第34話 代償
冬華はベッドから飛び起きた。
どれ位の時間寝ていたのか分からず、呆然とする冬華。ツギハギだらけの壁と天井に、ひび割れた窓ガラス。明らかに手直しされたその部屋で、冬華は静かに頭を抱えた。激しい痛みが頭を襲ったのだ。あまりの痛みにうずくまり、奥歯を噛み締める。
反動だった。強力な神の力を使用した。激しい頭痛。吐き気。視界は揺らぎ乱れる。悶絶する冬華が胸元を右手で力強く握り締めた。耐え難い激痛。これが、神の力を使用した為の対価。これ程まで辛いモノだと、誰が予測出来ただろう。
僅かに部屋に響く呻き声に、壁をすり抜けセルフィーユが飛び込む。
『冬華様!』
半透明の肉体で浮遊するセルフィーユは素早い動きで冬華の元へと移動する。体を支えようと手を伸ばすが、その手は冬華の体をすり抜け、どうする事も出来ずセルフィーユはただその場で冬華の名前を呼び続けた。
その声は冬華の耳にちゃんと届いていた。だが、それに返答する事が出来ない。頭で分かっていても、激痛で言葉が出ない。口を開いても出るのは呻き声だけ。心配を掛けたくない、そう思い微笑みかけようとしたが、更なる激痛でその考えすら吹き飛ぶ。
「うぐっ……ああっ!」
激しく大きな呻き声に、部屋の扉が激しく開かれる。
「冬華ちゃん!」
部屋へと飛び込む。真っ白は衣服に身を包む女性。冬華は見覚えのない知らない女性だったが、その女性は間違いなく冬華の名前を呼び、駆け寄った。その手に煌く宝石の付いた杖を持って。彼女にセルフィーユの姿は見えないのか、部屋に飛び込むとセルフィーユの体をすり抜け冬華の体をベッドに仰向けに寝かせる。
「大丈夫よ。しっかりして」
落ち着いた様子で、彼女は冬華の体を触診し、最後に額へと右手を当てる。そして、そのまま瞼を閉じると静かに口を動かす。彼女の足元へと広がる眩い魔方陣。遅れて輝く彼女の持つ杖の宝石。小声で呪文を呟き、冬華の額に当てられた手の平から光が溢れる。
痛みを和らげる優しい光。それでも、痛みを和らげるだけ、決してその激痛を取り除く事は出来なかった。それ程の反動を受ける強大な力を使用したのだ。
苦しみ額に汗を滲ませる冬華に、彼女も必死に力を込める。精神力を削り、体力を消耗しながら、必死に冬華の痛みを和らげる。これが、彼女に出来る最善の方法だった。
すでに数日、これの繰り返しだった。眠りから醒めては苦しみ悶える。その冬華の痛みを彼女は和らげ、また眠りに就かせる。この繰り返し。その為、彼女が消費した体力、精神力は相当のモノだった。ゆっくり休む事も出来ず、消費した体力も精神力も殆ど回復しないまま、何度もこの作業を続け、彼女自身すでに限界を迎えていた。
「うくっ……はぁ……もう少し……だから」
静かに呟き、額に汗を滲ませる。彼女の声に、ようやく冬華の表情が緩やかに変わり、やがて体の力が抜け、静かに寝息が聞こえた。やっと眠りに就いたのだ。静かな寝息に、彼女は「ふっ」と息を吐くと、大きく両肩を揺らし、ベッドの上に体を倒した。
「はぁ……はぁ……」
呼吸を乱す彼女の姿を見据えるセルフィーユ。両手を胸の前で握り、不安そうな眼差しで。何も出来ないセルフィーユだが、せめて冬華の痛みを和らげてくれる彼女の体力を癒してあげようと、両手を静かにかざす。
手の平が輝く。暖かな光がベッドに体を預ける彼女に降り注ぐ。光が彼女の体を包み、その額から滲む汗が静かに引いていく。荒かった呼吸も次第に整い、大きく揺れていた肩もその動きを止める。
「この力……もしかして……セルフィーユちゃん?」
ゆっくりと体を起こし、辺りを見回す。彼女にセルフィーユの姿は見えていない。でも、感じていた。その存在を。そして、その存在を知らされていた。シオから。だから、見えないセルフィーユに対し、彼女は優しく微笑み、頭を下げる。
「ありがとう」
と。セルフィーユとは正反対の場所に。
姿が見えていないから仕方ないが、セルフィーユは不満そうに眉間にシワを寄せる。そんな時、部屋の扉がゆっくり開くと、その合間からシオが顔を出す。恐る恐ると言った感じで部屋を覗き込むシオは、キョロキョロと部屋の中を確認した後に、安心したように小さく吐息を漏らし部屋に入る。
「コラ、部屋に入る時はノックしてって言ってるでしょ!」
シオが部屋に入ると同時に女性がそう声を上げると、シオは不満そうな表情を浮かべる。
「何でそんな事あんたに言われなきゃいけないんだよ」
「あんたじゃない。私はレオナ。まぁいいわ。それより、どうしたの?」
レオナが小さく息を吐き尋ねると、シオは不服そうに浮遊するセルフィーユの姿を見つけ、首を傾げる。
「何? 急に首なんて傾げて?」
「あっ、いや……セルフィーユの奴が、怒ってる様に見えたから……」
「えっ? 怒ってる? 何で?」
驚くレオナに対し、肩をすくめて見せるシオ。そんなシオの元へとゆらゆらと近付くセルフィーユは小声でブツブツと呟いていた。
『背中を向けてありがとうって……背中を向けてありがとうって……』
シオの頭の耳がピクリと動き、苦笑する。セルフィーユの言葉でおおよその見当がついたのだ。苦笑するシオに対し、眉間にシワを寄せるレオナが不満そうに腕を組む。二人の合間に奇妙な空気が流れ、シオは右手で頭を掻く。
浮遊するセルフィーユは、そのまま部屋の壁をすり抜け外へと抜け出し、その場に残されたのは妙な空気とシオとレオナの二人。この空気をどうにかしようと、シオは頭を働かせる。普段殆ど使わない思考回廊をフルに活用し考えに考えた。
その結果――
「そ、それじゃあ!」
と、告げ逃げる様に部屋を出て行った。扉が音をたて閉じられると、部屋は一気に静まり返る。ひび割れた窓ガラスから入り込む風の音だけが部屋に聞こえ、やがてそれも聞こえなくなる。小さく息を吐いたレオナは、ベッドで静かに寝息を立てる冬華の顔を見据える。
幼さの残る可愛い顔立ち。戦いなどとは無縁。第一印象はそうだった。体つきも、その顔立ちも、まるで戦いを知らない。そんな風に見えたのだ。だが、実際はどうだろう。今、目の前で苦しむ冬華。その姿を目の当たりにして、レオナは自分よりも彼女の方が戦いに身をおいているのだと、実感する。反動の大きい力を使ってまで、戦う彼女の姿に。
ベッドの横に備え付けられていた椅子へと腰を下ろしたレオナは、冬華の寝顔を見据え小さく笑う。まだ話した事は無いが、想像出来る。彼女がどう言う人間なのかと言う事が。魔族であるシオのあの様子を見れば、容易に想像は出来た。きっと、仲良くなれる。そう思いながら、レオナは冬華の右手を握り、ゆっくりと瞼を閉じた。
セルフィーユが癒してくれたと言え、蓄積された疲労で彼女自身限界だったのだ。そのままレオナは椅子に座り静かに眠りに就いた。次、冬華が目を覚ました時、その苦しみを少しでも癒せる様にと、自分の体力と精神力を回復させる為に。




