第38話 転移魔法
家を飛び出したセルフィーユを追って、外へと飛び出したシオは、不意に足を止めた。
そこに、セルフィーユが居たからだ。膝を抱え空中を漂うセルフィーユの姿に、シオは小さくため息を吐くとポケットに手を突っ込み軽快な足取りで近付く。
その足音に顔を上げたセルフィーユは、鼻を啜りまた顔を抱えた膝へと埋めた。そんなセルフィーユの背中を見据えるシオは、鼻から息を吐くと不満そうな表情を浮かべる。セルフィーユの態度が気に入らなかった。ウジウジとしているその様が無性にムカつき、唇を噛み締める。
「冬華は……英雄である前に、普通の少女だ。しかも、異世界の……お前、そんな少女に英雄として知らない世界を救う為に戦えって言うのか?」
『…………こと』
シオの声に、僅かに唇を動かす。だが、その声は小さくシオには聞き取れず、怒鳴り声を上げる。
「言いたい事があるなら、ハッキリ言えよ!」
『私だって、そんな事思ってないです! 冬華様が苦しむ姿は……見たくないです……』
「なら、見送ってやろうぜ。元の世界に帰りたがってる冬華を……」
シオの言葉にセルフィーユはギュッを膝を抱える手に力を入れた。セルフィーユだって分かっている。帰りたがっている冬華を引き止めては行けないと。別れはいつか来ると分かっていたが、こんなに早く来るなんて思っていなかったし、もっとずっと一緒に居られると思っていた。だから、分かっていても辛く心が痛んだ。
沈黙する二人の間を風が流れる。静かに優しく二人の間を吹き抜け、シオの足元の草が静かに揺れる。小さく息を吐いたシオは浮遊するセルフィーユへとジト目を向けた。
「冬華がいなくなっても、オイラにはお前の姿が見える。寂しくなったら話し相手位にはなってやれるぞ」
『…………』
シオの声に、顔を上げたセルフィーユが意外そうな表情を向けた後、凄く嫌そうな表情を見せた。
「な、何だよ! その顔!」
『えっ? だ、だって、私、シオさんの事嫌いですし……』
「うおい! 人が折角元気付けようと……」
『気持ちだけありがたく受け取っておきます。ごめんなさい』
軽く頭を下げたセルフィーユにシオは口をあんぐり開け呆然とする。慰めようとしていたのに、やんわりと断られシオは額に青筋を浮かべると、口元を僅かに引きつらせる。
「お、お前なぁ……」
『でも、ありがとうございます。何だか、元気が出ました』
「そ、そうか……それなら、よかった……?」
膝を抱えていたセルフィーユがその手を離し、背筋を伸ばし空を見据える。そんなセルフィーユに思わず圧倒されるシオは、疑問を抱きながらもそう返答した。小首を傾げるシオは、何だか納得出来なかったが、とりあえずセルフィーユが立ち直った事に胸を撫で下ろし小さく吐息を吐き、笑みを浮かべた。
一方、部屋に残された冬華達の間には神妙な空気が漂っていた。帰りたい、と言う冬華の言葉に皆何も言えずにいたのだ。
異世界から来たと言う事事態、彼らには信じられない事で、その異世界に帰りたいと言われてもその方法が思いつかなかったのだ。
困った表情を浮かべるライとレオナはアオへと視線を向け、悲しげな表情を浮かべる冬華は返答が無い状況に不安そうに俯く。
そんな中でアオは一人腕を組み右手を顎へと当て渋い表情を浮かべる。なにやら考え込んでいる様子のアオに、レオナとライは顔を見合わせ首を傾げた。
暫し考え込むアオは、不意に顔を上げると冬華の方へと視線を向け、眉間にシワを寄せたまま口を開く。
「俺が思うに、呼び出す事が出来たなら、きっと帰る方法もあるはずだ」
「ほ、本当に!」
