オーブってなんですか?」
シオの言葉に納得するアオに、冬華は控えめに挙手しそう尋ねると、レオナが答える。
「オーブって言うのは、情報伝達を行う装置って言う方が正しいのかしら? 連盟に加盟しているギルドには必ずある装置よ」
「そうなんだ……」
納得し小さく頷く冬華は、それがあればもしかすると元の世界に戻れるかもしれないと、僅かな希望を抱いた。