アオの言葉に冬華は大声を上げ、表情をパッと明るくする。だが、そんな冬華と裏腹に、渋い表情のアオは、唸り声を上げ困った様に眉を曲げた。
「けど、詳しい方法は分からないな。とりあえず、どんな儀式で呼び出したのかと言うのもあるだろうし」
「そんな……」
「リーダーの使う転移魔法とは違うのか?」
思い出した様にライがそう口にすると、アオは目を細め唸り声を上げる。
「うーん……俺の使う転移魔法とは質が違うだろうな」
「転移魔法って……何?」
話を聞いていた冬華は、不思議そうな目をアオへと向けた。転移と言う言葉からなんとなく冬華も予測はついていたが、それが本当に自分の思っているモノなのか確認したかったのだ。
不思議そうな目を向ける冬華に、アオは穏やかな笑みを見せると、優しい口調で告げる。
「安心していいよ。君の想像道理のモノだよ」
「えっ? そ、それじゃあ……」
笑顔になる冬華だが、アオはすぐに困った様に笑みを浮かべると、頬を右手で掻く。
「と、言っても君を元の世界に転移する事は出来ないよ?」
「そ、そうなんですか……」
アオの一言にこの世の終わりの様に肩を落とし落ち込む。その喜怒哀楽の激しい冬華に、アオ達三人は顔を見合わせ苦笑する。
「そんな落ち込まないで。冬華ちゃん」
「けど……」
「まぁ、俺の使う転移魔法じゃ空間は移動出来ても、次元を移動する事は出来ないんだよ」
「空間? 次元?」
首を傾げる冬華に、レオナが歩み寄り難しい顔をしながら説明する。
「アオの転移魔法では、この世界を移動する事は出来ても、別の世界には移動できないって事よ? あと、アオの転移魔法の場合、条件としてマーキングが必要なのよ」
苦笑しながらそう説明すると、アオは申し訳なさそうに笑い頭を掻き、冬華は残念そうに背中を丸め小さく吐息を漏らした。あからさまに落ち込む冬華の肩を後ろから揉むレオナは、「大丈夫よ」と元気付ける様に言うと、冬華は「ありがとう」と小さく呟き笑顔を見せた。
「しっかし、リーダーの転移魔法って役に立たないよな」
椅子に背を預けるライが唐突にそう言うと、アオは小さく頷く。
「そうなんだよ。マーキングが無い場所に行けないって言うのが不便なんだよなぁ……滅茶苦茶精神力消費するのにさぁ」
不貞腐れるアオの顔に、冬華とレオナは思わず笑う。何故だかアオを見ていると心が落ち着き、安らかな気持ちになる。これが、アオのリーダーとしての資質なのだと、冬華は改めて理解し自分に無いものなのだと自覚した。
和やかな空気の中に部屋に戻って来たのはシオとセルフィーユで、部屋に入るなり唖然としていた。二人の中では、もっと深刻な空気で話していると思っていた為、この空気はとても異様に感じ言葉さえ出てこない。
開かれたドアの前に立ち尽くすシオの様子に、いち早く気付いのはライだった。唖然とするシオの姿に、「ぷっ」と笑いを噴出すと、その声に冬華とアオ、レオナもシオの存在に気付き、その様子に思わず笑いを噴出す。
笑い声で我に返ったシオは、四人に対しジト目を向けると、不服そうに腕を組み仏頂面で口を開く。
「どう言う事だ? オイラはもっと深刻な感じで話してると思ってたんだが?」
「ああ。まぁ、最初の内はな」
「それじゃあ、帰る方法があるのか?」
「いや。それは無い」
アオが即答すると、シオは呆れた様に目を細めアオの顔をジッと見据える。そんなシオの視線に顔を赤くし、頭を掻くと、
「そんなに見つめるな、照れるだろ」
「気持ち悪いって、リーダー」
シオが言う前にライが身を震わせ静かに呟き、その瞬間ドッと笑いが起きた。